最終章 オール・ザ・キングスメン

嵐の前の雨

 社長に返り咲いたディアゴスティーノのオフィスでは、マッケインが慌てながら事務室で自分の荷物を整理していた。

「くそ、いくら何でも気が早すぎるだろ、これだからフェルプールは……。」

 ロメオの隠れ家を密告すると、その日の夜にロールズたちは彼らを殺害していた。いきなり行動に出るとは思ってもおらず、逃亡する準備を整えようと思っていたマッケインは頭の中が真っ白になっていた。情報をつかむのが速いディアゴスティーノの事だ、自分より早くロメオのことをつかんでる可能性も高い。

異種族人間の俺はどうなっても良いってのかよクソっ、どっちについても崖っぷちじゃないかっ」

 歯をむき出しにして感情しぼり出すように言うマッケイン、いつもは不敵な笑顔を浮かべている彼だが、今では顔には脂汗が浮かび、ブロンドの巻き毛は汗でべとべとになっている。

 マッケインが必要最低限の荷物を鞄にまとめて部屋を出ようとすると、突然扉が開いた。

「……あ」

 そこにはディアゴスティーノが立っていた。

「しゃ、社長、今はランセル隣町にいるのでは……? あ、あのお早いお帰りで……。」

 返答の代わりに煙草に火をつけるディアゴスティーノ、その両側から二人の男が現れる。ふたりの男たちは無表情だった。そして早歩きでマッケインに近寄ると、彼の両脇を抱えて窓際まで引きずった。

「あ、あの、社長、何をするので? う、うわぁあああ!」

 ふたりの男はマッケインを窓から突き落とした。三階からの落下、石畳の地面から鈍い音が響く。

「あ……あ……。」

 落下したマッケインは頭から血を流しながら地面をはいずる。通行人がその様を見て悲鳴を上げていた。 

 窓からマッケインを見下しながら部下が言う。「社長、まだ生きてますぜ」

「そうか……。」

 ディアゴスティーノは煙草の煙を吐く。その顔からは感情は読めなかった。

「……死ぬまで落とし続けろ」

 ふたりの部下は階段を駆け下り外に出た。そしてマッケインの両足をそれぞれ持つと、マッケインを建物内に引きずり込む。

「やめてぇえええええええ!」

 建物の暗闇にマッケインの悲鳴が吸い込まれていった。

 室内にいるにもかかわらず、はるか遠くを見ているような表情で、ディアゴスティーノは隣に立っている部下に訊ねる。

「会場の手配はできたか?」

「はい、給仕や職人にうちの者を紛れ込ませておきました……。」

「……そうか」

 話してるディアゴスティーノの前を、マッケインを引きずるふたりの部下が通り過ぎる。

 そして部下たちは再びマッケインを窓から突き落とした。


 ストラが玄関のドアを開けると、そこにはディアゴスティーノの姿があった。

 ストラはディアゴスティーノを見ると、不機嫌な態度でひとこと「帰って」と告げる。

「その……何と言ったらいいか……。」ディアゴスティーノは中折れ帽を取って頭を下げた。「すまねぇ、まさかこんな……。」

「あなたが私に何か言葉がかけられると思う?」

「……いや」

 ストラはディアゴスティーノをきつい瞳でにらむ。その厳しい表情の顔の下にあるお腹は少し膨らんでいた。

「言葉はかけられねぇが、出来ることはある。困った時は頼ってくれ、オメェにもオメェの子共にも、最大限の援助を惜しまねぇ……。」

「今さら……ロメオあの人がいないんだったら何もならないわよ……。子供がいるのにあんな無茶なことするなんて……! ロメオもあんたも、信じられないくらい愚かだわ!」

「ストラよ、俺のことはいくらでも好きに言ってくれてもいい、だがロメオを悪く言うのはよしてくれ。あいつにはしっかりした考えがあったんだ。もう少ししたら、あいつは足を洗おうと思ってたんだよ。オメェとの未来を考えていた、愛はあったんだ」

「……知ってるわよ」

「何?」

 ストラは部屋の奥にいった。そして戻ってくると、その手には一通の封筒があった。

「これを」そう言って、ストラはディアゴスティーノに封筒を渡した。

 ディアゴスティーノは封筒を見る。封筒に宛名はなかった。

「あの人からよ」

「……読んでも?」ディアゴスティーノは訊ねる。

「私のいない所で読んで」

「……。」

「その手紙に何て書いてあるか分かる? あの人のあなたへの謝罪よ。この仕事を降りるって……私と平凡な暮らしをするって……そして……マイって人との約束は守れなかったって……。“お前をひとりにする、すまない”って……。」

