9.俺、相棒ができる


  豪華な夕食を終え、俺の実家より広い浴場に浸かり、最後まで気が抜けないまま自室に戻る。

幸い、食事の面倒な作法などは、王族の食事に招かれた時などに多少学んでいたので、今回も怪しまれずに助かった。 

 その間、城内はあの騒動の噂で持ち切りのようだった。


『何だか昔を思い出すねぇ、魔王様が子供の頃はこんなことも何回かあったっけ』


『どんな時でも一切疲れ見せずに年中無休で魔界をまとめてるんだ。 そりゃあ疲れも溜まってるだろ』


『いや、魔王様のことだ。 私たちに休みを与えるためにわざとあの騒動を起こしたのかもしれない』


 ...そういえば、あの時俺を起こしてくれた声は何者だ? この部屋は結界で完全なプライベート空間になっているはずなのに...。


 「まーた悩んでるねー魔王さん」


丁度その時、例の謎の声が聞こえてきた。 声の主を確かめようと、辺りを見渡す。


「それともこう呼んだ方がいいかな? 勇者ジンク・ブレイバさん」

「うわぁっ!」


そう言いながら目の前の机をすり抜けて現れた人間に驚き、俺は椅子から転げ落ちた。


「あっはははは、面白い程の腰抜けだね。 そんなんじゃ魔王は務まらないよ」


宙に浮いて俺を嘲笑するのは、シルクの布をまとった白髪の美少女だった。 目だけが星のような金色で、雪景色にいたら見つけられないぐらい白い。 翼が生えていたりはしないようだが、一言で例えるなら天使と言うべき容姿だ。 しかし、言う程神秘的な女性ではなく、かなり小柄な体型だ。

 この女、確かにさっき俺の本当の名前を言った。 正体を知っている上に、結界が張られているはずのこの部屋に自由に出入りできるということは、明らかにあの女神と関係している何かだろう。


 「お前は...天使....?」

「残念だけど、私はそんな大それた存在じゃないよ。 私はフェリア。 この神のゲームにおいて、貴方の生活を助けるサポーターです」

「俺のサポーター? お前みたいな幼女がか?」

「はぁ? 私これでも貴方の一個下なんですけど」


俺の一つ下ということは、17歳か? いや、それでもかなり小柄な方だろう。


 「貴方の初日の様子を見て、このままじゃ危険だと判断した女神が、私を派遣したってわけ」


手帳らしき物を見ながら少女が言う。


「俺が危険だって? そりゃあ初日はぐらい仕方ないだろ...」

「一日目でこんな調子なら、二日目で国家破綻、三日目で暴動、四日目には国が滅んでもおかしくないね」

「そんな、まさか」

「まさかでもだめなの。 貴方はこの魔界を生かしもするし殺しもする。 人間界と共にここも平和を維持したいなら、明日滅ぶ確率が50%なんて、高すぎるでしょ?」


手帳を閉じてこちらを鋭い眼光を向けたかと思うと、もっともな正論を言われた。


 「...じゃあ...フェリア? 例えば何を知ってるんだよ」

「今日、ずっと貴方の傍にいた老人。 この国の大臣、及び、衛兵最高司令官『マモン』。 つまり、あの男が命令を出せば、城内とその周辺の全衛兵を動かせるってこと。 勿論、魔王の命令の方が優先だけど」

「なっ!? あの爺さんが!? 嘘だろ...」


確かに、謁見の間には兵士がいなかったが、そんな強い奴が隣にいるなら十分というわけか。


「こんな感じで、人名と役職、以前の魔王の様子とか、基本的なことは教えられる。 でも、これからどうすればいいかなんてのは自分で考えてもらうからね」


 さっきから聞いていればこの女、正論ばかり言う。 まさしく女神に使わされたできる手先といった印象だが、俺を見下しているようで少しむかつく。 

 そうはいっても、闇雲に資料を漁ったり周りに聞き回ったりするより遥かに効率的でこの上ない情報源だ。 何も知らない今の俺にとってフェリアは必要不可欠な存在とも言えるだろう。


 せっかくこんな便利な奴をもらえたんだ。 こちらで有効活用させてもらうとしよう。



 「それじゃ、また明日な! 相棒!」


そう言ってベッドに入ると、怒りの乗った手帳を飛ばされた。




 朝、目が覚める。 8時過ぎだろうか、外部の影響を完全に防いでいるこの部屋では、時計を見ることでしか時間を確認できない。 外部から手出しできないというのは逆に、外の世界から完全に隔離されているということになる。 故に、あまり目覚めはよくない。


 身支度を済ませ、昨日場所を覚えた食堂へ向かう。

昨日見た時は慌ただしい雰囲気の漂っていた城内も、今日は大分落ち着いている。 俺が城内の者に休暇を与えたせいだろう。

 そこで気づいた。 城内の者全員に休暇を与えたとすれば、食堂も開いていないんじゃないか。

扉の隙間から中を覗くと、思った通り中には誰もおらず、忙しそうだった厨房も休止中だ。

 思わぬところで行き詰まり、行き場をなくした俺は、再び自室に戻る。



 自室には、まるで自分の部屋かのようにくつろぐフェリアがいた。 紅茶を飲みながら優雅な朝を満喫していやがる。

 俺の存在に気づくも、こちらを見ることもなく、手帳に目を通しながら言う。


「おはよう。 やっぱり戻ってきたんだ」

「...まさかお前、食堂が閉まってることも最初から気づいてたのか?」

「むしろ何で気づかなかったのか笑い物なんだけど」

「...まあ、策士策に溺れたってやつだよ」

「こんなアホな策士見たことないね」


昨日から思っていたが、微妙に煽ってくるのが腹立つ。 本当に女神の使いなのかと疑うレベルに。


「...それで、どうすればいい? 俺はあの食堂以外に飯にありつける場所を知らないんだが」


俺がそう言うと、フェリアは近くに置いていたペンダントらしきものをこちらに投げ渡した。

人間界では見たことの無い装飾が施されており、素材も恐らく魔界で取れる何かだと思われる。


「...フェリア、これは?」

「魔王が城下にお忍びで行く時に使っていた魔法具。 つければ何の変哲もない普通の魔族の姿になり、魔王の強大な魔力も気づかれにくくなる。 それをつけて適当に城下町の店で食べてくるといい」

「何でたかが食事にそんな面倒なことを...」

「貴方の動きにもよるけど、城下にいけば多かれ少なくかれ情報が手に入る。 貴方には今ここの情報が必要。 知らないとできないことも、知っていればできるなんて、結構あるよ」


ペンダントを首から下げ、支度をしながら聞き流す。


「あぁ、はいはい、わあったよ。 お前の正論説教ももう聞き飽きた。 思う存分城下見てきてやるよ」

「言葉に気を付けなさい。 仮にも貴方は今魔王なんだから」


さすがの俺も奴の正論責めに腹が立ち、捨て台詞のように吐き捨てていったが、すかさず正論で返された。


 いざ城下町へ、と思ったが、ドアの前で足を止める。


「...なぁフェリア。 俺、どうやって城下まで降りるの...?」


振り返って質問すると、「またか」とでも言いたげな表情で溜息をつかれた。

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