ロールズ/四老頭

 ディロンという若僧から指定された、森の奥にある古い別荘に入ると、そこにはひとりしかいなかった。

どど・・っ、どういうことだ? ベルトーレ君が来るんじゃなかったのか?」

「それが……」ディロンは申し訳なさそうに言う。「ベルトーレさんはあなたに恐れを抱いてしまって寝込んでしまいました。何とかして連れてこようと思ったんですが、彼は名実ともにぼくの事実上の親になります。あまり無理はさせられず……。」

「驚いたな」私は言った。「自分から叛逆をくく・・っ企てておいて、いざとなればへたり込んでしまうのか。とんだ見込み違いの男だったな」

 私はディロンに促されて席に着いた。ディロンが瓶入りのぶどう酒を差し出してきたが、私はそれを断った。何が入っているか分からない。

「だいたい、きき・・っ君も君だ。かか・・っ彼を見限るというのなら、とっとと始末すればいいんじゃないのか? 今さら何の話があるというんだね?」

「まぁ……お話したように彼は親です。ぼくの子供の父親になります。そんな彼が泣いてぼくにすがってきてしまうもので、こちらもつい情にほだされたと言いますか……。」

「今の状況は、そんな悠長なことを言っていられるものじゃあないだろう?」

「それはそうなんですが……。」ディロン氏は姿勢を正した。「まず、ベルトーレさんは、今回のことを非常に愚かなことだったと認めています。ご息女、ぼくの妻となる女性ですが、彼女が妊娠したことにより、自分の権力を増大させようと欲が出てしまったのです」

「よくある話だ……むだに、かか・・っ家族など作るからそういう事になる」

「あなたと一緒に始めた阿片の売買の仕事が思った以上に稼げたという事実が目をくらませてしまったということもあるのでしょう。急な富は阿片以上に人を狂わせます。今は正気を取り戻し、ただただあなたに謝罪をしたいと……」

「それで本人はここにいないと」

「返す言葉もありません……。しかし、彼があなたに感謝と謝罪の意を強く表明していることは知っておいてください」

「あれだけ世話になっておきながら、手のひらを返していることに私は怒っているのではない。私はかか・・っ感情で動く人間ではないのだ。だが、短絡的な人間は許すことができない。それは利益の問題だ」

「仰る通りです」

「マセラティ氏の死後は、その後釜に据えてやると約束してやったのにそれまで我慢できないというのは、ビジネスパートナーとして信用できない。短絡的過ぎる」

「もう、ベルトーレさんの挽回はぼくも難しいと思っています。彼には体調の悪化を理由にして引退してもらいましょう。まだ他の四老頭に、とベルトーレさんが薬物の売買を行っていたことを知られていない今のうちに整理をつけるんです。彼は完全にあなたを恐れていますから、今ならば何でも言うことを聞くはずです。シマやしのぎ・・・の一部もあなたに譲らせましょう。スムーズに行えば反乱分子も出ないはずです」

「ふん、いったん裏切った者がかか・・っ簡単に言う事を聞くとも思えないが……。」

「脅しももちろんですが、恩義を思い出させるのも手ではないでしょうか。アウディ一家との抗争との時も、やはりあなたの後ろ盾があったはずです」

「あたりまえだ、あの男ひとりでアウディに抗争が仕掛けられるものか。私がお膳立てしたやったのだからな」

「すぐに消せるボヤ程度の火をおこしたのは流石です」

きき・・っ君らの所のラリアートとは違う。うちの部下はわきまえてるからな、やりすぎない。……君はやたら聞くな?」

「え、ええ、もちろん、ベルトーレさんにあなたの恩恵を思い出させるためには貴方から直接聞かないと……。」

「そうか……。」

「ルノゥ氏は相変わらず風見鶏といった感じなのでしょうか? 今回の事には何も絡んでいないので?」

「ルノゥ氏? ルノゥ氏は……。」

 私はディロンの話に違和感を覚えた。彼は何かを待っているようだった。

 私は部屋を見渡す。隣の部屋に通じるドアが半開きになっていた。

 私は椅子から立ち上がってそのドアを開ける。

 隣の部屋にはベルトーレの部下のマクラーレン、そしてヴィトー・マセラティの娘のイヴェナ・マセラティがいた。彼女がファミリーを継承するかどうかが、マセラティ一家の中で問題になっている。ヴィトーの血を引いているし、なかなかのやり手らしいが、いかんせん女だという事が足を引っ張っていた。マセラティの死後はそこに乗じようと思っていたのだが……。

「……ここ・・っここできき・・っ君たちは何をしている?」

「ここで……。」イヴェナ・マセラティが言った。「ティータイムと洒落こんでるんですよ、伊達男とね。面白いものが見れると聞いたので」

 丸テーブルで彼女の向かいに座っているマクラーレンは、不機嫌に腕を組んでいる。

「マクラーレン殿」イヴェナは立ち上がった。上背うわぜいのある女だった。「本日は興味深いお話を聞けました。父に相談して、後日改めて今回の件を四老頭で協議します」

 そして私の前を横切り、部屋を出ていった。

 マクラーレンも立ち上がると、私の前を通り過ぎるなり言った。

「仁義は通していただきます、マクラーレンさん。そして……うちのボスにも……。」

 マクラーレンはディロンを一瞥して部屋を出ていった。

ここ・・っこれは……」私は言った。「くくく・・・っクライスラーの企みだな」

「さすがロールズさん」若僧は爽やかに笑っていた。「負け惜しみでも正鵠せいこくを得ますね」

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