2.我が見た人の街
つまり、私『魔王』と『勇者』はあの女神の暇潰しで体を入れ替えられてしまったわけである。
あの後、私の体を持った元勇者がどうなったのかは定かではないが、勇者となった私は、目覚めると穏やかな草原にいた。
元魔王の私は、毎日の殆どを屋内か、薄暗い場所で過ごしていたため、いきなり目に入ってきた日の光はとても眩しく感じる。
しばらく周りを見渡してみると、少し先に中々広そうな街が見えた。
とにかく、今私がやるべきなのは情報収集だ。 いくら良い装備を持ち合わせていても、こちらの世界に関して殆ど無知に近い今の状態では、あの勇者と同じ宝の持ち腐れだ。
何から手を出そうかと考えながら賑わっている街へ向かった。
遠くから見た時に分かったが、この街は周囲を外壁で囲んでいて東西南北の4カ所に出入り口があるらしい。
そのうちの一つの門から中へ入ろうとすると、門番の一人に呼び止められた。
まさか、気配が違うのがもうバレたか?
「もしかして、勇者様ですか!? 旅からお戻りになられたのですね! お疲れ様です!」
「あ、ああ。 まあな。 そちらも頑張りたまえ」
良かった、ただの軽い挨拶か。 と思ったが、このように親しく話しかけられることは前の生活では一切なかったため、多少慌てて上手く返せなかった。
「有難うございます! どうぞゆっくりしていってください!」
門を抜けていく私の背後から、門番の元気な声が聞こえた。
幸い、勇者と話せた喜びで私の雰囲気の変化には気づいていないようだ。
さて、今のでまず始めに見直すべき点が見つかった。
私の口調だ。
今まで魔王という魔族の中で最高位の存在だったのだから当然ではあるのだが、この他を見下した偉そうな口調は早急に変えていく必要がある。
いくら勇者といえどこのような口調でいたらいずれ民衆からの信頼が失われてしまうだろう。
確かあいつは一人称が『俺』だったか...。 そして、口調をもう少し柔らかく親しみやすく...。
多少前の口調が残ってしまっても、紳士的な勇者に成長したということにしておこう。
街に来て早々そんなことを考えていたが、どこで情報を仕入れたらいいかわからない。
闇雲に周囲の人間に聞いて回るのも不審に思われる可能性がある。
やはり、情報を集めるには人が大勢いる場所、『酒場』。 酒場は我々魔族の間でも、情報交換や取引が盛んに行われる場であった。
人族の酒場もきっと、旅人や冒険者の憩いの場であり、活動にかかせない第二の拠点のような役割を果たしていることだろう。
その予想を信じて近くの冒険者らしき人間に訊いてみると、案の定この街にも大きな酒場があるらしく親切にその場所への道まで教えてくれた。
酒場は丁度この街の中心というわかりやすい場所にあったため、特に問題なく辿り着くことができた。
中に入るとそこは、私の予想通り多くの冒険者で賑わっており、掲示板や、受付らしきものもある。
さて、何をしようか、などと、ここまできて再び考え事に時間を費やすことにならないよう、歩きながらも答えを決めてきたのだ。
その答えとは、今自分がどのぐらい強いのかを確認すること。
敵と戦うにはまず、己の強さを知ることが重要だ。 勇者とは名ばかりに見えたあの男から借りたこの体が、どれほどの強さなのか知っておきたい。
若い人間の多い受付の端の方に神職と思われる老人がぽつんと座っていたのを見て、直感的にこの男が能力の測定をしてくれる人物だと思い、その老人の元へ行った。
「そこのご老人。 貴方が能力の測定をする係か?」
先ほど見直しを予定していた通り、口調を変えてみたが、やはりいきなりあの男になりきるのは難しい。 慣れるにも少し時間がかかりそうだ。
「そうですが...おや? もしや貴方は勇者様ですか?」
「ああ、そうだ」
「おお! 勇者様でしたか! お久しぶりです。 ステータスを確認しにきたのですね。 では、この水晶に手をかざしてください」
そういうと老人は、傍にあった水晶を手前へと押し出した。
話を聞く限り、 恐らく強さや能力値の総称だろうが、それを測った事があるのだろう。
早速私は老人に勧められるまま、その水晶に手をかざした。
すると水晶はまばゆい光を放って輝き始め、空中に文字を映し出した。
こちらからは何と書いてあるのかわからないが、老人はその文字と数値をじっと眺めている。
「ふむ、レベルは20ですね。 前回来た時と比べると3しか上がっていないようですが...な、なんと、全ての能力値の初期数値と、その伸びしろが格段に上がっています! 何かの秘術か加護でもあったんですか!?」
「い、いや、まあ...そんな感じだ」
当然女神の事を持ち出すわけにはいかないが、なるほど...基本的な強さは元の勇者のままでも、魔王だった時の力も多少引き継がれているようだな...。
それにしても勇者なのにレベルがまだ20とは...。
引き継ぎの特典がなければショックでかなりの精神的ダメージを受けていたかもしれない。
「...そうだ、少し気になったんだが、勇者というのは普通の職業でいうと何にあたるんだ?」
せっかくなので小さな情報でも仕入れておこうと、水晶を磨く老人に訊いた。
「そうですね...魔法と武術の両方に適正があり、その気になれば聖職者のスキルも身に着けられるでしょうから...一番近いもので言えば魔法剣士でしょうか?」
勇者に選ばれた人間は生まれつきそれなりの素質に恵まれているということか。
まさしく人間の世界を救うために生まれた最終兵器だな。
それなのにあの男はろくに鍛練もせ積まず、使命を放ってそこらをフラフラしていたわけか...。
あそこまでの根性無しでは魔王としても拍子抜けしてしまううえ、奴が今私の責務を代わっていると思うと不安で仕方ない。 勇者すらまともにできない者が魔王などできるものか。
しかし、魔王の私に飽きれられる程の駄目勇者なのに、何故ここまで街の人間から信頼されているのかつくづく疑問に思う。
もしやあの男、他の人間が見ている所ではいい顔して勇者らしく振る舞っていたのだろうか。
だとしたら筋金入りのクズと言える。
いや、ふとそう思ったが、本当にそうしていそうで恐ろしい。
せめて、私はそうならないよう慎重にいこうと誓った。
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