ロメオ⑱
俺たちは先手を打つことに成功した。これでベルトーレとロールズは四老頭から糾弾される。ロールズの処遇は分からないが、少なくともベルトーレはマセラティ一家を破門にされるはずだ。
ディエゴの計画は今回も上手くいった、そう思っていた。だが奴らの方が
ヴィトー・マセラティの急死、季節の変わり目の風邪をこじらせたという話だった。医者によれば高齢なのでよくある話なのだと。しかし、いくらなんでもこんなタイミングは都合が良すぎる。
当主を失ったマセラティ一家は、娘のイヴェナ・マセラティが
そんなごたごたの最中に行われたヴィトーの葬儀は、もちろん四老頭や組織の幹部も出席したが、かなり険悪なものだったという。ロールズは出席していたが、ベルトーレはいなかったらしい。ここ最近、ベルトーレは体調不良で表に出ていないという話だった。俺がついた嘘を実際に使ってしまうところがいかにもあの男らしい。葬儀の話を含めて、すべてが
そしてベルトーレとロールズをハメて一か月、俺が今いるのは三度目の隠れ家だった。そこはランセルにある、ディエゴが
「あ~、まじ匂いだけで倒れそうっすわ」と、台所で料理をしているジレットを見ながら、三人の中で一番年下のフレーザーが呻いた。
「お前の料理は別の意味で倒れそうになるがな」ジレットは言った。昨日フレーザーが作った料理は不味いというより酷いものだった。鶏肉に完全に火が通ってなかったのだ。途中でジレットが口から吐き出して事なきを得たが、フレーザーの奴は鶏肉は火が完全に通ってないという事を知らなかったらしい。というか、牛肉と豚肉と鶏肉の違いが分からないという。ジレットが「お前あほか」となじると、フレーザーは平然とした顔で「だって習ったことないじゃないですか」と言っていた。
「デブのくせに食いもんに
「へへ、頓着ないからここまで太れるんすよ」フレーザーが言う。
「得意げに言うなよ」
ジレットの言うように、フレーザーは太っていた。しかし太ってはいるが、チームに入る前は大工をやっていたので、腕っぷしも強い男だ。
「しかし驚いたな」俺は言った。「まさかお前が料理が得意だったとは……。」
ジレットはフライパンの中のミートソースをかき混ぜながら照れ笑いをする。「いえね、うちはお袋がいなかったんで、下の兄弟を俺が食わさないといけなかったんです……。」
「そうか……。」
今ではこんな家庭的なところを見せているジレットだが、俺たちが裏切るという嘘のタレコミを聞いた時は、本気で俺を殺そうとしてきた奴だ。若くて血気盛んな危ない奴だが、裏を返すと忠誠心が強い。普段はきれいに
「なんか、うまいもの作る秘訣でもあるんすか?」フレーザーが言う。
「ガキどもに食わせてたらな、反応でこれがダメあれがダメってのが分かってくるんだよ」
「へー、俺だったら何出されても文句は言わねぇですけどねぇ」
「お前が弟だったら、俺は今ごろ生の鶏肉を食卓に出してるぜ」
食後の深夜、暗い居間で俺たちはトランプで遊んでいた。しかしもう、ポーカーも
「……いつまで続くんでしょうね」ランプの灯に照らされたジレットが言う。
「……さぁな、ディエゴが何とかしてくれるさ」俺はトランプのカードを放り投げながら言った。役はそろっていたが、ぼぉっとしてそれに気づいてなかった。「それに、もう少し経てばイヴェナがマセラティを正式に継ぐ。そうなれば、俺たちはマセラティの所で直々に
俺は「こんな狭い部屋ともおさらばだ」と言った。
「それでも、逃げ隠れしなきゃいけないんすか? しかもなんか全部人任せになっちゃってません?」ジレットは言った。
「俺は疲れたよ……何も考えたくない……。足を洗いたいって言ったのは嘘じゃないんだ」
「そんなこと言わないでくださいよぉ。俺ぁリーダーとロメオさんは最高のコンビだと思ってるんすよ。ワーゲンさんもいなくなって、チームが寂しくなっちまってるんすから」
