6.狂気舞う戦場


 元魔王、及び、現勇者パーティーである我々は、中級冒険者がよく身を鍛えに訪れるという森で、魔物を狩っていた--


 つい最近仲間に加えたイルミには、レベル上げのためだと言っているが、私としては、勇者となった今の体の戦闘能力がどの程度なのか確認するというのが大きい。


 ちなみに、元魔王でありながら特に抵抗もなく森の魔物を狩っているのは、さすがに王として失格なのではと疑われそうだが、私『魔王』が治める魔界から離れこちらで暮らしている魔物は、はぐれ者かこの地だけの固有種であるのが殆どなので、魔族ではなく魔物という枠組みに分類する方が正しい。

 故に、他の生物を襲う、狩られるという動物と大して変わらない生活を送る魔物たちは、私とは無関係なのである。 

 勿論姿を変えて人間界にきたり、魔界からの任務できている魔族もいるが言葉を話せる程の知能がなければその類でもないので、魔物とされる。 もしかしたらそうでないかもしれないが、今はそんなことを気にしている場合ではないので、そう信じたい。



 ところで、肝心な戦闘能力の方だが、今の所は順調に戦えている...と思う。

森を進みながら、周りから飛び出してきたり、そこらで休んでいる魔物を片手剣で切り払っていく。

基本的には自己流の剣技だけで、危険を感じたら技を使うようにしているが、イルミが弓で後方支援してくれているおかげか、そこまで苦でもない。


 「そういえば、雰囲気だけじゃなく戦い方も変わったんだね」


ある程度森で狩りを続けたところで、不思議そうに見ていたイルミが口を開いた。


「そうかもな。 一番手に馴染む戦い方を探してる途中なんだ」


だいたいの動きは、昔城で教わった剣術を参考にしているが、今は武器も体も違うので、実際にやりやすい戦い方を研究している。



そんな調子で順調に狩りを続け、そろそろ帰ろうかと思った時、森の奥から悲鳴が聞こえた。


それも、ただの悲鳴ではない。 

助けを求めるあどけない女の声だ。


 何か聞こえたか?とか、疑問から会話を始めることもなく、悲鳴を聞いた途端覚悟を決めたような目つきでお互いに目を合わせ、軽く頷くと、そのまま声の聞こえた方へ走り出した。


 少し走ると、木々が生えていない開けた場所に出た。 

その先に道はなく崖になっていて、下もまた木が少ない開けた土地になっていた。

 下を覗くと、そこには魔導士と思われる格好の少女が獣型魔物の群れに囲まれている。

必死に呪文を唱えようとしているが、杖が弱々しく光を発するだけで何も起こらないのを見ると、恐らく魔力を使いきってしまったようだ。

 事態はかなり緊迫としたものらしく、いつ魔物が飛び掛かってくるかわからない。

普通なら、魔力のこもったポーション等で魔力を供給するか、特殊な術式で周囲の魔力を吸収するのだが、この状況ではそれらをしている余裕もないのだろう。


 何か解決策を探りながら、同じく隣で焦っているイルミに訊く。


「どうするイルミ...。 何かあいつを助ける策はあるか?」

「高さからして、崖から飛び降りるのはそこまで問題じゃないけど...今の私たちのレベルで、しかも弓と片手剣だけじゃ、さすがにあの数を相手にするのは...」


助けたいのはやまやまだが、今の自分たちでは力不足なのだろう。

無計画に意志に従って飛び込み、倒しきれずに自分たちまで巻き添えになっては本末転倒だ。

 いくら魔の王といえど、目の前で起こっている生死に関わる事態を見過ごす程落ちぶれてはいない。


何か助ける方法はないのか--


私には、彼女が無残に死んでいく様を見ていることしかできないのか...。



 「どうしたんですか?」


解決策を絞りだそうと頭を悩ませていると、背後から声が聞こえた。 絶望的な状況の中にいたからか、私にはその声が差し伸べられた光のような、救世主のような声に聞こえた。

 後ろを振り向くと、そこには声色通りの優しそうな青年が佇んでいた。

しかし、よく見ると彼は、髪から服までほぼ真っ黒な色で身を包んでおり、目だけが赤いという一見魔族なのか人間なのか見分けがつかないような容姿だ。

さらに、背中にはその華奢な体格に似合わない大剣を背負っている。


 私たちがその青年に見とれて唖然としていると、不思議そうに崖の先へ進み、下を見下ろした。


「あ、あんなところにいた」


例の緊迫した状況を見ても一切表情を変えず、焦る様子もない。 

とぼけているのかと思ったが、彼の大剣と装備を見る限り、もはや救いの手はこの男しかいない。


「頼む。 俺たちじゃあの女の子を助けられない。 どうにからないか?」


それを聞いた青年は、やっと状況を察したかのようにもう一度下を見て言った。


「そっか、確かになんかやばそうだね。 俺に任せて」


相変わらず寝ぼけたような落ち着いた口調でそう呟いたかと思うと、彼は平然と崖下へ飛び降りた。

 

「なっ...!?」


虚空に吸い込まれるかのように目の前から消えた青年に、さすがの私たちも驚き、落ちていく青年を目で追う。

 彼は、地上へ落下しながらも空中で背中の大剣を抜き、着地と同時に、少女に飛び掛かろうとしていた魔物に叩きつける。 魔物を潰した大剣の一撃は軽い衝撃波を生み、周りにいた魔物の大群をも威圧した。

 それにより、魔物たちの警戒は一気に高まり、彼を真っ先に潰すべき敵だと判断したようだった。


 魔物たちの怒りを買った彼は、辺りを見渡しながら少女に声をかける。


「俺が時間を稼ぐ。 その間に魔法の準備を整えてくれ」

「...! わかった...」


 すかしたやり取りを終えた青年は、魔物に飛び掛かる隙も与えず、次々と大剣で切り倒していく。

まるで穏やかな水面に石が投じられ波紋が広がっていく時のように、緊迫とした状況は一変した。

 大剣を振るって戦う彼の表情はついさっきの寝ぼけた表情とは打って変わって、この戦闘を楽しんでいるかのような笑みを浮かべている。 


気のせいか、さっきまでただ真っ黒だったはずの大剣が不気味な程赤黒く輝いている。 

それに、嵐のように激しく戦っているにも関わらず、魔物の返り血は殆ど浴びていない。

 美しくも恐ろしい彼の剣裁きは、狂気を感じるが、彼が浮かべる笑みは時折無邪気な子供の笑みのようにも見える。


 しかも、ただ敵を殲滅していくだけでなく、常に少女のことも視野に入れ、近づく魔物を優先的に払いのけながら戦っている。 


 だが、さすがに処理しきれなくなったのか、隙を見て至近距離まで飛び込んできた敵に...。


即座にコートの内側からクロスボウを取り出したかと思うと、魔物の眉間を撃ちぬいた。

それは、相手の意識が1秒たりとも続かないよう即死させるのが可能な位置である。


 大剣の扱いだけでなく、動体視力、反射神経共に優れ、補助武器すらも戦況を大きく左右させる秘密兵器に変えるその姿は、洗練された舞台での動きのようだった。

 

 今、魔物たちが支配していた戦場は、彼によって蹂躙され、一瞬の内に彼の独壇場となった--

 崖下の戦場は、彼が支配する舞台だ--

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