ロメオ⑫

「ふざけんなよ!」

 会合が明けの翌日、シマを取り上げるという報告を受けて俺たちのチームの面々、特にワーゲンがぶちぎれていた。怒りに任せ、集合場所にしているレストランの備品を壊すので、舎弟たちがなだめようとするが、誰にもガタイのあるこいつを止めることができなかった。

「おちつけよ、ワーゲン……。」俺は言った。

「これが落ち着いてられるか! どうしてベルトーレは俺たちのシマぁ奪うなんて言い出しやがったんだ!?」

 俺たちは一斉にディエゴを見る。ディエゴは部屋の奥の椅子に座り、腕を組んで顔をしかめていた。

「おい、ディエゴ!」

 ディエゴは俺たちを見ずに言う。「ヤクを流してる奴らを俺らが見つけるまで、シマを室草に入れられたんだよ」

「だからよぉ、どうして俺たちが……」

「俺らがヤクを流してる可能性があると、じいさん方は考えている。異種族と仕事をするような奴らだからってことらしい」

「馬鹿げてやがる! 何の証拠もなしに……!」

「役人じゃねぇんだ。ヤクザもんにはヤクザもんのやり方があるだろう。道理が通せねぇから外道に生きてんだ」

「なんだテメェ、こんな状況だってのに、何でそんな冷静でいられるんだ!?」

「……暴れて壺ぶっ壊してりゃあ、ヤクをさばいてる奴らが見つかるか?」

「んだとコラ?」

 ワーゲンがディエゴに迫る。俺は慌ててワーゲンとディエゴの間に割って入った。

「や、やめろよ、ワーゲン、俺たちが争ってもしょうがないだろう」

「ロメオ、テメェは知ってたのかよ?」

「あ、ああ、一応、俺は最初にベルトーレに報告を受けたから……。」

 ディエゴが俺を見た。自分よりも先に俺が呼び出され、そして話がいったことを、さすがのこいつも奇妙に思っているのだろう。

「何でテメェはそん時に断らなかったんだよ!?」ワーゲンが俺の襟を掴む。「テメェ、最近ひとりでベルトーレの所に出入りしてるらしいな? 一枚かんでんじゃねぇのか!?」

「そ、そんなわけないだろ……。それに、ベルトーレひとりに意見してもどうしようもねぇよ」

「どういう意味だよ!?」

「今回の決定は、四老頭で決めたらしくって……」

「言い出しっぺはベルトーレに決まってんだろう!」

「それが、俺が聞いた話だと、そうでもしないとアウディが納得しなかったとか……」

 俺はディエゴを見る。ディエゴは顎に手をあてて考え事をしていた。

「なんでアウディが俺らのシマを削りたがるんだ?」俺の襟を掴んだままワーゲンは言う。「アイツらのシマはシトロエンの南部だ、俺らと何の関係があるんだよ!?」

「俺に言われても……ディエゴ、何か思い当たる節が?」

「……確かにあの会合の時、アウディが俺のことを毛嫌いしている様子はあったが」ディエゴは言う。「ロメオ、それはベルトーレから聞かされたんだよな。つまりだ、アウディが率先して俺らのシマを削ろうとしてるってのは」

