ワーゲン/最初の三人
ベルトーレの所から帰ってきたディエゴを見て、俺は嫌な予感がした。
「おかしな話じゃねぇか。行ったのは二人で、返ってきたのが一人だと?」
「……ロメオはベルトーレの所で用事がある」ディエゴは言った。
「どういう用事だよ」
「カバン持ちでもやってるんじゃねぇか」ディエゴはそっけなく言いやがった。
「ふざけんな! ディエゴ、オメェはロメオを置いて帰ったってぇのか? テメェの命が惜しいってことでよ!」
「そう悪くとるな。こう見えて俺たちは八方塞がりだ。動きてぇが相手は四老頭のひとりで、やれることがねぇ。現状、ベルトーレに任せるしかねぇんだよ」
「それでダチを売ったと?」
「……ワーゲン、あんま過ぎた口叩くんじゃねぇぞ。俺ぁな、意地やら見栄やらで行動するスカタンとは違うんだよ」
「テメェに指図されるいわれはねぇよ。んでよぉ……誰がスカタンだって言ってんだ?」
「そう思う奴がそうなんだろうな」
「テメェ!」
俺はぶん殴ってやろうと、ディエゴの襟を掴んだ。
「ヤクをさばいてた奴でもなく、四老頭でもなく、ベルトーレでもない、俺に振り下ろされるたぁずいぶん相手を選ぶ拳だな」
「ぬ、く……。」俺はディエゴから手を放した。
「いいか、奴らがやってほしいのは俺らが感情的に動くことだ。そのためにお膳立てしてやがるのさ。ベルトーレは俺ら側だとか言っているが、正直やつが一番うさんくせぇ。俺らをたきつけるような真似ばかりしやがる」
「……やっちまうか」俺は左の手のひらに右の拳を打ち付けた。
「ベルトーレをやったら、俺らは親を手にかけたってことで、ヘルメスのフェルプール全員を敵に回すことになるぜ。やるならまっとうな理由が必要だ」
「ヤクザに理由なんていんのか?」
「ヤクザなりのな」
「……もちろん、オメェには考えがあるんだよな、ディエゴ。ガキの使いみてぇにお留守番なんて、本当に考えてねぇよな」
「……いま、網を張って探りを入れている。今回の騒動で、誰が裏で糸引いてんのか。誰が俺らの側に立つか。守ってたら潰される、こっちなりの攻撃に打って出ないとな」
「……もし全員が敵に回ったとしたら?」俺は言う。
「そりゃ全員とやりあうさ」
「な……」
「なんでぇ、とたんにビビりやがったか」
「そうじゃねぇよ、望むところだ、やってやるよ!」
上等だ。姑息な真似をしてなめてくるやつなんざぶっ潰してやる。こちとら、そのつもりでヤクザになったんだからな。
「……まぁ、それは最後のカードだ。下手な仕掛け方をすれば、ここにいる全員がエビの餌になるかもしれんからな」
俺はチームの奴らを見る。幾人かは恐怖で青ざめていた。
「……やる前から脅すんじゃねぇよ、ディエゴ」俺は言った。
「脅しじゃねぇ、下手をうたないよう用心しろってことだ」
「まどっろこしいったらありゃしねぇぜっ」
裏で糸を引いている奴がいる。ディエゴがそれを探ろうとしているのは分かるが、世の中は口よりも手の方がずっと早いもんだ。
そしてその日の夜、いきなりあいつらが仕掛けてきやがった。
「……大変だディエゴ!」例の如く、ランドが慌ててアジトに入ってきた。
「オメェは朗報をもって飛び込んでくることがねぇのか」ディエゴがあきれて言う。
「うちのカフェに、アウディ一家の奴らが押しかけて! 暴れて手が付けようがねぇ!」
「何だと!?」
俺はディエゴを見る。とうぜん、ディエゴもすぐに動くものと思っていたが、あいつは微妙な顔をしたまま椅子から立とうとしない。
「なにぼさっとしてんだ! 行くんだろ!?」
「……ランド、店にいるのはアウディ一家の奴らで間違いないのか?」