「俺はなぁジレット、一生分の度胸を使い果たしたんだぞ。ベルトーレにロールズ、あいつら相手に散々腹芸をやってのけたんだ、もう十分だろう……。」
正直、二回は命を無くすと思っていた。
「そりゃあまぁそうですね……。」
ほんの少しの辛抱、もう少し息をひそめていれば堂々と外の空気を吸いながら自由に歩き回れるんだ。ストラと、その子どもと一緒に。
「……しかしまぁ、退屈っすねぇ」若手のフレーザーがあくびをしながら言った。
「贅沢を言うな」俺は言った。「酒も食い物も、いちおう良いもんを出してもらってるだろ」
「そりゃそうですけど……。ほら、ロメオさんだって分かるでしょ……?」
「……女か」
「言わないでくださいよ、その“女”って言葉を聞いただけでどうにかなりそうなのに……。」
「我慢しろよ、隠れ始めてまだ一か月も経っちゃいない」
「一か月もですよ」
「手で我慢しろバカ野郎」ジレットは言う。
「お前も余計なことを言うな」俺はカードをカッターのようにジレットに投げつけた。
「すんません。……ん?」ジレットがカードを下ろす。手が丸見えになっていた。ジャックのスリ―カードだった。
「どうしたジレット?」
「誰かが近づいてきません?」
俺たちは顔を見合わせる。フレーザーは裏口からの逃げ道の確保を、ジレットはナイフを取り出しドアの前に立って応戦の構えを見せる。
ジレットは聞き耳を立て、小さな声で「ひとりです」と言った。
ひとり、だとしたら追手ではないのか。
ドアの外から声がした。「夜分遅く申し訳ありません、レイブンです……。」
「レイブンさん?」
レイブンはこの屋敷の主で、この離れを提供してくれている商人だ。人間だが、ディエゴと仕事をしている信頼できる男だ。そもそもディエゴはいい加減に協力者を選んだりはしないが。
「どうしたんですかい、こんな夜中に?」ジレットが言う。
「それが、マッケインさんという方からの使いの方がお見えになっておりまして……。」
「マッケインから?」
ディエゴの秘書のマッケイン、ここでなぜ奴の名前が出てくる。しかし、うちのチーム外の者ならマッケインの名を知らないだろうし、ここの隠れ家の手配をしているのはマッケインだ、へんにディエゴの名前が出てくるより信用できる。
「マッケインがなんてぇ言ってんだ?」
「その……事情が変わったから隠れる場所を変わっていただきたいと……。」
「これからか?」
「え、ええ、そう仰っております……。」
ジレットは俺を見る。俺はうなずいた。
俺たちは離れから外に出た。外にはランプを持った、黒い肌に巻き毛の男が立っていた。突然の出来事に彼自身も困惑しているようだった。
「……そいつらはどこにいる?」ジレットは言った。
「急ぎなので、屋敷の外で待っておられます」
ジレットは「急ぎ?」と、俺の顔を見て確認するように言った。
「はい、その……彼らによればすぐに場所を変わる必要があると……。」
「何かあったんすかね?」
「分からんが……。」俺は言った。「常に状況が変化する時だ、急がなきゃいけない理由はいくつでもある」
俺たちは主人に礼を告げると、屋敷の外に出た。勝手口の外には見慣れない男たちふたりがいた。背が低く太っている男と、背が高い痩せた男だった。背が低い方は、怪我か何かで片目が潰れているようだった。全然似ていないが、ふたりは兄弟だと名乗った。
「お前たちが……?」俺は言った。
「マッケインさんから、隠れ家を移動するようにと
「案内します」と、ランプを持った背の高い男が言った。
俺たちの前には背の高い男が、俺の真後ろには背の低い男がいた。そんな男たちにジレットが訊ねる。「馬車とかねぇのかよ?」
「へぇ、何ぶん急ぎだったので、その手配も……。」
「そんなにか……。で、どこへ?」俺は言った。
早歩きしながら背の高い男が言う。「あ、いや、具体的な場所は聞かされていません。私らが詳しく知ってると危ないと……。」
「マッケインがそう言ったのか?」