「ああ、まぁ、率先してるっていうか……」

「はっきりいえよっ」ワーゲンは俺に顔を近づける。

「やめろよ、きもいなっ。今回の話を伝えられた時に、ベルトーレの口から出た名前がアウディだけだったんだよ。他の四老頭のことは言わなかったけど」

「何だよそれ」ワーゲンはようやく俺から手を離した。「なぁディエゴ、オメェなにか無礼でもはたらいたのか? シマを奪われるくらいに?」

「意外と、女心よりもジジイの心の方が複雑なのかもしれんな」ディエゴは言った。

「冗談言ってんじゃねぇよ」

「……本当にアウディが率先してたんならそうだってんなら、そういう話になってくる」

「……どういう意味だ?」

 ディエゴは立ち上がった。

「オメェら、腹立つのが分かるが、下手な行動に出るんじゃねぇぞ。どうもひっかかる……。」

「ひっかかるって……何がだ? はっきり言えよ」ワーゲンは言った。

「それが分かってりゃあ言う。俺がバーの女みてぇに思わせぶりだったことがあるか?」

「今な」

「んじゃあ察しろよ、俺があんまりことを荒げたくないってのを」

「なぁディエゴ」俺は言った。「もう十分にこと・・は起こってるぜ? 知らなければ安全とでも思うか?」

「オウケィ……」ディエゴはテーブルの上のグラスに酒をなみなみと注ぐと、それを一気に飲み干した。ディエゴが自分からこういう飲み方をするのは珍しい「これからは俺のひとりごとだ。酒が入ってるからな、かなり適当になる。“酔っ払ってバカ言ってやがる”、それくらいで考えておけ。酔った俺の放言だから外でも言うな。分かるだろ? テメェのところの頭が泥酔してしょうもないことを口走った、そんなことを言いふらしてもテメェが馬鹿にされるのがおちだ」

 ディエゴは再びグラスに酒を注ぎ、それを半分くらい飲んでグラスをテーブルに置くと、スーツの袖でぬぐってひとこと言った。

「……奴らは俺らのことを潰すつもりだ」

 ディエゴの推測に俺たちは息をのみ、お互いに顔を見合わせた。

「何故かはわからん。俺らがデカくなり過ぎたせいかもしれない。だが、デカくなり過ぎたからといって突然つぶす必要はない。懐柔するやり方だってあるし、強引に仕事を奪ってもノウハウが分からなければ引き継げない。しかも、あの会合で流れを作っていたのはロールズだった。ベルトーレはいわば奴の操り人形、アウディは口実ってところだろう。だが、俺らとロールズにはアウディと同じくらい何の接点もねぇ。敵対する理由も無けりゃ、他所よそのファミリーのあいつがしのぎを乗っ取るには俺だけじゃねぇ、ベルトーレの上のマセラティごとやる必要がある。四老頭同士の争い、そんな大戦争起こすメリットがあるか? ノーだ。因縁も利害も見えねぇ。これじゃあ向こうの絵図の全貌が分からねぇ。だから下手に動きようがねぇ。だとしたら、いま俺らができる事はヤクをさばいてる奴らを捕まえることだ、脇をかためてな」

 話し終わると、ディエゴはグラスの残りの酒を一気に流し込んだ。

「ふざけやがって……」ワーゲンが怪気炎かいきえんを上げる。

「酔っ払いのたわ言だ、気にするな」ディエゴは言った。

「その酔っ払いはこれからどうするつもりだ?」俺は訊ねる。

「酔っ払いだからな」ディエゴは椅子の上でぐったりとする。「こうやって待つしかねぇ。情報網を張り巡らせて、獲物が引っ掛かるのを待つ。いいかオメェら、待つってのが大事なんだ。蜘蛛が巣からでりゃあ蟻にすら勝てん。奴らは何か、俺らが下手を打つのを待ってるかもしれねぇんだからな。今は辛抱の時ってことだよ」

「……いつまで続くんだ?」

「さあな、あちらさんが事を急いでりゃあすぐにでも何かしら起こるだろうよ」動揺している俺たちを見てディエゴは言う。「大丈夫だって、心配すんな。俺が何とかする。これでもリーダーとして、オメェらの身を案じてるんだからな。……自分の命の次に」

