ワーゲン/最初の三人②
男は何も言わずまっすぐに俺に向かってきて、そして両腕をふり回した。
嫌な予感がする。俺はその両腕の攻撃を一歩引いて避けた。
闇の中で光がちらついた。刃物を腕の死角に隠してやがる。
「面白れぇ、光もん持ってりゃあ俺に勝てると思ったか? さっきの奴らのざまぁ見てなかったのかよ? あん?」
男は両腕の袖口の陰からバタフライナイフを出した。男はバタフライナイフを器用に左右の手の中でカチャカチャと翻すと、ナイフの先端を俺に突きつけてきた。
「たいした芸当だ。田舎で披露すりゃあ、
「……。」
俺は舌打ちをした。口数が多くなってる。知らねぇあいだにビビってんだ。こいつはさっきの奴らみたいに喧嘩をしに来たわけじゃねぇ。俺を殺しに来てる。まとってる空気がまるで違う。
フードの男はナイフを揺らしながらじりじりと距離を詰めてくる。だが、俺が前に出ると、ちょいと後ろに下がって間合いを広げやがる。
「……ッ」
伸ばした腕、その手首をナイフで切られていた。
さらに飛びかかってくると思いきや、男は体勢を低くして太腿を切りつけてくる。
「このっ」
捕まえようと手を伸ばしたところ、今度は手のひらを切られた。
フードの男が左腕を振り下ろして切りつけてくる。俺は右腕を上げ、ナイフを持っている手首を弾こうとした。だが、奴の左腕は
「……ぐ!」寸でのところで身を引いて、傷は浅くて済んだ。下手したら、今ので心臓に入って終わってたかもしれない。
間違いない、こいつは始末屋だ。ナイフの扱い方がそこいらのチンピラのそれじゃない。……だとするなら、アウディ側は俺たちを本気で取りに来てるということか? 始末屋を用意してまで?
俺は左右の拳を振り回すが、フードの男は踊り子みてぇにくるくる回りながらそれを避ける。足を払おうと蹴りを入れたら、ふざけたように飛び上がってそれを避けやがった。
男は前後に動きながら俺の手や足の先端を狙って切りつけてくる。指、手首、二の腕、脛、太腿、男が飛び込んでくるたびに、俺は喉の奥からうめき声を出す。いつの間にか、俺の左右の手の先からは血がしたたり落ちていた。
そして俺はまずいことに気づいた。
ダメージと出血で、手と足が動きづらくなってきていた。これを繰り返されていたら、手先足先を狙っていたナイフは、いずれ俺の急所に届く。
「はぁ……はぁ……。」
俺は息を荒くして引き下がる。
フードの男が小刻みのフットワークで迫ってくる。
「ふんっ」
俺は右腕を振った。男は体を軽く反らして余裕で避ける。
「!?」
男が顔を覆う。殴ろうと思ったわけじゃあねぇ、手のひらに溜めた血を、奴の顔面にぶつけてやったんだ。目つぶしのためにな。
「この野郎っ!」
正直逃げたかったが、今の状態じゃあすぐに追いつかれる。俺はここぞとばかりにそいつの顔面を滅多打ちにする。力がもう入らねぇから、路上の石ころを握って拳を固めた。
「おらっ! おらっ!」
顔面を殴られたことにびびってるのか、男はひたすらに守りに入っていた。視界が奪われたとはいえ妙だった。なにか、こいつはフードを守るために必死のようだった。
「そうか! テメェ、俺に顔をみられたらまずいんだなっ?」
「!?」
「はは、そうか図星かよっ!」
フードの男は俺の拳の連打から背を向けて走り出した。
「逃がすかっ」
背を向けて走った。それは逃走だと思った。だが男が振り向いた瞬間、俺の喉を異様な衝撃がはしった。
「かっ!?」
衝撃のあと、尋常じゃない異物感が喉にあった。
俺は違和感のある場所を触ってみる。
「お……くぉ……。」
俺の喉にはナイフが刺さっていた。
「テ……テメェ……。」
やべぇぞ、喉にナイフが刺さってる? 医者じゃねぇけど、これってもうやべぇやつじゃないのか? つまり、終わりってやつじゃ? え、まさかここで死ぬのか?
俺は動転しながらも体に力を込める。どうやら握りこぶしは作れるようだ。
体は動く。なら動く限りはやらねぇと!
俺は拳をあげる。フードの男がナイフをちらつかせ迫ってくる。
俺の渾身の一発。
「く……くそ……。」
しかし、その一発は、俺の気持ちについていってなかった。まるでのろまで、簡単に避けられて腹にナイフを刺されてしまった。
「このっ」
ナイフを刺すために近づいた顔を殴ろうとする。だが男は身を低くして避け、俺の股間に蹴りを入れてきやがった。
「くっ」
ひるんだところで、首のナイフを強引に抜かれた。口から熱い血が噴き出した。
「ぶ……ごぶっ」
俺は膝をついて倒れる。
これは……さすがにダメだ。
目の前にはフードの男が立っていた。とどめを刺すならとっととさせ、くそったれ。
「ワーゲン!」
声と共にフードの男がぴたりと止まった。
俺は声のした方向を見る。ディエゴたちが駆け付けていた。
フードの男は顔を傾けて俺を見ると、ディエゴたちと逆の方向に走り去っていった。
「ワーゲン、大丈夫か!?」
ああ、あんまり大丈夫って感じじゃねぇな……。俺は言いたかったが、もう声を出す気力がなかった。
チームの仲間たちは俺を抱えると傷の様子を見た。奴らの表情からも、もうダメだってことが分かった。
「なにしてやがる、早く馬車を呼んで来い! 医者ん所連れてくんだ!」俺の体を抱えながらディエゴが叫んでいた。
「……ディエゴ」
「しゃべるな、傷が開く」
「……気をつけ……ろ。こ、これは……アウディ……じゃないかも……知れねぇ……。」
「どういう意味だ?」
「さっきの奴、顔を必死に隠して……た。ア……アウディ一家の者なら……隠す必要なんぞ……ねぇ……。」
「分かった、たいした野郎だぜオメェは。こんだけやられても、しっぽつかみやがるとは」
目がかすむ。くそ、エルフの女と一晩中やりまくった俺なのに、最後は女じゃなくて野郎の腕の中かよ。俺は奴のヘーゼルの瞳を見ながら声をふり絞る。
「なぁ……ディエゴ……」
「医者のところにいくまであんまりしゃべるな」
「分かってんだろう……もう、ダメだ……」
「……。」
「お前と過ごした十年……面白かったぜ。……面白れぇ夢をずっと見てるみたいだった」
「……もういい、ワーゲン」
「上出来だ……俺にしちゃあ上出来だった……。喧嘩しか取り柄がねぇ俺が……ケチなチンピラくらいで終わってた俺が……こんだけ成り上がったんだからな……」
「おい馬車はまだかっ!」
「……上出来だった……悪くねぇよ……」
まるで誰かの夢の中で遊ばせてもらってるみてぇな、そんくらい愉快な十年だった。上出来だった。悪くはねぇ、こいつについていった日々は。……悪くなかった。
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