マッケイン/ディアゴスティーノの秘書

 私が社長の秘書になって一番驚かされたのは、彼らフェルプールたちのいい加減さだ。これまで都会育ちのフェルプールとしか付き合いがなかったが、社長のところで働くようになって、彼らが人間から疎まれている理由がよく分かったよ。とにかくでたらめだ。

 まず名前が挙がるのがワーゲンという男だ。まともな教育を受けていないせいか、言葉と一緒に手が出ると表現しても差し支えがない。言葉を暴力で捕捉しているのだ。だいたい、彼とはじめて会った時、彼が何と挨拶してきたか想像できるだろうか? 「お前、喧嘩はできるのか」だぞ? 喧嘩がいったい何だというんだ? そんな彼が起こした暴力沙汰をもみ消すために、どれだけ私が裏で手を回したことか。とっとと会社から追い出すように提案したが、社長は曖昧な返事をするだけでまるで決断しない。損得勘定で考えればすぐに分かるというのに、彼らが同族意識が強いことは知っていたが、ここまでくるとビジネスの足枷あしかせでしかない。問題を起こすのも時間の問題だ。

 次にくせ者なのがロメオという男だ。彼は一見まともだからたちが悪い。仕事熱心なように見えるが、方々で安請け合いをしてとんでもない面倒ごとを持ち込んでくることがあるし、部下にいい顔をしようとして彼らのミスを隠したりさえもする。彼らを見ていると、社長がフェルプールの中でも特別なのだという事がよく分かる。やはり、人間と肩を並べられるのは一部のフェルプールだけなのだと。

 私がここに来てから、ようやくこの会社は会社のてい・・を成し始めたと言っていいだろう。収入と支出のバランスを調整し、経費を必要最低限に抑えた。契約にしたって、あの社長と言えど、知識の無さから不利なものを結ばされているものもあったから、取引の場に私が同行するようになってようやく対等な契約が結ばれるようになったくらいだ。私の知識と社長の商才があれば、順調に会社は大きくなる。……と、当初はそう思っていたのだが、そう簡単には運ばないようだった。

 社長も社長で彼ら以上にフェルプールだったからだ。商談相手が“猫耳”だなんて言おうものなら事故に見せかけて仕返しをしたり、何の基準だか分らないが約束を破るのは三度目だということで、その三度目の約定やぶりをした相手の命を平気で奪おうとする。

 忘れたくても忘れられない、社長がフェルプールのチンピラと貴金属の取引をしたときのことだ。一応私はそんなチンピラが持ってくる品など、どうせ偽物か、仮に本物であっても盗品なのだから応じない方が良いと助言したのだが、社長はこれで利益が出れば正規のルートよりも何倍も得をするし、商売はなるべく同族としたいという事で、仕方なしに私も同行して取引に応じることになった。

 取引場所は怪しげな街はずれの倉庫でしかも夜だった。取引相手のチンピラは背の低く太った男と、背の高い痩せた男という全然似ていない兄弟ふたりで、彼らは取引場所に東方民族の商人を連れていた。キャラバンを生業なりわいとしている東方民族が関わっているので、社長だけでなく、私ももしかしたらこの取引は信頼できるかもしれないと期待し始めていた。

 商談がまとまりかけた頃、社長が突然東方民族に話しかけた。

「ハリックィーサ」

 軽い挨拶のような言い方だった。

「……へ?」

 東方民族の男は目を見開いて社長を見る。私も商談に同席していたふたりのチンピラも、突然知らない言葉を話し始めた社長のことを不思議そうに見ていた。

「ハリックィーサ、ピクマァザ?」社長は再び同じ言葉を話した。

 二度目にしてようやく私は気付いた。社長が話しているのは、おそらく東方民族の言葉だということに。私は驚きを隠せなかった。一見教養も何もなさそうなこの男が、いったいどこで彼らの言葉を身につけたのか。後に、社長は刑務所で彼らの言葉を覚えたと言ってはいたが、はたしてその程度ので身につくものなのか。

 社長はチンピラを見てから、改めて東方民族を見る。

「……なんで東方民族がシャビス語を知らねぇんだよ?」

 チンピラのふたりも、東方民族、そう偽装していたそこら辺の日焼けした男だろうが、社長の言っていることの意味がようやく分かり、顔面が一瞬で蒼白していた。

「その男……ニセもんだな?」

「あ、あの……しゃ社長、違うんだ、その、彼は生まれも育ちもヘルメスで……」と、チンピラのひとり、さっきまで意気揚々と話していた肥満で背の低い、ジャンケルという男はしどろもどろになっていた。「で、でも、持ってきた品は本物で……。」

