ロメオ⑭

 俺を含むベルトーレ一家の男たちは、アウディのシマの港の前まで大挙していた。俺の横には手に角材や鉄材を持ったゴロツキが並んでいる。だいたい50人はいたんじゃないだろうか。港の商人やガタイの良い漁師まで俺たちを恐れて道を開け、ある者はここを取り仕切るアウディに報告するために、逃げるように駆けて行った。

 最初は本当にはやらないだろう、威嚇いかく程度だろうと思っていたが、アウディのシマの港に近づいて、潮の香りが強くなるたびに、俺はもうやるしかないのだと覚悟を決めつつあった。まったく振り回され過ぎの日々だった。ベルトーレの人質になって、その娘の召使いになったと思ったら、一兵卒として駆り出されるのだから。そんな俺たちの気持ちなど知る由もなく、空ではカモメが気の抜けた声を上げて飛び回っていた。

 俺たちは進行を止める、正面にアウディ一家の腕っぷしが並んでいた。言いたくないが、俺ら町のヤクザよりはるかに喧嘩が強そうだった。やはりワーゲンは掃き溜めに鶴だったんだとつくづく思う。やがて俺たちを渦巻く雰囲気が、もう逃げられないという恐怖から、絶対に逃がさないという狂気にかわり、ついに抗争が始まろうという寸前、マセラティからの使者が現れた。昂った男たちといえど、自分たちの本家のマセラティの意見に耳を傾けないわけにはいかない。

 そして、マセラティの指示により抗争は寸前のところで回避された。ベルトーレは抗争の音頭を取っていたとはいえマセラティの手下だ、親に逆らうわけにはいかない。アウディも対等とはいえ、四老頭の最古参のマセラティからの申し出だった。憤りを隠せぬ者、安心する者、それぞれの思いを胸に、ベルトーレ一家とアウディ一家は解散した。

 そして時がたつにつれ、ディエゴみたく嗅覚が優れた奴ではなくても、損得が一目瞭然になっていた。マセラティは自分の威厳いげんを見せつけ、アウディは抗争では怪我を負ったメンバーがいただけ、ベルトーレにしたって親に命じられ子に乞われ、しぶしぶ拳をひっこめたのというてい・・でメンツは保った。問題は俺達のチームだった。仲間をやられ、にもかかわらずおめおめとイモを引いたのだから。ワーゲンの忠告があったとはいえ、チームのメンバーたちはディエゴに対する視線が変わってしまっていた。

「……うちの奴らが見えねぇな」ディエゴは拠点にしている建物の自分の部屋で俺に言った。隣にはマッケインのうりざね顔が突っ立っている。

「……別に、これまでもチームの奴らはここには直接出入りしなかったろ」俺は肩をすくめる。

「朝から一人も見ねぇってのはおかしいだろ」

「……そうか、よく分からないが」

「……ふん」ディエゴは読んでた書類の束をマッケインの胸に押し付ける。無表情だったが、マッケインの鼻から「むふ」という息が漏れた。「よぉ、飯に行こうや」

「……いいぜ」

 俺たちがシマのレストランに行くと、中にはうちのチームのメンバーがテーブルを囲んでいた。しかし、ディエゴはプライドからか、そいつらの近くに座ることはしなかった。

 席に座って店員に注文を済ますと、今まさに気づいたようにディエゴはそいつらに声をかける。「よぉ、オメェら、どうして今日は事務所に顔出さねぇんだ?」

 しかし、そいつらは不機嫌そうな顔をして立ち上がると、わざわざ俺たちの横を通り過ぎるようにして去って行った。ひとりが「ごゆっくり」とだけ声をかけてきた。

 ディエゴは無表情で俺を見る。俺は「なんだろうな?」という顔をするのが精いっぱいだった。

 俺とディエゴが注文した料理を待っていると、聞き覚えのある声が店の外から聞こえた。

「ロメオっ」

 見ると、ストラがテラス席の所に立っていた。相変わらず、胸元の開いた大胆なドレスを着ている。こんな彼女が街で男に声をかけられないのは、誰もがベルトーレの娘だという事を知っているからだ。

「……ストラ」

「パパが呼んでるわ、昼食なら私とにしましょう」

 俺は驚いてディエゴを見る。

「……いってこいよ」

「だけど……」

「俺が一人じゃあ飯も食えねぇ哀れな野郎だと思ってるのか?」

「……分かった」

 ちょうどそこへ、給仕がエビとポテトサラダのサンドイッチとベーコンとレタス、それとトマトを挟んだサンドイッチを持ってきた。俺が自分の前に置かれたサンドイッチを見ていると、ディエゴがその皿を指さして「包んでおけ」と給仕に命じた。

「……じゃあ」俺は言った

「……ああ」ディエゴは小さく手を挙げた。

 ストラと一緒に馬車に乗り込むと、彼女は俺に呟いた。

「もう、あの男と一緒にいるとお父様が良い顔しないわよ」

 俺は何も言わず、景色も見ず、馬車の壁を見ていた。

 馬車がベルトーレの質屋に到着する。俺はストラに連れられてベルトーレの部屋に行く。否応なしだった。彼女からは悪意というか作為は感じられないのだけど、自然にそういう事をやるから余計に何かを言いづらい。だいたい、俺はまだ彼女とどうこうなる心がまえだってできていないというのに。

