ジャモニー/始末屋の囚人
プロドゥアさんから
「……こんなジジイが、チームの始末屋ってのが意外かい?」
「いやぁ……。」
そりゃ仕方ない。ワシは小僧よりチビで細身のジジイなんだからな。他の奴らも、ワシのことを初めて紹介されたら同じ顔をする。
「ナイフで後ろから刺すのに、
ワシが笑うと、すぐに小僧は表情を改めた。
「クライスラー、ジャモニーは気さくなじいさんに見えるがな、もうここに入って14人は殺してる」と、プロドゥアさんが言った。
「14人は言い過ぎじゃ、10人じゃったろう」
「即死じゃないだけだろ」
「あの4人は運が悪いだけさね」
「腹をめった刺しにしといて、運もクソもあるかい」
ワシとプロドゥアさんは笑った。
「まま、よろしく頼むわ」
ワシは手を出した。小僧は一瞬その意味を考えたようだ。
「心配なさるな。ただの握手じゃ」
小僧はワシの手を握った。
「クライスラー、オメェももういっぱしのメンバーだ。狙ってくる奴がいないとも限らん。だがジャモニーと一緒に行動してれば、
「飯屋を繁盛させただけですが、そんなに憎まれますかい?」
「メンバーってのが大事なんだ。例えばうちのチームで育てている犬が、よそのチームの奴らに食われたとする。ここじゃ犬も食料だ。その場合、金払って済むこともあるが、誰かの愛犬だった時には、適当に相手のチームのメンバーを何人か刺して手打ちになることがある。つまりだ、チームの人間の血もここじゃあ物々交換の対象になるのさ。だが幹部の関係者がそのターゲットにされると、抗争に収拾がつかなくなる」
「そこでワシの出番ちゅうわけじゃ。仲間も敵も、適当に間引く」
「……なるほど」
それからワシは小僧の目付けみたいな仕事を請け負った。基本楽な仕事だった。ワシがついていたのはもちろん、小僧はビジネスに熱を入れていたから、囚人とトラブルを起こすことがなかった。
だが、人間というのは理由をつけて嫉妬をする。持たざる者が、自分が不遇なのは持っている者のせいだと考えるように。特にそれが近い者となると、嫉妬が強くなるもんだから余計にたちが悪い。小僧のやり方は、ゴブリンやラウルフからではなく、
次第に不満がたまり、敵対するチームの幹部がうちのチームに
やがてチーム同士の
ここの囚人の人気の娯楽のひとつに賭博があった。運動場の隅の用具入れを改造してチンチロリンをしたり、刑務所の広場で賭けボクシングをやってるていどのもんだがね。そして事件のきっかけはその賭けボクシングだった。うちのチームのもんが賭けてたボクサーがボロ負けしちまって、悔しさのあまり大勝ちしてた奴と口げんかからの殴り合いに発展して、勢いあまって相手をナイフで刺ししちまったんだ。よりによって、その刺された相手ってのが敵対していたチームのメンバーだったのさ。刺した奴は偶然だって主張したがね、俺たちヤクザもんに偶然なんて言葉は意味がない。さっそく報復するしないの大騒ぎに発展した。
抗争に関しては、刑務所ごとの自治というか、やり方がある。ここの刑務所では、チーム同士の抗争が起きた場合、その日のうちに
うちの奴が敵のメンバーをくだらない喧嘩で刺した、これはどう考えてもうちに落ち度がある。こちらから提案を持ちかけるってのが筋だ。だが、メンツもさることながら、謝罪のためにノコノコと敵の拠点に顔を出しに行ったら、怒り狂った奴らに殺されかねない。プロドゥアさんを筆頭にして、俺たちは手をこまねいていた。
そんな時に自分が行くと言い出した奴がいる。
「……オメェ、自分が何言ってんのか分かってんのか?」プロドゥアさんは目を丸くして言った。
「そのチームにはよ、俺のいとこがいるんだ」
「……確かそうだったな」
「“いとこが来た”って伝えれば、せめてリンチにされることはないでしょうぜ」
「……うん」プロドゥアさんはワシを見た。ワシは肩をすくめる。「クライスラーよ、他に適任者が見つからない以上、オメェが進んでそう言ってくれるのは助かるが、何だって自分から敵の口ん中に飛び込むようなマネを? 正直俺がオメェなら、いとこが向こうにいるからって名のりを上げたりはしないぜ?」
「……もし仮に、俺が仲裁ができたなら、俺が開拓したビジネスの販売ルート、そこの上がりの半分を、俺の懐に入るようにしてほしい」
プロドゥアさんの目つきが変わった。チームが危ねぇって時に、小僧ときたら吹っかけてきやがったんだ。
「小僧、状況考え……」
言いかけてるワシを、プロドゥアさんが手で制した。
「やれるってんなら、やってみろよ。だがな、失敗した時にはどうなるか分かってんだろうな?」
「……どっちにしても、死ぬだろうな」
「ああそうだ。失敗しておきながら戻ってきやがったら、テメェの顔面が腐ったスイカみてぇになるまで蹴り続けてやるよ」
