スタンド・バイ・ユー

 刑務所からの帰り、ディアゴスティーノが故郷の村の母の墓へ行くと、そこには人影があった。ディアゴスティーノは「ちっ」と舌打ちをする。しかし、そんな行為の一方で、顔に不機嫌な色は見えなかった。

「……来てたのかよ」ディアゴスティーノは墓前にいる人影に声をかける。

「命日には来ると言ったろう」

 そこにいたのはディアゴスティーノのはとこ・・・の女だった。ぱっとした全体の印象では、赤と黒の色が混じった岩石のような雰囲気があった。しかし近づいてみると、繊細な顔のつくりに長い髪、そして細くて長い手足の女性であることが分かる。

「見られてねぇだろうな、まぁそんなへまはしねぇか。……まったく、毎年熱心なことだな」

「手をあわせるべき墓ってのが、私にはここしかないからな。……お前さんこそ、母親とはいえ熱心じゃないか」

「俺ぁ死んだらお袋とは違う場所に行くからな」

「気休めでも、“そんなことはないよ”とは言ってあげられないね……。」

 ディアゴスティーノは母の墓前にひざまずき、花束を置いた。

「……俺とお袋のことは知ってたか?」

「……ああ」

「けっ、俺だけかよ……。」

「私だって、結構最近になって聞かされたんだ。けれど、その時は不思議とおかしな話でもないと思ったよ」

「俺がお袋とは似ても似つかねぇからか」

「メルおばさんには誰も似てなかった。私の母だって、メルおばさんとは全然似ていなかったしね」

「だが、結局いま生き残ってる中じゃあ、オメェが一番お袋に近いじゃねぇか」

「……メルおばさんは言ってたよ。唯一後悔していることは、お前さんを産んでやれなかったことだって。……あのメルおばさんにそう言わしめたお前さんに嫉妬したもんさ。私も彼女のその言葉が、喉から手が出るほどにほしかったからね。……けれど、私には彼女にも馴染みの母がいたから」女の口調が強引に明るくなった。「しかしまぁ、ものは考えようじゃないか? 誰が親か分からないというのなら、誰とでも親兄弟っていう可能性だってあるんだからな」

「すべてのフェルプールの親戚か……。」ディアゴスティーノは自嘲的に笑った。

 ふたりは移動して、メルセデスの墓の近くにある墓標の前に立った。

「メルおばさんの近くにしたんだな」

 それはディアゴスティーノの幼なじみ、ロメオの墓だった

「ああ、俺がやりやすいからな」ディアゴスティーノは肩をすくめて笑った。「オメェこそ、俺の幼なじみだからってついでに墓参りすんのか?」

「まぁ……はじめての男だったからな、情だってわくさ」

「……え、おめぇら、そういうこと……なのか?」

 女は「それがどうかしたのか?」という顔をする。

 ディアゴスティーノは「おめぇ……」と、複雑な表情で墓をにらんだ。

「いい男だったからね。何となく、はじめてならこの男とっていうくらいの気持ちだったよ」

「……ああ、まぁ、いい男だったよ。こいつこそがいい男という奴だったな。何かを手に入れるとか、何かを守れるとかじゃねぇ、ただ誰かの側にいてやることができるんだ。何も出来ねぇかもしれねぇが、それでも一緒にいてやれる。男だろうと女だろうと、子どもだろうとな……。こういう男こそが得がたい。俺は昔っからこいつに口癖みてぇに言ってたんだ、“大丈夫だ、心配すんな”ってよぉ。だが、それはこいつに言いたかったんじゃねぇ、おれ自身に言い聞かせてたんだ。……そいつもそれを分かって受け止めてくれてたんだろうよ。こいつが俺をずっとひとりにはしなかった。……こいつは俺にとって、何というか……」

 ディアゴスティーノは墓の下に眠る男を、何と説明していいか分からないようだった。

「親友だったんだろう」女は言った。

「……ああ、そうだな。そう言っておくべきだった。せめてあいつが生きている間に……。」

 ディアゴスティーノは墓に向かって「ありがとよ、親友」と言うと、きびすを返して待たせている馬車に向かった。

「もう行くのか?」

「ああ、仕事が山積みだからな」

 去って行くディアゴスティーノ、女はメルセデスの墓に向き直った。

「安心して、メルおばさん。地獄には私が付き添うから、あいつをひとりにはしないよ」

 一方のディアゴスティーノが馬車に乗ると、手綱を持っている御者が振り向いて訊ねてきた。

「何か良いことあったんですか?」

「うるせぇよ」

 ディアゴスティーノは御者の席の後ろに蹴りを入れた。

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