3.名も知らぬ戦友
とりあえず、自分についての基本的な情報は粗方分かったのでその場を立ち去ろうとすると、焦った様子の老人に呼び止められた。
「あっ、ちょっと勇者様! ちゃんと代金を払っていただかないと困りますよ!」
「何? 先ほどのあれには金がいるのか?」
「そうですよ! この水晶はステータスをより詳しく診るための道具で、普通は手に入らない分測定の料金を頂くと、以前お伝えしたじゃないですか!」
初めて人間の街に来た私が知らないのはいいとして、元勇者のあの男までもがこれの料金を支払わずに帰ろうとしたことがあるとは、相変わらずのクズっぷりが隠しきれなかったのだろうか。
変な所であいつと行動が一致してしまった。
「ああ、すまない。 そういえばそうだったな。 最近旅先でいろいろあったから忘れてしまってね。 今回はいくら払えばいいんだ?」
「しっかりしてくださいよもう...。 10ブロンです」
飽きれる老人を横目に、指定された金額を取り出そうとする。
確か、さっき確認した時には腰元にいくらかの金銭が入った巾着型の財布があったはずだ。
...が、いくら腰周りを探ってもさっきまであった財布は見当たらない。
まさか、落としたか? そう思って後ろを振り返ると、酒場の扉を開けて走り去っていく小さな少年が目に入った。
いや、正確には、少年の持っていた物に目が入ったと言えよう。
何故なら、少年が持っていたのは、紛れもない、元勇者、そして今の私の所持金が入った例の財布だったからだ。
「なっ、貴様どこへ行くつもりだ!」
そう言って足早に少年を追いかける。 焦りと怒りで思わず素がでてしまったが、この状況なら別に構わないだろう。
料金の支払いを待つ老人のことも忘れて酒場を飛び出し、街を歩く者の間を器用にすり抜けて逃げていく少年を見つけ、後を追う。
すると、私の後ろから輝きを放つ何か耳をかすめるように飛んでいった。
それは、一瞬閃光のようにも見えたが、よく見ると矢の形逃げていく少年に命中する寸前に細長い縄のような形に変形し、少年に巻き付いたかと思うと、伸びきったゴムが反動で戻るように私の背後へ引っ張られていった。
その一瞬の出来事に唖然とし、背後に引き込まれた少年を目で追うように後ろを振り向くと、そこには少年から財布を取り返し、少年を先ほどの光で縛り上げた女が立っていた。
といっても、特に鍛えている様子もなく華奢な体つきで、かなりの美人だ。
いや、よく見れば耳が異様に尖っているし、美しく装飾がされた見たことの無い弓を背負っている。
恐らく、彼女は『エルフ』、穏やかな自然の中で精霊の元に生きる弓の扱いに長けた種族だと聞く。
少年を縛り上げた例の光の矢も、弓を使った技の一つなのだろう。
彼女は少年から取り上げた私の財布をしばらく眺めた後、右手で捕らえた少年、次に向かいに立つ私、という順で見ると、やっと口を開いた。
「この財布、あんたの?」
「ああ、そうだ。 ありがとう取り返してくれて」
そう言って財布を受け取ろうと手を出すと、彼女は何故か一瞬こちらを睨むような目つきになったが、すぐに財布を返してくれた。
「じゃあ、俺は支払いの途中だったから、酒場に戻るよ」
「待ってよ! この子供も酒場に突き出しましょう」
彼女は縛られて怯えた様子の少年を前に出して見せた。
「...いや、その必要はない。 いい加減下ろしてやってくれ」
「な、なんでよ! この子はあなたの財布を盗んだんだよ!?」
「いいから。 俺が話をつける」
さすがの彼女も、私の真剣な眼差しを見て諦めたのか、少年を下ろした。
すると、同時に縛りついていた光も消えていった。
不貞腐れたような表情でチラチラと私の顔色を伺いながら下を俯いて佇む少年に、私は優しい口調で言葉をかけた。
「俺から気づかれずに物を盗れるなんて、大したものだな」
まさか褒められるとは思っていなかったのか、少年は驚き、目を丸くしてこちらを見た。
そして、財布に入っていた貨幣のうち金貨一枚を取り出す。
これには、銅貨だと400枚、銀貨だと20枚に相当する価値があるらしい。
「お前には才能がある。 これで盗技師ギルドへ入れ。 ただし、もう自分のために物を盗むのはなしだ。 その力は、誰かのために使えるようになれ」
盗技師とは、一見聞こえたが悪いようだが、盗賊の技術を持った戦士のことであり、決して野蛮な荒くれ者の類とは違う。
かつて私の手先が王家から宝を盗み、それを取り返すために義賊に力を借りた際。
任務に成功した盗賊の活躍やその技術力が高く評価され、一種の職業として採用されたという。
実際私の城から盗み出されたのだからよく知っている。
私の言葉を聞き、手に受け取った金貨を見た少年は、先ほどの不貞腐れた表情が嘘のような笑みを浮かべ、礼も言わずに夢に向かって走り去っていった。
その後姿は、財布を盗んで逃げる必死で哀れだったのと比べ、希望と喜びに満ち溢れていた。
少年を背中を見送って振り返ると、唖然として固まったままこちらを凝視する彼女がいた。
「ちょ、ちょっとあんた何してるの!? あんなの逃がしたらまた誰かが...」
「いいんだよ、あれで。 トラウマを増やすより、別の道に導いたほうが彼の悪行も止まる」
そう、悪行を働いたものは、それを止めるまで叱りつけるより、本人からやらなくなるよう仕向ける方が効果的だ。
それは悪戯をする者に過剰な反応をするより、無視して勝手に止めるのを待つのと似ている。
魔界でも、ひたすら環境を整備することで犯罪を起こしにくくし、治安の改善に成功した。
「じゃあ、俺は酒場に戻る。 支払の途中だったんだ」
彼女に軽く別れを告げると、私はさっきまでいた酒場へ戻ることにした。
その時はまだ、例のエルフが時折見せた思わせぶりな仕草も、さほど気にしていなかった-
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