ランド/チームの古参メンバー
「ちょっと待ってよっ」俺は椅子から立ち上がってロメオに言った。古参のメンツ、と言ってもワーゲンがやられちまったから俺を含めて三人しかいない。その三人だけで話があるというからディアゴスティーノの部屋に行くと、よりによってうちのチームの頭をロメオにするって話だった。
「いくらベルトーレさんからの命令だからってそれは……。」
暗黙の了解だった。俺たちの頭はディアゴスティーノだという事は、死んだワーゲンだって腹の底では認めていた。
「これが、今のチームをまとめる最善策だ」椅子に座ったまま、ふたりのうちの誰も見ようとせずにロメオは言った。
「……そうかぁ?」
俺は座っているディアゴスティーノを見る。
ディアゴスティーノが言った。「オメェがベルトーレと何かやっていたことは知ってた。だが、まさかこんなことを言い出すとはな……。」
「……俺自身も驚いてるんだよ」
「オメェに務まるとでも思ってるのか? ここの頭が?」
「俺だってそう言ったさ、でもベルトーレが……」
「オメェは何だ」ディアゴスティーノが鼻で笑う。「ベルトーレの小間使いか? 言われたら何でもやるってのか?」
「奴は俺たちの親で、俺たちは奴の下部組織の人間だ、命令には逆らえんさ」
「情けねぇ男だ、完全に飼いならされちまったか。親父には心臓、娘には金玉にぎられてやがる」
「何だと……」
ロメオが席から腰を持ち上げた。
俺は言った。「ディアゴスティーノほどじゃないけどよぉ、ロメオ、いくらなんでもそりゃ急ってもんだぜ。俺だって混乱してるのに、チームの若い奴らが何ていうか……。」
「納得してもらうしかないだろ」
「オメェについて行くやつが何人いる事やら」
「いっとくがなディエゴ、もうチームから抜けようって奴らもいるんだぞ」
俺はディアゴスティーノを見る。独特の瞳がぎらりと光っていた。幼なじみっても、突っ込み過ぎてるんじゃないだろうか。
「俺がこのチームをデカくするためにどれだけ心血を注いだか、オメェには分からねんだろうなぁ。オメェらがカフェで女と遊びまわってる間、俺がどんだけ方々を這いずり回ったか……」
「分かってるよ……。」
「いいや、分かっちゃいねぇ。ムショにも入った。もう一歩のところで殺されるところだった。テメェらがシャバで枕を高くし眠ってた頃、俺は
「だから……」
「オメェがこの十年ちかく、いったい何をやってきた? 多少の努力は認めるが、俺ほど体をはって知恵を絞ったか? 近くで俺を見ておきながら、よくもまぁ俺に成り代わるなんざぁ言えたもんだな?」
「お前だって、俺の近くにいて俺が何をやってきたか、
「十分見てきたぜ! テメェの役立たずっぷりはなぁ!」
突然ディアゴスティーノが叫んだ。思った以上にキレてたらしい。麦色の頭髪が逆立ったかと思った。
「……お前が俺のことをそう評価してるだろうことは知ってたさ」哀愁の似合うロメオの顔に影が差すと、妙に同情したい気持ちになってくる。
「いやいや、落ち着けよふたりとも。当面はロメオがうちの頭になるってぇだけだろ?