「あ、ああ、そう名乗ってたから……」
「気になるんなら自分で確かめに行きゃ良いだろうが!」俺は立ち上がって上着を羽織る。
「まて、早まるな。昼にも言ったろ、うかつに手を出すなって」
「ディエゴ、テメェ先に手ぇ出されたってぇのに、イモ引いてんのか!?」
「だが、向こうは俺らが先に手を出したと思ってる」
「だからやってねぇっつってんだろ! 話にならねぇ野郎だな!」
俺はアジトのレストランを飛び出していった。ディエゴが後ろから「ちょっと待て」とか言ってやがったが、知ったこっちゃあない。
俺は表に止めていた馬に乗ると、まっしぐらにカフェに向かった。手をこまねいている暇なんてない、とりあえずは現場に行かねぇと。
馬を走らせて20分ほどで到着すると、俺は馬から飛び降りて店に駆け込んだ。店の中は一目で荒らされているのが分かった。給仕の男たちはびびって、中には顔を殴られ鼻血を流している奴もいる。
そして、店の一番目立つソファには、偉そうにふんぞり返っている男が三人がいた。真ん中の男の両隣に座らされている女は服が乱れていた。
「よぉ、オメェがクライスラーか?」真ん中の男が言った。手入れを全くしていないような赤茶けた髪に、目くそがふんだんについてそうなギョロ目で、やたら下顎のはってる男だった。顔面は日焼けしてるのか汚ねぇのか分からないくらい黒い。シャツは胸元が開いて、臭そうな胸毛が見えて、袖まくりされた腕にも陰毛みてぇな腕毛が生えていた。見るからに港の男って感じの野郎だった。
「いいや、だが俺が話しをつけに来た」
「下っぱじゃあ話になんねぇぜ」
男は隣にいた女の胸元に手を入れた。女が悲鳴を上げて、その手をドレスから引っぱり出そうとする。
「やめてよっ!」
「おいおい、接客が下手だな。俺は客だぜ? しっかりサービスしろよ」
「なぁおっさん、ここはそういう店じゃねぇんだよ。とっとと通りに出てって
「……ああ?」男がメンチを切って不潔さに磨きがかかった。
背後のカウンターにいた、手下らしき男が俺に迫ってくる。「それ以上なめた口きくんじゃねぇぞ」
俺は言った。「テメェもそれ以上近づくんじゃねぇぞ、口ぃきけなくなるぜ」
「へ……」男はポケットに手を入れながら、俺の警告を無視して近づいてくる。「口がきけなくなるだ? いったいどうやって……」
俺はふり向きざまにそいつの顔面をぶんなぐった。
男はふっとんでカウンターの向こうに側に落ちた。
俺は言った。「こうやってだ」
またひとり、カウンターにいた男が迫ってきた。今度は問答無用に右の拳をふり上げてくる。俺は相打ち覚悟で右の拳を顔面に打ち込む。俺の顔面に奴の拳が届いたが、俺の拳も奴の顔面に届いた。
あとは我慢比べだ。
俺はふりかぶって左の拳をふり回す。相手も左の拳をふり回す。
俺の拳が届き、相手の拳は届かなかった。男は鼻血をまき散らしながらのけ反った。
そしてダメ押し、俺は右のフルスイングのフックで男を吹き飛ばした。男は半回転して顔面から床に落ちる。
「……口先だけで成り上がったチームだと聞いていたが」ソファに座っていた不潔面が言う。「腕っぷしのある奴もいるみたいだな」
「テメェら、アウディ一家のもんか? 何を
男たちがソファから立ち上がった。
「テメェら以外に考えられねぇだろっ」
「俺もそう思うが、俺らじゃねぇ」
「ふざけやがって……」
三人が俺に迫ってきた。
「一応のうちの頭からはよぉ、下手に手を出すなっていわれてんだ。大人しく引き下がっちゃあくれねぇか?」
「ふたりぶちのめしといて何言ってやがる!?」