 扉を開けると、俺は声を出しそうになった。そこにいたのはうちのチームのウーロだった。ラウーロも俺を見られ気まずそうな顔をしている。

「……そちらの方は?」ストラが言う。

「ん、ああ……。」ベルトーレが言う。「今度から、うちで世話になることになった男だ」

 俺は顔をしかめてウーロに訊ねる。ウーロは肩をすくめるだけだった。

「前のチームとは折り合いが悪くなったらしいんで、ウチで預かることにしたんだ」

「へぇ……珍しいわね、パパが他所の人間を引き抜くなんて」

 俺はベルトーレを見る。一瞬ベルトーレは俺から目を離し、そして戻した。何か言おうと口を開いたが、何も言わなかった。

「では、よろしくお願いします」

 そう言うと、ウーロは部屋から出ていった。俺は衝撃を隠せなかった。確かに、チームでも公私ともにつきあいのあるウーロは、ワーゲンの死を一番悲しんでいた。そしてその反動か、拳をいとも簡単に下げたディエゴのへの怒りも相当だったのは分かる。けれど、まさかチームを抜けるなんて。

「……よく来てくれたなロメオ」

 俺は右肩をすくめる。「昼食をと言われたもので……。」

「ああ、そうだ……。ところで、最近はどうだ?」

「……どうと言われても、あまり大きな変化はないです」

「チームの様子は?」

 ウーロが抜けるという話が出ていたばかりなのに、ここはすっとぼけるわけにもいかない。

「……良好な雰囲気ではないですが」

「だろうな……。」ベルトーレは大きく呼吸をして深く座った。「俺も驚いてる。まさか、あんなところで鞘を納めるとはな」

 ベルトーレが俺を見る。俺は息を飲むのと区別をつかないくらい小さなあいづちをうった。

「おかげで恥をかいた。分かるか? あいつは親に恥をかかせたんだぞ? しかもだ、今見たろう? もう自分のチームすらまとめられん状態だ」ベルトーレはだんだんエキサイトし始めていた。「何より、あんな腰抜けだったということに失望だ、目をかけてやっていたというのにっ。やはりアルベルトの再来だっという事だなっ」

「……一応」俺は言った。

「なんだ?」

「やられたワーゲンが、アウディではない可能性をディエゴに伝えていました……。ディエゴとしては、仲間の忠告に耳を傾けたとのかと」

「死ぬ前に朦朧もうろうとしてたんだろう、適当なことを口走ったに決まってるっ」

「……その可能性もあります」

 ベルトーレはため息をついて自分を落ち着かせた。「……まぁいい、今日お前を読んだのは他でもない。お前らのチームの今後に関してだ」

「今後……ですか?」

「そうだ。あいつもなかなか面白い男だった、口先だけだが、それでもそういう男なりにできる事もあるだろうと……。だが、ここいらが引き際だ」

「引き際って……。」

「俺がさっき言った“アルベルトの再来”、それが何を意味するか分かるか?」

「……。」

「ヤクザってぇのはな、どれだけ頭が働こうが、いざとなったらイモ引いちまう奴は、どうあってもダメなんだよっ」

「それは……。」

「だが、お前は違った。俺たちとアウディのシマまで行くってたんだからな。……もちろんやる気だったんだろ?」

「……もちろんです」

 ベルトーレは椅子の上で指を組む。「うん、お前はそういう奴だ。あの男とは違う。……娘がお前を気に入っている何よりの証拠だ」

 俺はストラを見る。ストラは微笑んだ。微笑みでも強い笑顔だった。

「でだ、お前を正式にあのチームの頭にしようと思ってな」

「えっ? ちょっと、まってください。だって、あのチームは……」

「俺はあのチームの頭をクライスラーだと認めたことはない。お前らの三人柱でやっているもんだと思ってた。……だがワーゲンはやられ、クライスラーはあのていたらくだ。だったら、お前しかいないだろう」

「パパの言う通りよ、ロメオ」ストラが口をはさむ。

「娘の将来の婿が、チームひとつも持ってないのは様にならんからな」

「しかし……」

「お前ならうまくやってくれるはずだと俺は信じてる」

「……おれのことを買っていただいているのは光栄です。しかし……」

「“しかし”、なんだ?」

「あのチームは問題が山積みです、ですからその……」

 ようするに、ディエゴですら手に余っているというのに、俺が処理できるとは思えないということだ。

「……ヤクのことを心配してるのか?」

 図星だった。とはいえ、はいそうですとは言い難く俺は苦い顔をして肩をすくめるだけだった。

「それならクライスラーにやらせておけば問題ないだろう」

「……どういう意味です?」

「あれは奴が仕切っていた頃に起きた問題だ。ならば、奴が引き続き責任を取るのが筋ってもんだろう」

 俺は困惑した。皆まで言わずとも意味が分かった。そして、それはあまりにも残酷なやり方だった。

 つまり、ベルトーレは責任をすべてディエゴに背負わせて、俺を新しい頭にすげ替えようとしているのだ。

 ベルトーレは開いたシャツを正した。

「お前は何も心配することはない」

 シャツはまた開いて、ベルトーレの毛がたっぷり生えた胸が露わになった。

「……チーム内での反発は避けられない気がします」俺は言った。

「すでに、反発なら出ているだろう」ベルトーレは目を丸めて言う。俺は腹の底から出かけた声を喉元で押さえる。

「ロメオ、これが最善の策だ」

 俺はディエゴと違って腹芸が得意ではない。そう言われればそういう気もしてきてしまう、この芯の無さが自分でももどかしかった。

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