「……商談は破談だ」社長は両手を広げた。「どうしてもってなら、オメェの指を一本担保たんぽに貰ってくぜ」

「あ、あの、それが何に……」

「何にもなんねぇよただの憂さ晴らしだ。だが、オメェらの品が本物だった場合には、今回の取引で支払う金を出してやる」

 社長は「安いもんだろ?」と首を傾けた。そんなわけはないと思うのだが。

「あの、その……社長! 許してくれっ!」太った男は頭をテーブルにこすりつけて謝罪する。「今回の品は、ただでもって行ってもらってもかまわねぇだから、この通りだ!」

「ただでいいって、つまりそりゃ、ただ同然のもんだったってことかよ?」

「そ、そうじゃねぇよっ、俺らの誠意をだ……」

「ジャンケル、以前オメェは俺に格安で酒をおろすってぇ業者を紹介してきたが、土壇場どたんばでそいつらは別のところと契約を結んで、こっちとの約束を反故ほごにしやがった」

「あれは、あいつが勝手にやったんだっ。俺も迷惑したんだよっ」

「俺が知らないとでも? オメェらは最初はなっから俺ともう片方を天秤にかけてただろうが?」

「ビ、ビジネスじゃあ当たり前のことじゃないか……」

「ビジネスだったらそうだろうな。俺はな、オメェが俺とやってることをただのビジネスだと思ってんのが気に食わねぇんだ。俺はオメェみてぇなド三品さんぴんでも、同族ってことで優遇して席を設けてるってのによぉ」

「クライスラーさぁん……」ジャンケルは泣き声を上げさえし始めた。

「今日にいたっては、オメェはわざわざこんな三流役者を連れて俺を騙すってぇ手の込みようだ。馬鹿が手を尽くそうが粗末に拍車がかかるだけなのによ。車輪が曲がってんのに馬を増やして馬車を引いてるみえてぇなもんだ」 

「もう二度とこんなことはしねぇよ、金輪際あんたの前には表れねぇよぉ、だから……」

「……三度目はねぇぞ」

「も、もちろんだっ」

 社長は私を見た。「取引はもう終わりだ、帰るぞ」

 場の空気が一変した。まるで社長は騙されたことなど気にもしていないかのように平静だった。

「……え、帰る?」ジャンケルは驚きのあまり呆けた顔になっていた。

「ああそうだ、帰る。これ以上ここにいてもどうしようもねぇからな」

「あの……品物は?」

「いらねぇ、どうせニセもんだ。……マッケイン」社長は私を見ると、帰り支度をするように命じた。

「……え? あの?」

 たとえ商談がもうこれ以上続けられないとはいえ、社長の気持ちの切り替えに私は驚いた。思った以上にビジネスに対しては柔軟なのかもしれない。

 私は淡々と帰り支度を始め、そして倉庫を出ようとする社長に訊ねる。「社長……あの、良かったん……ですか?」

「あれ以上、あの場にいてどうする?」

「それは……そうですが……。」

 社長と私は倉庫を出ると、前に待機させておいた馬車に乗り込もうとした。

「クライスラーさんっ」そこへ、ジャンケルとその弟が追いかけてきた。

「……なんだ?」社長がふり返って言う。

「きょ、今日は申し訳なかったっ。俺はやめとけと言ったんだが……」

「お、おい、兄貴、俺のせいにすんじゃねぇよ」

「……オメェはさっき“二度とない”といったな」

「ああ、もうあんたには頭が上がらねぇ、こんなことはもう……むぐぅ!」

 ジャンケル兄弟の顔に麻袋が被せられた。彼らの背後にうち・・の者が音もなく近づいていたのだ。

「む、むほっ!?」

 突然の暗闇に混乱し、手足をばたつかせるジャンケル兄弟を忌々し気に見ながら、社長は手を差し出す。その手の平に部下が金づちを置いた。まさか……

 社長の顔が一気に紅潮し、麻袋を被せられたジャンケル兄弟の頭を滅多打ちにした。

「二度目じゃねぇ三度目だ! ニセもんの宝石とニセもんの東方民族連れてきたので合わせて二回!」

 倒れたふたりの腹に蹴りを入れると、社長は息切れを起こしながらジャンケル(兄)の方に金づちを投げつけた。

「俺の前から失せろ! 永遠にな!」

 社長は馬車の客室に足をかけた。

「……あ、あの……殺したので?」私は痙攣けいれんしているふたりを恐る恐る見る。

「知るかっ、加減はした!」

 あれだけ滅多打ちにしといて、加減もなにもあるわけがない。完全に自己完結している男だった。ふと、東方民族をかたっていた男を見ると、半泣きでズボンの股の所を濡らしていた。