「警告はしたんだがな?」
「っけんなコラァ!」
三人同時に襲い掛かってきやがった。
俺は背後を取られないよう、下がりながら相手を迎え撃つ。だが、戦術も戦法もあったもんじゃねぇ。とりあえず目ん玉がついて動いてる顔が、俺の拳の届く所に入ったらぶん殴った。
しばらく無我夢中で殴り続けていると、不潔な顔をした奴以外は足に来て立てなくなっていた。
「こ、この野郎……。」
残った不潔面は、口と鼻から血を流しながら俺をにらんでいた。
負ける気はしねぇがめんどくせぇことになってきた。素手での喧嘩ってのは、綺麗に相手を眠らせるってことがあまりない。大事なのは先に相手を萎えさせることだ。目は開いていても、もうこいつには抵抗できないと思わせること。痛みに耐える、その覚悟ができる前にやっちまわないといけない。いま俺がぶちのめした奴らがまさにそうだ、痛みで完全に俺にビビってる。だが、この不潔面はもう覚悟を終えてやがる。こうなった奴は、顔が馬車にひかれたトマトみたいなっても立ち向かってくる。
「くそったれ!」
背後からの叫び声と共に、俺は脇腹に冷たく熱いものを感じた。
「……ん?」
一番最初にぶちのめしたと思っていた男に、脇腹をナイフで刺されていた。さすがちんぴらとはいえアウディのところの若い奴だ。もうもちなおしやがった。
「テメェ……。」
「へ、へへ……ぶごっ!」
得意げに笑っているその男の顔面に、俺は肘打ちを入れた。
「こんな……」俺は脇に刺さっていたナイフを引き抜いた。ナイフの刃には血がべっとりついていた。「俺のちん〇こよりも小さいナイフで俺をやれるかよ」
「ひ、ひぃっ」
俺がすずしげな顔をしてやると、不潔面を先頭にアウディの手下どもはよろめきながら逃げ出していった。覚悟を決めてた不潔面がビビれば舎弟はもたねぇ、まさに怪我の功名だ。
「待てこらぁ!」
興奮していた俺は店の外に逃げようとする奴らを追いかける。後ろから襟を掴んではふり向かせて殴り、それを五人づつ順番にやった。
俺は文字通り、男たちを店から蹴り出した。
「や、やめろ、あいさつに来ただけ……」不潔面が言う。
「あれがあいさつだぁ? だったらこれが俺のあいさつだぁ!」
俺は奴の伸びた顎を左のアッパーカットで打ち上げた。
「げぶっ」
不潔面は倒れると四つん這いで獣のように俺に背を向けて逃げ出した。
「ひ、ひぃ」
「待ちやがれ!」
逃げていく男たちの影を追おうとしたが、俺もわき腹を刺された痛みで速く走れなかった。
「くそったれ、忘れもんだ!」
俺はナイフを奴らに向かって投げた。しかし、ナイフはまったく届かずに
「くそ……
俺はあいつらに完全に勝利していた。五人をぶちのめして、やつらはしっぽを巻いて逃げていった。最高の武勇伝、普通なら向こう一週間は晴れ晴れとした気持ちになれるもんだ。
それなのに、俺の喉元には吐きそうなほどに気持ちの悪いものがこみあげてきていた。妙な違和感があった。……俺らヤクザもんの喧嘩の真っ最中の所へ、堂々と歩いてくる奴がいる?
俺はやばい気配を感じふり返った。
真後ろには人影があった。すれ違うには近すぎた。
俺は思わず飛びのく。
「……何だテメェ?」
真っ黒なのは影のせいじゃあなかった。そいつは顔をフードで覆っていた。
「……穏やかじゃねぇな。オメェもアウディのもんか? ……ん?」
俺は腕を見る。シャツが切れて肌が見えていた。そして肌が思い出したように切れて血が流れ始めた。
「……てめぇ」
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