時期が来て、頃合いを見たらまた元通りにするんだろ?」
俺は「な? そうだろ?」とロメオに確認する。
「楽観が過ぎるぜランド」ディアゴスティーノが言った。「こいつはベルトーレの娘のお気に入りだ。そのまま婿入りするってぇことを見越しての采配さ。こいつがストラとの仲をややこしくしねぇ限り、こいつが外れるなんてことはまずねぇ」
「いやいや、ほら、娘婿ならなおさら……
「こいつにそんな器量があると思うか?」ディアゴスティーノが挑発的に、わざとらしく鼻息を立てて笑った。
「俺をなじればお前の気が晴れるのか? だったらいくらでも言ってくれ」
ディアゴスティーノが「この野郎」と呟いた。
「やめようぜ、ふたりとも。俺はディアゴスティーノに比べりゃ馬鹿だ、ロメオに比べたら顔も悪いし、ワーゲンに比べりゃ喧嘩も弱っちい。だが、そんな俺だからこそ、前向きにやってきたんだ。だからよぉ、その前向きな仲間の言うことに耳を傾けてくんねぇか。確かに俺たちはどん底だよ。チーム内も割れてる。だが、ロメオがベルトーレの娘と良い仲ってのは明るいニュースじゃねぇか。何らかの形で俺たちのチームに恩恵もあるさ。何より、仲間の結婚だ。祝福してやろうぜ。腹の内ではいろいろあるだろうけど、まずは祝福だ。そうだろ?」俺は前のめりになってロメオに手を差し出した。「まずは“おめでとう”だ、ロメオ」
「……ありがとう、ランド」ロメオはその手を握ってくれた。
「……ディアゴスティーノ」俺はディアゴスティーノにうながす。
「……おめでとう、ロメオ」腕と足を組んだままにディアゴスティーノは言う。
ロメオは両肩を挙げる。
「驚いたぜ、オメェが結婚てぇのはな」犬歯をちらつかせてディアゴスティーノが笑う。
「いや、ロメオは結婚するだろぉ~、男の俺から見ても文句なしに色男だ」
けれど、俺の言葉がディアゴスティーノには聞こえていないみたいだった。
「てっきり、オメェはマイに操を立ててるんだと思ってたがな」
理由はよく分からないが、場の空気が凍り付いたのが分かった。何となく聞かされていた、ディアゴスティーノの姉のことだろうけれど、なぜその名前が今出てくるんだろうか。
「……何でそんなこと言うんだよ」ロメオが言った。
「……別に、ただ何となく口を突いただけだ」
「何となく……だと?」
ディアゴスティーノは左肩をすくめて「それがどうした?」という風にジェスチャーする。しかし、それではすまなかったみたいで、ロメオは椅子から立ち上がった。
「俺が彼女のことをどう思ってたか、お前なんかに分かるもんかよ……。」
ディアゴスティーノも立ち上がった。「俺はあいつの家族だ、お前よりも縁はずっと強いぜ」
「俺だってっ」ロメオがディアゴスティーノの襟をつかむ。「彼女が生き返りさえするなら、何だって捧げた! 自分の心臓だって止まっていいと思ってた! 彼女の人生に全部捧げるつもりだったんだ!」
「お、おいロメオ、落ち着けって」俺は二人の間に入ろうとするが、剣幕がすごい。
「俺だってそうだ」ディアゴスティーノが言う。「だがお前は過去形で話すな? 俺にとってはまだ続いてる話なんだがよ」
「……マイは死んだんだ、メルセデスもな。お前もいい加減、過去ばかり見てんなよ」
「あんな女のペットになり下がるのが、現実を見るってことか? くだらねぇ」
「テメェ!」
ロメオが拳を振りかぶった。俺はロメオの後ろから抱き着いて体を捻る。拳は辛うじてディアゴスティーノからそれ、ロメオは体勢を崩した。喧嘩はそんなに強くないが、腰の位置を相手より低くするのが組み合った時の
「落ち着けって、ここで俺たちが争ってどうすんだよ」
ロメオは息を切らせていた。立ったひと振りしただけなのに、かなりの体力の消費だ。激高にもほどがある。ディアゴスティーノも冷静な目をしているが、体の所々が細かく動いていた。
「……これは決定事項だ」ロメオは言った。「お前や俺がどうこう喚いてくつがえるもんじゃない。……部下たちには俺が話す」
「好きにしろい」
そう言って、ディアゴスティーノは部屋を出ていった。
「……幼なじみのお前らふたりに何があるかは知らないが」俺は何かを言おうとしたが、うまくまとまらなかった。「……ロメオ、俺はお前らより頭が回らねぇからよく分からないけど、何か考えがあるんだよな? こっからまた俺たち、前みたいにやっていけるんだよな?」
ロメオは大きく呼吸をして唾を飲み込んだ。「そう努力してるつもりだ。……俺はな」
ロメオは俺を見て言った。
「大丈夫だ、安心しろ」
言う人間が違うと、まるで違って聞こえる言葉だ。
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