ロメオ⑬

「奴らとうとうやりやがったか!」

 質屋でディエゴからの報告を聞いたベルトーレは叫んだ。

「お前ら、集めろ!」椅子から立ち上がり机を叩きながら興奮気味に部下たちに命令するベルトーレだったが、ディエゴの様子は浮かないようだった。ワーゲンをやられたという事だけではなさそうだ。

「クライスラー、お前らはうちのファミリーだ。そのお前の所のもんがやられたとなれば、こっちも黙ってはおけんっ。……どうした、クライスラー?」

「いえね……ワーゲンをやりやがったのは本当にアウディの者かと思いまして……。」

「お前は何を悠長な……この期に及んでもまだ日和見か? お前のチームの人間が、ワーゲンが殺されたんだぞ」

「……そのワーゲンが、自分をやったのはアウディのもんじゃないかもしれないって言ってましてねぇ」

「……ばかな」ベルトーレの表情が一瞬たるんだ。その変化と物言いに、ディエゴも気づいたようだった。「お前の店を襲ったのは、アウディ一家だったって話じゃあないか」

「たしかに、うちの店で好きかってやりやがったのはアウディの奴らです。けど、そいつらはワーゲンにのめされ・・・・てるんですわ。で、ワーゲンがやられたのはそいつらを追っ払った後です」

「それは……誰が言ってたのか?」

「もちろん、ワーゲン本人ですね」

「……死んだんじゃあないのか?」

「死ぬ前にですよ」ディエゴは肩をすくめる。「……俺はあいつの意見を信じようと思います」

「いや、しかし……お前らを襲う理由があいつらには十分ある」

「そりゃあ俺だってそうです。奴らを襲う理由はある。ですがやってねぇ」

 ベルトーレは座りなおすと机に両肘を立てて手を組んだ。

「……クライスラー、決定を下すのは俺だ。俺はもうアウディを疑っている。ワーゲンがどう言おうが、奴らがお前の店を襲ったことは間違いないんだからな。何より、向こうは怪我人が出ただけだが、こっちには死人が出てる。兵隊を連れて、アウディに申し開きをさせんとな。あれやこれやの可能性でイモ引いてたら、こっちがなめられちまう。俺らは役人じゃねぇんだ」

「……。」

 結局、またもや俺たちのあずかり知らない所で話が進むことになった。ディエゴはアウディの所へ連れて行かれもせずに、俺は相変わらず人質だった。

 総出しているベルトーレのアジトには俺とディエゴのふたりきりだった。大勢の血気盛んな男たちの体臭が残っていた。

「……ヤクの問題も片付いていないってのに」俺は言った。

「……ヤクの問題なんかどうでもいいのかもな」ディエゴは言う。

「……どういうことだ?」

「ちょいとひとつ気になる情報があってな。……言ったろ、網はってるって」

「おお、やっぱりワーゲンが言ってたように……」

 ディエゴが俺を手で制した。廊下に続く出入り口を見ている。

「……どうした?」俺は訊ねた。

「……誰か」

 すると、そこから女が現れた。ベルトーレの娘のストラだった。

「……ああ、ストラ」

「ベルトーレの娘か……。」ディエゴは小声で言った。俺はうなずいた。

「……ロメオ」ストラが部屋に入ってくる。ストラは奇跡的に父親の血がどっかで偏っちまったみたいに、母親似の美人だった。ボリュームのある黒髪に、薄い褐色の肌、そして職人が頑張ってこしらえた壺みたいに、胸と腰と尻のくびれがものすごい。ドレスも露出が多くて、まるで男に媚びるような見た目をしているが、受け口ぎみの顔が生まれつきの気の強さを物語っていた。なんせ、どれだけ周囲に反対されようとも、チンピラとの愛を貫こうとした女だ。まだ13歳(人間で23歳)だが、十分に成熟した女の雰囲気がある。

「どうした?」

「ちょっと、買い物につきあってほしいんだけど……。」

「あ、ああ、別にかまわねぇよ」

 ディエゴは怪訝な目で俺を見る。

「……別に監禁されてるわけじゃないんだ」

「へっ、てい・・の良い召使ってことかよ。それとも座敷犬代わりに飼われてるか?」

「ディエゴ」俺は悪友をたしなめる。

「……こちらのひとは?」

「俺のチームのメンバーで、幼なじみのディエゴだよ」

 ディエゴは口パクで「“俺のチーム”だと?」と言った。少し意地悪そうな目をして。

「ああ、……」

 ディエゴと俺が会話していたことなんて、ストラは気にもしていないかのように俺たちの間に入ってきた。

「で、買い物のあとは、お店の予約をしてるからそこでランチをしましょう?」

 ディエゴは話しているストラの背後に回った。そしてストラの体のラインを自分の体でジェスチャーして再現しながら俺をからかってくる。

「あ、ああ、いいぜ」

「表で待ってるわ」 

 ストラは俺の頬に軽く口づけをして部屋を出ていった。出ていくときにはディエゴには目もくれなかった。

「……へぇ」ディエゴは言った。

「……何だよ?」

「恐れいったぜ、その手があったか。いや、しかし俺にはマネできねぇやり方だ」

「……何か勘違いしてないか?」

「おいおい、うぶ・・ぶるのはよせよ。あの娘っ子の目がどんな色してるかくらい分かんだろ?」

「だとしても、そういう言い方はよせ」

 俺が強めに言うと、ディエゴは肩をすくめた。

 俺は話を打ち切るつもりで、ハンガーにかけたコートを羽織り外に出ようとする。そんな俺にディエゴが言った。「俺がオメェなら、あの娘を使うだろうな」

「……。」

「今回の件、誰も彼もがうさんくせぇ。俺らののベルトーレさえもだ。もし俺がオメェなら、娘から親父の情報を引っ張ってくるように動かす」

「……俺はあの娘を巻き込みたくないんだが」

「ほぉ」ディエゴはわらう。「そういう言葉が出るってことは、オメェ、もしかしてまんざらでもないのか?」

「そうじゃない、そうじゃなくてもだ」俺はため息をつく。「……お前、そういう考え方以外できないのか?」

「“そういう”ってオメェ……」ディエゴは冷笑する。「考え方だよ?」

「誰でも彼でも利用しようってことだよ。あんまり愉快なもんじゃないぞ」

「俺はオメェらを利用する、オメェらだって俺を利用する。その結果どうなった? チームが大きくなって、オメェらの懐には金がたんまり入ってるじゃねぇか。それが愉快じゃないとでも?」

「……ワーゲンはお前を利用してるなんて、思ってなかったと思うがな」

「思ってなくても実際そうだ。あの筋肉バカが、腕っぷしだけでどこまで成り上がれたと?」

「お前……。」

「ワーゲンを持ち出したのはオメェだぜ」

「そうじゃねぇだろ、お前の言ってることは、まるで“利用できない奴には価値がない”って言ってるみたいに聞こえるんだよ」

「そりゃあそうだろ」

「なんだと?」

「俺を見ろ。チビで腕っぷしも強くねぇ、こんな俺が利用されるのが大好きなお人よしだったなら、いったい誰が一緒にいようってんだ?」

「……。」

「な、何も言えねぇだろ?」

 俺はそのまま部屋を出ていった。本当は言えたはずだった、「それでも俺はお前と一緒にいる」と。もしあの時この言葉が言えたなら、俺たちは違う結果になってんだろうか。

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