「大変だ!」

 そこへランドが飛び込んできた。

「どうしたんだ、ランド?」俺は訊ねる。

「ア、アウディ一家が襲撃を受けた! もしかしたらドンのアウディもやられちまったかもしれねぇって!」

「はぁ!?」

 俺たちは顔を見合わせ、そして一斉にディエゴを見た。

「……酔いがさめたわな」

 ディエゴは立ち上がると、薄いブルーの中折れ帽をかぶった。

「何が起こってんだ!? いったい誰が……!?」ワーゲンが言う。

「……やったのは俺たちだ」

 そう言ったディエゴを、俺たちは目をひん剥いて見ていた。

「え、いや、ディエゴ、え?」俺は混乱していた。「どういう……俺たちが? ディエゴ、お前がまさかやるように命令でも……。」

「ちげぇよ」ディエゴはめんどくさそうに、帽子越しに頭をかく。「俺らがやったことにされるんだよ……。」

「いやいやいやいや……え?」俺はチームのメンバーとディエゴを忙しなく見る。

「ばかな! 俺たちはやってねぇ! やるわけがねぇだろ!」ワーゲンがわめく。

「そういう問題じゃねぇよ……。」ディエゴは窓の外を見てため息をついた。「すぐにベルトーレのところに顔を出さねぇとな」

「すぐにって?」

「今からだ」

「今からって……。」

 ディエゴは外に出ていった。

「いくぜ、ロメオ」

「え、俺も?」

「俺ひとりで行ったら、無事で済むかどうか分かんねぇだろ」

「あ、まぁ……」

 俺はディエゴに続いて外に出る。

「奴らとやりあおうってんなら、俺も行くぜ」ワーゲンが進み出る。

「もしかしたら、こっちも襲撃を受けるかもしれねぇ。だとしたら、こっちにも頭はる奴を残さねぇとな」ディエゴはふり返って言う。「なにより、ロメオこいつはベルトーレのお気に入りだ」

 ディエゴが俺の背中を叩くと、ワーゲンは「それなら仕方ねぇけどよぉ、せめて生きて帰って来いよ」と釈然としない感じで言った。

「……ディエゴ」俺は小さな声でディエゴに言う。

「いくぞっ」

 俺とディエゴは大通りを走っていた馬車を止めて乗り込んだ。

 馬車に乗り込んでしばらくしてディエゴは言った。

「悪く思うな。ああ言わねぇと、ワーゲンは引き下がらなかった」

「……そうかもしれないけど」

 俺とディエゴはベルトーレが表向きに経営している質屋に到着すると、俺たちはなぜだか店の前で一時間近く待たされた。

 そうして待っていると、幹部のマクラーレンが現れた。今のところ、マクラーレンには俺たちに対する敵意はないようだった。油断もしていないようだったが。とりあえず、油断しないという様子も伊達男だておとこがやっていると様になる。

「……入れ」

 マクラーレンに促され、俺とディエゴは質屋に入っていった。質屋の奥では、ベルトーレとその幹部たちが待っていた。マクラーレンと違って俺らに対する敵意が見える。せっかくさんざん待たされたのだから、トイレに行っとけばよかったと俺は激しく後悔していた。

「……ずいぶんと速い到着だな」ベルトーレは部屋の椅子に、部下たちに囲まれながら座っていた。とてもラフな格好で、水色のシャツの開いた胸元からは、胸毛が見えていた。

「ええ、緊急事態だと思いまして」ディエゴは言った。

「まるで……こうなることを見越していたようだ」

 なんというタヌキじじいだ。遅かったら遅かったらで怪しいと言うくせに。ディエゴは否定も肯定もしないでそんなベルトーレを見ている。

「……すでに、アウディ側は報復の準備を始めているという話だ。もちろん、我々もこれからアウディと話し合いの場を設ける」

「まるで、こうなることを見越していたみたいですな」

 ディエゴは言った。俺は白目をむきかけた。

「アウディはっ!」ベルトーレが叫んだ。「貴様らが会合の決定に逆恨みをして襲撃してきたと思ってんだ! ヘタすりゃ抗争に発展するかもしれないんだぞっ!」

「まず……今のお話からだと、アウディさんの命に別状はない様子で。それは何よりのことです。マセラティの者として、それは不幸中の幸い、朗報と思ってますよ。そして……これだけははっきりさせておきてぇんですが、アウディ一家を襲撃したのは俺らじゃありません。他に犯人はいるはずです」

