1.神の気まぐれ

 

 何故私たちがこんな面倒で前代未聞な事態に巻き込まれたのかというと、時は1週間程前に遡る...。



-魔王-

 人間との戦いは一時休戦、ひとまず落ち着いたとはいえ、戦いが始まればまた部下や軍へ指示を出すほぼ座りっぱなしの生活...。

これが魔王である私の務めだとはいえ、さすがに何十年、何百年とこれを続けているとさすがに飽きる。

 変化のないこの生活には、何の面白みもスリルも発見も無い。


 忠実な下部たちに豪華な城。 望めば何でも手に入る絶対的な力。

魔界の全悪魔が一度は羨む素晴らしい生活のはずなのに...。

いつからだろう、この毎日がとても虚しく、味気なく感じてしまうようになったのは...。

 何か、変わった事でも起きないだろうか...。


 そう、私、『魔王』は退屈していた--




 -勇者-

 いきなり勇者に選ばれて、世界を救う使命を果たせ何て言われて、言われるがままにここまで勇者やってきたけど、結局道に迷ってばかりで魔王城はおろか、魔界にすら辿り着けていない。

 迷いながらも遭遇した強敵との戦いの中で、人並みよりはちからをつけたが、正直不安ばかりでやりたくもない。

 旅の途中で出会った仲間も、俺が方向音痴なせいで行方知れず。 どうなったのかもわからない。


 そもそも、魔王討伐に世界を救えなんて大責任、元は村で農民としてのんびり暮らしていたには重すぎる。

 唯一勇者になって良かったことといえば、どの国や街の人々も、皆俺に親切にしてくれることぐらいだ。

おかげで装備も道具も宿も、今まで困った事はない。


 目の前にやらなければいけない大仕事が残っているのに、どうしてもやる気になれず、結局何もせずにまるで暇を持て余しているかのような日々を送っている。


 俺にこの言葉は似合わないかもしれないが...俺、『勇者』は退屈していた――




 その時、世界の運命を握る二人の考えが、一致した――


___________________________________________________________


 気が付くと私は、見慣れない姿をした人間の男の目の前に立っていた。

彼の身に着けている装備は少なくとも、私が知っている人間の戦士の並みよりは良い物だと思われる。


 当然、この奇怪な現象にさすがの私でも驚いたが、もっと驚いたのは向かいの人間のほうだろう。

比較的人間に近い見た目をしているとはいえ、向こうからすれば、禍々しい衣服に身を包み、角の生えた大男が突然目の前に現れたのだ。

 数秒互いを見つめ合っていたが、先にその人間が驚きのあまり声を上げて後ろへ飛びのいて腰を抜かした。

私も動揺していたが、彼の驚きようを見ているといくらか冷静でいられた。


 周りを見渡すと、様々な場所を写した丸い物体が浮いていて、さらに先には、光が一切見えない程の暗黒が広がっている。 暗いのか、それともある物全てが黒いのかわからないが、この異様な空間がどこまで広がっているのか全く見当がつかない。

 私とこの男が立っている場所だけが、スポットライトでもあてられているかのよう、明るい。

といっても、相変わらず地面も周囲も真っ黒だ。


 このままでは状況が呑み込めず、埒が明かないので、傍で怯えて蹲っていた男に訊いた。


「そこの人間。 ここはどこだ。 何か知っていないか?」


と、言ったものの、さっきからの様子を見ていると何も希望が見えない気がしてきた。


「はぁ...? 俺だって知らねぇよ! というか、あんたこそ誰なんだよ!」



 「魔王。 その大男は、4代目魔王ヴェルカード・サタン。 そしてあなたは、勇者ジンク・ブレイバ。 そうですよね?」


男が当然の返答をすると、神々しい光と共にどこからともなく美しい女性が上から降りてきて、私たちにそう言った。 外見は人間だが、見た瞬間神の類だとわかる雰囲気が溢れ出ていた。

 しかし、それよりも気に掛けるべき単語が、彼女の言葉の中に含まれていた気がする。


 勇者――


この女、確かにこいつのことを勇者といったか?