「……どうした? 乗らねぇのか?」馬車に乗り込んだ社長が私に言った。

「え、ええ……。」

 私も馬車に乗り込みたかったが、すぐにはそうできない事情があった。私も少し漏らしていたからだ。こんな奴らにつきあっていたら寿命がいくつあっても持ちそうにない、ここで働き始めてから常々思うようになった。

 さらに彼の奇妙なところは、時おりビジネスを無視したことを言い出すところにもあるところだ。ある時、立地条件があまり良いとは言えない、広いだけの土地の購入を相談されたことがあった。私と社長、それに社長の恋人のサリーンが下見に行ったが、やはり商用に使うにはあまり良い場所ではなかった。街の中心から離れている。

「……どうだ?」社長が雑木林をぬけたところ、ひらけた草原の真ん中に立って言った。

「……大きな建物を建てるのには向いてますね」

 事実そうだった。この場所の取り柄と言えば、地面が平らということ、土砂崩れの心配がなさそうだという事だけだった。

「さすがだな、そのとおり、ここにはでっけぇ建物を建てるのよ」

「……こんな街から離れたところに何を作るので?」

「学校だよ、学校」

「……学校……ですか?」

「そうだ、俺らフェルプールのための学校だ。人間のオメェにゃ関係ねぇだろうがな」

 社長はサリーンと抱き合うと楽しげに草原の真ん中でくるくる回っていた。

「あ、あの、すいません……。」

「なんだ?」

「学校というのは……どういう意味で?」

「学校っつたら学校しかねぇだろう? ガキが勉強しに通う場所さ」

「……そういうことは、領主であるヘルメス侯や教会がやるものでは?」

「何だよオメェ、知らねぇのか? 学校の中にゃあ、貴族や金持った商人なんかが作ったもんだってあるんだぜ?」

「それは……そうですが……。」

 社長は草原の真ん中でサリーンに「惚れなおしてくれたか?」と言い、サリーンは何も言わずに社長の胸に顔をうずめていた。

 殺風景さっぷうけいな草原の中心に小さな花畑が広がっているようだった。愛し合うふたりの男女がそうさせるものともいえるが、頭がお花畑になっているともとれる。

 いったい、そんなことをやってどうしようというのか。自分の名を世間に残したいのなら、いよいよ強欲も留まるところをしらなくなったということだろう。

 一方で、フェルプールの男というのはろくでもないが、女の方はそうでもないらしい。街でも、フェルプールでは女の方が仕事があると言われているくらいに、彼女たちは猫耳以外、人間の女と違うところがない。あくまで私個人の感想としては、男たちがああいった気質のせいか、たくましさや楽観さが強いように見えるところがあった。社長の恋人のサリーンはまさにそうだった。

 私が彼女に会ったのは社長の部屋だった。社長と夜に出かける約束をしていたが、早めに来てしまったために部屋で彼を待ちながら、私たちの仕事を遠巻きに眺めていた。私と社長の話など、彼女にとっては面白くもないはずだったが、彼女は感心するかのようなまなざしを私たちに向けていた。

 社長が所用で部屋を出た後、書類の確認をしている私に彼女が話しかけてきた。

「……あの」

「……なんでしょうか?」書類から目を上げて私は返事をする。

「あの人のことを、よろしくね」

 奇妙な彼女の申し出に私は戸惑って部屋の中を見る。他に誰かがいるのかと思ってしまったのだ。

「私が……ですか?」

「ええ」

 私は少し考えてから口を開いた。「社長と私の関係は、彼が雇用主で私が雇用者です。どちらかというと、私が社長に世話になっていると思いますが……。」

「……あなたといれば、彼は明るい道を歩めると思うの」

「明るい道」私は彼女の言葉を繰り返した。

「彼が何をしてるかは直接見たことはないけど、なんとなく想像がつくのよ。どっかで誰かの恨みを買う仕事だってね……。」

「……。」

「でも最近、あの人変わってきたわ」サリーンは窓の外を見る。「仕事はお日様が明るい時ばかりだし、周りにいる人もあなたを含めて怖くない人が増えたもの。少しづつ、あの人は明るい場所を生きる人になるのかもしれないってね。……さっきまでの仕事の話なんてちんぷんかんぷんだったけど」

 恐らく、夫がヤクザ者だという事を喜ぶ女性はこの世にいないだろう。家族ならば、またそうでなくても親しいものならば、いつかは男たちが足を洗うことを願ってもおかしくはない。

「……私はただ、仕事をするだけですから」

 とはいえ、私だってそんな願いを一身に引き受けるわけにはいかない。私はただの雇われた秘書なのだから。

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