「あのアウディだぞ? 四老頭きっての武闘派だ。いったい誰が襲うというんだ?」

「襲える奴が襲いますわ。生きているんだ、ナイフがありゃ用足りる」

「俺が聞いているのは理由だ」

「それは襲ったやつに聞かなきゃあ分かりません。そして俺らは襲っていない。だから分からない。そういう話です」

「……俺たちは役人じゃねぇ、悠長に取り調べなんかやらんぞ。けじめってことで愚連隊のガキどもと同じ場所で眠ることもあるんだぞ」

「ちょいと落ち着いてくれませんかねぇ。まず、下手人は誰だか分かってるんですかい?」

「分からん」

「種族くらいは?」

「分からんと言ってるだろう」

「……ベルトーレさん、アウディが俺たちを疑うってのは当然のことです。俺も逆の立場ならそうします。けれど、もしそうじゃなかった場合、アウディを狙ってる奴らが生き延びて、次の襲撃の機会をうかがわせる時間を与えるってことになりますぜ」

「襲撃した奴を探しながら、お前らを始末すればいいと思う奴らだ」

「フットワークが軽いですねぇ……。」

「……クライスラー、お前はうちのファミリーの者だ。10年近くファミリーの一員として貢献してきた。軽薄なようにも見えるが、感情で動くように浅はかでも、裏切りをするような不義理な奴ではないことも知ってる」

「ありがたいことです」

「俺たちは基本、お前の側につく。なんだからな。協議はするが、向こうが何と出るか今のところ分からん。念のため襲撃されんよう兵隊の数もそろえているところだ。お前らも準備をしておけ」

「準備……もう事をかまえることを?」

「当然だ、あのアウディだ。すぐにでもこちらに報復をしてくるかもしれん。……なんだ、不満か?」

「いえね、俺らのシマを削るって話に、積極的だったのがアウディだったってのを聞きましてねぇ」

「……ああ」ベルトーレは俺を見る。「そうだな」

「アウディってのは、ただ異種族とビジネスをしてるだけで、そいつを潰しにかかったりするような男なんですかい?」

「……戦時中に家族を奴らのせいで亡くしてる。異種族と仕事をするフェルプールは信用ならんという考えの男だ」

「つまり、俺を嫌うには十分な理由があったと」

「そうだ」

「で、今回の襲撃も、まっさきに俺たちを疑うような男だと」

「……何が言いたいんだ?」

「いやね、ヤクザとは言え、そこまで単純なものかと思いましてねぇ」

「お前はアウディという男を知らんのだ。マセラティさんがいなければ、これまで幾度も抗争を起こしてたような男なんだぞ」

「……せめてこちらから出向いて、無関係であることを説明するのは?」

「お前の様なしたっぱが、四老頭とそう簡単に何度も面通しできると思うな。俺たちがアウディには説明をする。お前はシマで俺からの連絡を待て。妙な動きはするなよ」

「……分かりました」

 話しそのものは終わりの気配があった。しかしはまだ続く気配だった。俺たちは頭を下げて部屋を出ていきたかったのに、そうさせてくれない雰囲気があった。

「……ロメオ、お前は残れ」

 ベルトーレが死刑宣告をするように俺に告げた。俺はすぐに返事をできずにディエゴを見る。

「こいつに何かようですかい?」

「しばらくロメオそいつをここであずかる」

「……ロメオこいつを人質にしようってことですかい? シマを質草に入れられて、それじゃあ足りないと?」

「大げさにとるな、お前らがシロだったとしても、追い詰められたら何をしでかすか分からん。お前の所にだって気の荒い奴らがいるだろう?」

「それだったら、頭の俺が残るってのが良いんじゃないでしょうか?」ディエゴは言う。「時、けじめつけるのにその方が都合がいい」

「俺はお前をチームの頭だと認めたことはない。お前が勝手に社長だのなんだのを名乗ってるだけだろう」

 ディエゴと顔を見合わせた後、俺は小さくうなずいた。

「……じゃあ、よろしく頼みますわ」

 そう言って、ディエゴは出ていった。

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