「まっけ……ええ、そうです。マッケインさんがそう言ってました。なので、私らに質問してもちょいとお答えしかねます」
「用心深いのは分かるが心配だな、マッケインは具体的にお前らに何と言ってたんだ?」
「ボスから、あそこの場所がロールズにばれたから移動するようにと……。」
「……マッケインがそう言ったのか?」
「ええ」
「ディエゴをボスと?」
「ええ、そうですけど?」
俺は真後ろの背の低い男を殴り飛ばした。マッケインはディエゴのことを“社長”と呼ぶ。
「罠だ!」
ジレットが戸惑いつつ「え!?」と言う。
「逃げっ……くそ」
物陰からさらに4人の男が現れ、俺たちを囲んだ。
「に、逃がさえねぇぞ」
背の低い男が俺にしがみつく。
「く、くそっ、お前ら、屋敷に戻れ!」
俺に言われるなり、フレーザーは屋敷の塀の向こうへを助けを呼ぶ。
「おい、開けろ! すぐに開けろ! こいつら仲間じゃない!」
「黙れよデブ」
フレーザーの背後に背の高い男が周り、ナイフでフレーザーの首をかっ切った。
「げぶぅ!?」
「フレーザーッ!」
俺はフレーザー見ながらもチビの頭に肘打ちを入れる。
「ぎぃ!」
チビを突き放し、拳にブラスナックル(※指にはめて拳を固める金属の武器)をはめてさらに殴り飛ばす。
「ジレット! 逃げるぞ!」
だが、ジレットは4人の男をナイフ一本で相手にしていてそれどころではなかった。
敵のひとりが短剣でジレットに切りかかる。ジレットはその刃を左腕に突きさして止め、そして自分のナイフで敵の腹をついた。腹から出血させて敵がうめき声を上げる。
「ロメオさんだけでも逃げてください! ……ぐぉ!?」
ジレットが背後からナイフで刺されていた。
「ジレット!」
俺はジレットを助けに向かう。
「逃げでぐだざい!」
ジレットは背中を刺されながらも、その刺している敵を自分のナイフで刺しかえす。
「し、しかし……。」
「なめんなぁ~ッ!」
敵を体から離しナイフを振り回すジレット、そんなジレットの顔をナイフが切り裂いた。
「くそっ!」俺はジレットに言われた通り、その場から逃げようとしたが後ろから羽交い絞めにされた。
「テ、テメェ!」背後にはフレーザーを殺した長身の男がいた。
「よく見ておけ」長身の男が言う。「テメェの手下が無様に死んでいく様をよぉ」
「ロメオさん!」
ジレットは俺の方へ走り出すが、振り下ろされた敵の刃に四方から切り刻まれていた。
「う、お……おんどりゃあ!」
体中から出血しながらもジレットは退かない。しかし、取り囲まれた状態で一斉に短剣の餌食になり、4人の男たちに前と後を何度も刺さた末にジレットは倒れた。
「ジレット……。」
俺の前に背の低い男が立った。
「ロールズさんからの贈り物だぜ、ロメオ」
俺は背の低い男に何度も腹を殴られた。
「お……く……。」
体が
背後の男が「もういいだろう」と言うと、俺を放してその場を去って行った。
敵が去って行く音がする。いや、俺の耳が遠くなっているのかもしれない。
俺は仰向けになると夜空に浮かぶ月を見上げて笑った。笑ったつもりだったが、声が出ない。
「さ、三下どもめ……。最後の……とどめを、忘れていきやがった……。馬鹿な……奴らだ……。」
体を起き上がらせようとする。だが力が入らない、すぐに倒れてしまう。
「……おい、ジレット……。」俺は倒れたままジレットに声をかける。「ジレット、フレーザー、もう大丈夫だ……起きろ」
しかしジレットも返事をしない。
「……何だよ、だらしねぇな。……飲み過ぎだろ」
俺は
何か言わないといけない。誰も聞いていないけれど、何かを声に出さないといけない気がした。誰かに言わないといけない、俺にとって一番大事なことを。
そうして月を見ながらつぶやいた。
「……すまねぇマイ、約束全部果たせなかったわ……。」
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