「成功して死んだら?」
「……あん?」
「成功して死んだらどうします? まぁ仮にです、俺の命と引きかえなら敵さんが手を打とうって言い出した場合ですな」
「……その場合は、まぁ、オメェに感謝するよ。勇敢な男もいたもんだってな」
「足りませんなぁ」
「あん?」
「感謝の言葉じゃあ足りねぇですね。俺が生きてても死んでても、販売ルートの上りの半分をいただきたいですね。俺の刑期の間、俺の連れにそれを渡してください」
あきれた欲深さだと思ったね、死んでも
結局、誰もやりたがる奴がいねぇってことで、小僧が敵のチームに提案を持っていくことになって、そして小僧が行き着く前に殺されんようワシも同行することになった。あとひとり、プロドゥアさんについて行くよう命令された若い男は涙を流して断ったが、数発ぶん殴られて脅迫されて、行く前から顔をはれ上がらせていた。
ワシらが目的の監獄の建物につくと、敵のチームの奴らが
「いい度胸してんじゃねぇか!」
「どっちが落とし前つけに来たんだ!? 俺たちはどっちを刺せばいい!?」
手にはナイフや
ワシらは大勢の敵に取りかこまれながら、建物の奥へ奥へと入っていった。ある程度行くと、チームの幹部が現れて、ワシらに言った。
「ここで待ってろ」
言われたようにしていると、二階のベランダから声が聞こえた。見上げると、そこには敵チームの幹部と小僧の従弟のチック・クライスラーがいた。チック・クライスラーの目は右目が斜視になっていて、こちらに顔を向けているものの、視線があらぬ方向にいってるみたいだった。
小僧とチックは、お互いに見つめ合っていた。どうやら、親族なりの感慨があるんだろう。みなしごのワシにはわからんものだが。
「……ディエゴ、何しに来た?」チックが言った。
「チック、抗争が始まろうとしている。だが、抗争の悪化は双方にとってもよろしくねぇ、どうにかしてトラブルを収めてくれねぇかい?」
小僧が言うと、一斉に怒号が飛んできた。
「はぁ? テメェらから仕掛けておきながら何言ってやがんだ!?」
「こっちは仲間をやられてんだよ! だったら仲間ひとりさし出せや!」
チックが仲間の様子を見ながら言った。「こういうことだ、お前にできる事なんかない。とっとと帰れ……」
「帰るわけにはいかねぇよ」
「俺が血族に手にかけないと踏んでその態度か? それがプロドゥアがお前をここに寄こした理由か?」
「いいや、ここに来たのは俺の意志だ。俺が自分で立候補した。むしろ渋い顔をされたぜ、ウチのボスには」
「……お前はなんだかんだ言って新入りだ。ここで交わしたお前との約束を、プロドゥアが守る保証がどこにある」
「必ず守らせるさ」
小僧とチックはしばらく見つめ合っていた。
チックは言った。「今、手下が刺された奴の
「……わかった」
刺されたが死んじまったら、話をまとめられずに戻り小僧はプロドゥアさんに殺される。いとこのいる小僧はここでは無事かもしれんが、ワシらはここから無事には帰れないかもしれない。
沈黙だけでも死の気配が産毛を撫でてくるような緊張の中、容態を見に行っていた手下が、チックたちのもとへ駆けて行った。どうやら、結果が出たらしい。
手下に耳打ちをされた後、チックは「そうか……。」と呟いた。
「仲間は一命をとりとめたらしい」チックは言った。小僧の顔もワシの顔も一瞬で明るくなった。「それじゃあ話し合いに応じよう」
先程まで張りつめていた死の気配が、一瞬でどこかに消えていた。
敵の幹部はワシらが出した条件を受け入れてくれた。ひとつは刺されたメンバーへ見舞金を出すこと、ひとつは刺したメンバーに制裁を加えることだった。
商売の一部を明け渡すことや、チームそのものへの慰謝料を出さずに、この程度で済んだことは双方のメンツが立ついい条件だった。この約束を破るわけにはいかない。
ワシらは自分たちの拠点に戻ると、すぐにこのことをプロドゥアさんに報告した。プロドゥアさんは大喜びで祝杯をあげた。もちろん、主役は小僧だった。小僧は仲間たちに感謝されもてはやされていた。そしてワシはさっそく刺したメンバーをリンチにかけて、奴の肩の入れ墨、チームの構成員という証だてをするシンボルを、ナイフでずたずたに切り刻んだ。これでこいつはもうウチのメンバーじゃあないという事だ。
こうして、小僧は
商売人の機転とヤクザの胆力、このふたつを持ってして、小僧は4年の刑期だけで外のヤクザさえも及ばないほどの出世を遂げた。刑務所でさえここまでできるんだ、シャバに出たら、この小僧にできないことはないんじゃないかと思ったね。
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