私を見て腰を抜かし、先ほどから周りを見渡しながら怯えて縮こまっていたこの情けない男が勇者だと?

 あまりにも名声を聞かないのでその名すら知らなかったが、長年争っていた敵軍の大将であるべき相手が、まさかこのような男だとは...。


「さて、お待たせしてしまったようですね。 私は女神。貴方達の生まれるずっと前からこの世界を見てきた者です」

「...その女神様が、俺たちに何の用だよ」


いくらか冷静さを取り戻した勇者が聞いた。


「それは今からわかりますよ」



 突然白い光が私たちを包んだかと思うと、次の瞬間、私の前には、『私』が立っていた。

それは鏡でもなく、正真正銘生きている私の姿であった。

 目の前に現れた私は、驚いて後ろへ飛びのいた。 これと似た光景を私は先ほども見た気がする。

見た目は私の姿になっているが、この驚き方と情けない表情。 おそらく中身はあの勇者だろう。


 目の前の情けない自分に目を奪われていたが、いつもより自分の体が軽いように感じ、自分の手足を見ていると、そこには、細い腕と、小さくて頼りない人間の体があった。 だが、それが今は自分の物であるということに気づくと、何とも言えない絶望を覚えた。


「どうですか? 敵の総大将と体を入れ替えられた気分は? 新しい世界が見えたようで新鮮でしょう?」

「女神といったか、何の真似だ。 両軍の指揮官ともいえる我らを入れ替えるなど、世界を混乱に陥れるつもりか?」

「そ、そうだ! 俺だって一応、ゆっくりでも勇者の役目を果たそうとしてたんだぞ!」


勇者が便乗するように抗議したが、とてもこいつには私の城にたどり着ける気配はない。


「安心してください。 このことは私と貴方たち二人しか知りません。 それに、貴方たちは嫌でも今の姿の役目を果たすはずですよ」

「どういうことだ?」

「貴方たち二人のどちらかがこの争いに決着をつけなければ、貴方たちは元の姿に戻れません」

「何だって!? 俺たちに自分の仲間をと殺し合えっていうのか!?」


勇者、なかなかいい事を先に訊いてくれた。 私も魔王とはいえ、少なくとも今まで可愛がってきた者たちを殺めるのは抵抗がある。


「何もそんな物騒なやり方をしろとは言っていません。 バッドエンドかハッピーエンドかは、貴方たち次第なのですよ」


 なるほど、確かに無暗な争いをしなくても決着をつける方法は、知恵を絞ればいくらでもある。

といっても、安寧に犠牲は付き物だ。 争いを100%避けて通れる道でないのは大方予想がつく。


「ところで女神よ。 何故こんなことをする。 民衆はいいとしても、我々は相当困るのだが」

「魔王はまだ良いほうだろ! 俺は、魔族の王の代わりなんてどう考えても俺の方が大変じゃないか!」


私が横目で元勇者を睨むと、急に威勢も弱まり、黙ってしまった。


「あら、毎日が退屈で日常に変化を求めていたのは、貴方たちの方でしょう?」


確かに私は堅苦しい魔界の日々に退屈していたが、この元勇者も毎日に退屈していただと?

この元勇者とやらは情けないだけでなく役立たずだったということか。


「さっきから畏まって言っていますが、簡単に言えばこれはゲームですよ。 どうぞ、初心に戻って新しい視点からの生活を満喫してください!」

「貴様それでも女神か! 冗談にも程があるぞ!」

「そうですよ! こんなあまりにも身勝手な...」


勝手すぎる自称女神に、さすがの私も元勇者と一緒になって意見をぶつけた。


「そうですか? よく言うでしょう。 神様は気まぐれなんですよ。 それに、私だって何千、何万ともこの世界を見てきて退屈してるんですよ。 さあ、輝かしいセカンドライフを、どうぞ楽しんできてください!」


 最後に女神が見せた微笑みは、悪女の嘲笑にしか見えなかった。

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