「ロメオがそんなことを……。」

「これがどういうことか分かる?」目に涙を浮かべるストラ、両手はドレスの裾を握りしめていた。「あの人は、あなたにだけ言葉を残したのよ! 私でもない、でもない、あなたにだけ! こんな……こんな屈辱……女として妻として……。」

 ストラは鼻をすすって泣き始めた。

「すまねぇ……。」

「……帰って。そしてもう、の前に姿を現さないで……。」

「ああ……。」

 ディアゴスティーノは帽子をかぶると馬車に向かった。そして背中でドアの締まる音を聞いてから呟いた。

「すまねぇ、……。」


 その夜、イヴェナの世襲を正式に祝うパーティーがマセラティの屋敷で催されていた。深みと光沢のある、ワインレッドのドレスに身を包んだイヴェナ・マセラティ、彼女の周りには幹部が立ち、その前には次々と来客が祝いの言葉を告げている。

 パーティにはマセラティの関係者以外にも、四老頭のアウディ、ルノゥ、そしてロールズも顔を出していた。さらにここ最近身を潜めていたが、ベルトーレの姿もあった。彼の裏切り行為はディアゴスティーノによって明らかになっていたが、未だファミリーの権力を掌握しきれていないイヴェナにはベルトーレの処遇を思うように進められないでいた。

 イヴェナの前にベルトーレがひざまずく。

「本日はお招きいただいてありがとうございます。お父上も今夜のあなたのお姿を誇りに思う事でしょう。今日の良き日に変わらぬ忠誠を誓います」

 そう言って、ベルトーレはイヴェナの手の甲に口づけをする。

 そんなベルトーレを見下すイヴェナ、雄の獅子のようなイヴェナの瞳は、この男を全く信用していなかったが、赤い口紅の施された口は微笑んでいた。

「ありがとうベルトーレ、君はかけがえのない部下だ。体調はもういいのか? それに身内に不幸があったと聞くが?」

「こういう稼業です、そういう事もあります」

 ベルトーレは笑う。隠しもったカードの手が十分にそろっているかのような笑い方だった。

「イヴェナ・マセラティ」次に現れたのはロールズだった。「お若くしてファミリーを継ぐことは大変でしょう。私たち四老頭が、ここ・・っ後見人となって支えます」

「女では頼りないかな」

おお・・っお父上が偉大過ぎたのです」

 宴もたけなわになり、招待された客がすべて顔を出すようになると、給仕のひとりがバルコニーへ行きテーブルクロスをばさばさと振った。はた目から見ると、埃やごみを払っているように見えた。

 しかし屋敷の近くにある森、そこに集まっているディアゴスティーノとその部下たちにとって、それは合図だった。

「……オメェら腹ぁくくったな」給仕の動きを見てディアゴスティーノが言った。

 ディアゴスティーノの部下たちは返事をしない。眼光のみが彼らの意思を示していた。

 ディアゴスティーノは部下たちの前に立つ。

「ワーゲンは……俺にないもんを全部持ってた。漢気、度胸、何より腕っぷし。何よりジェントルマンだ。あいつは俺に一回も手を挙げなかった。だったら女子供にだって絶対に手を挙げねぇ」ディアゴスティーノは自嘲的に笑う。「には優しいってことさ……俺はあいつのおかげでここまでこれた。このチームの半分はあいつの腕の太さと面構えでできてる」

 部下のひとりがひとりがうつむいた。

「アイーシャには……ここにいる野郎全員が恋をしてた、知らねぇ面すんじゃねぇよ。あの娘にちょいと言い寄られりゃあ、誰だって心を開いたはずだ。そりゃそうだ、なんたって顔だけじゃねぇ、優しいし勇気のある女だった。良い妻にも良い母にもなったろうよ」

 またひとりうつむいた。

「ロメオ……あいつが陰で何て呼ばれていたか知ってるな? “嫌いな奴のいない男だ”こいつに関しては今さら言う必要はねぇ」

 全員がうつむいていた。

「あいつらにあの世で再会したら言っておけ、“自分はあの夜、あの場所にいた”ってな。あいつらは言うだろう。“お前らこそが男の中の男だ”と」

 部下たちは目をうるませながら笑っていた。

「……オメェらびびんな。これからのことを誇りに思え」

 ディアゴスティーノは目を細めて屋敷を見ると、大きく呼吸をした。

「んじゃまぁ、借り物の言葉で好きじゃねぇが……。」

 ディアゴスティーノは屋敷へと歩き出す。

 

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