4.我、仲間を手にする
「おお、ちゃんと支払いに戻ってこられるとは...。勢いよく飛び出して行ったので、そのまま行ってしまうのかと...」
財布を取り返した私が酒場に戻って老人の元へ行くと、老人は驚き、感心した様子で目を丸くしていた。
「当然だ。 俺は勇者だからといって、自ら皆に甘えるつもりはない」
指定された料金を払いながら言う。
「さすが勇者様...心身ともにご立派なお方です...」
例え周りから尊敬される立場にあっても、信頼が得られていなければ今後の活動に支障がでる。
以前のように絶対的な力を持っているわけでもないこの貧弱な身では、私一人で目標を果たすのは難しい。
幼き頃嫌々勉強した経営学や帝王学がこんなところで役に立ってくれるとは、私自身も少々驚いている。
「え? あんた今、自分のこと勇者って言った?」
何故か酒場まで私についてきて、隣から見ていた例のエルフが突然、顔を覗いて訊いてきた。
「まあな。 こんな見た目でも一応勇者をやらせてもらっている」
「勇者って...あの勇者ジンク・ブレイバ?」
「そ、そうだが...どうかしたか?」
やけにしつこく訊いてくるなと思ったが、だんだん震え声になる彼女から異様な気配を感じ、警戒しつつ質問に答える。
「ちょっとどういうこと!? なら何でここまで他人行儀なの!?」
それはこっちの台詞だ。 何も言わずに後をついてきて、突然声を荒げだすなど、正気の沙汰とは思えない。
当然返す言葉も思いつかず、眉をひそめていると、続けて彼女が叫んだ。
「あまりにも雰囲気が違うからあえて訊かなかったけど、再会の言葉一つないわけ!?」
再会? あ、なるほど。 このエルフ、私が入れ替わる前の勇者との関係者か。
しかし、関係者といっても、どういった関係だったのか検討がつかない。
先ほどまでの思わせぶりな動作と、この馴れ馴れしい口調から察するに元恋人か何かか?
あの男にこんな美人な恋人が似合うとは思えんが。
とりあえず、ここで騒がれても困るので、近くの席に移動し、それなりな対応をしてみるとしよう。
「い、いや、すまない。 俺も、お前と別れたのをきっかけに変わろうと思ってな。 もうお前に合わせる顔もないと思っていたから、どんな言葉をどこでかけようか、ずっと迷っていたんだ...」
このいかにも別れた男が元恋人へ言い訳に言いそうな言葉。
かつて演劇で培ったこの演技力は、魔界の劇場で公演した時も好評であった。
「何なの...随分改まっちゃって...。 でも私たち、まだやり直せると思う。 さすがのあなたでも、一人じゃ大変なんでしょ?」
おいおい、やり直せるとは何だ。
名も知らない女と演技で恋愛しながら元の体を取り戻すための冒険を続けるなど難易度が跳ね上がりすぎる。
本物の勇者には悪いがここは断っておこう。
「悪いが、俺にはやっぱり魔王討伐という果たすべき使命があって...」
「だから、それを手伝うって言ってるの! 先にパーティーに誘ったのはそっちじゃない!」
「...え?」
「え?」
予想外の展開だ。
私はてっきりこいつが勇者の元恋人で、一度別れたがここで再び恋をやり直そうとしているのかと思ったが、それは全て勘違いだったようだ。
パーティーに誘った?
パーティーというのは人間でいう狩りをするため複数人の冒険者で構成された団体らしいが、つまりこのエルフの女は元勇者と以前パーティーメンバーだった者ということか。
それなら今までの会話も説明がつくが、何と紛らわしい話だ。
まあ共に戦う仲間が増えれば旅も効率的に進められるので、ここは上手く話を合わせて仲間に引き入れることとしよう。
「...実は、お前がいなくなってからの旅の途中、強敵に襲われて一部の記憶が混乱してしまっているんだ。 雰囲気が違うように見えるのは、そのせいだと思う。 でも、再び俺の旅を手伝ってくれるなら大歓迎だ。 心を入れ替えて、また二人で旅を続けていこう」
「さっきまで浮かない顔してたのに急にノリ気ね」
「...まあ、それはいいとして、私たち、熟年夫婦かなんかじゃないんだから、『お前』って呼び方は止めてほしいかな。 私には、『イルミ』っていうちゃんとした名前があるんだから!」
「そうだな。 イルミだったな。 ...ん? 家名はないのか?」
「あれ? 前に言わなかったっけ? 私たちエルフは皆大精霊の子みたいなもんだから、家名とかはないって」
さすがの私も、そのことは初めて知った。
元の地位に戻る頃には、こちらの世界の情報も多く取り入れて、考え方が変わっているかもしれない。
とにかく、これでより私の目的を果たすための冒険を楽にすることができる。
しかも、少年を捕らえた時の技を見る限り、弓の扱いにも長けた高レベルの狩人なのだろう。
「じゃあ、これからもよろしくな。 イルミ」
私の奢りで軽食を済ませると、酒場を後にする。
これからどうするかというのは、旅をしながら考え、決めていくわけだが、まずはその旅の終着点を知らなければいけない。
丁度近くに道具屋があったので、その店主に訊いてみることにした。
「すみません。 ここから魔界の門までは、どの方角に行けばいい?」
すると店主はコンパスを取り出し、その動きを見て伝えた。
「ここからだと、南へ真っ直ぐ行けば、魔界の門に行けるでしょう。
ただ、途中何があるかわからないので、どうかお気を付けください。
よろしければ、このコンパスか地図、お買い上げになられますか?」
「いや、買うのは結構だ。 教えてくれてありがとう」
丁寧に客の頼みを聞きつつ、最後まで商売人魂を忘れない店主だ。
このがめつさが人間の商売人が長く生き残っている理由の一つだろう。
進むべき方向は分かったので、まずは南に向かいながらパーティーのレベルを上げていくとしよう。
レベルとは、その者の能力を総合的に見た時の評価値のことだが、それを鍛練によって成長させられるのは、元々の弱さ故に精霊より加護を与えられたという人族や亜人のみである。
我々魔族も鍛練を積めば成長できるのだが、それらの種には劣る。
その代わり、大抵の生物なら死に追い込むのも容易い程の力を最初から備えているのだ。
レベル上げの狩場決めをするため、このエルフに少し訊いておこう。
「そういえばイルミ。 お前のレベルは今いくつなんだ?」
「この前計った時は確か...22だったかな」
「22!? 俺と大して変わらないのにあんな技が使えるのか!?」
「技って、さっきのロープアローのこと? ああいうのは私たちエルフが元々持ってる素質みたいなもので、私が使えるの技はさっきのを含めて3つぐらいしかないよ。 今の所、この弓と補助武器の短剣の扱い次第で何とかなるしね」
なるほど、大してレベルが高くないのに技ばかり多く覚えても、ただの器用貧乏というわけか。
となると、勇者であり剣が主要武器の私は、基本的な剣技や戦闘方法から習得していくことになる。
「そうだ、この近くで、今の俺たちに合った狩場を知らないか?」
「そうね...この近くなら、森の中が適当かな」
「じゃあ、まずはそこに腕試しに...」
前方で、先ほど私が盗技士を勧めた少年が路地裏に引き込まれていくのが見えた。
「...すまないが、少し急用を思い出した。 イルミは適当に街を見物していてくれ」
「え? どうしたの急に...」
突然真剣な声色と顔つきになった私を見て心配そうに聞き返すイルミをよそに、少年が引き込まれた路地裏へと向かった。
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