ロメオ⑥

 ディエゴへの面会は俺が請け負っていた。だが連れが入ってるとはいえ、ここに来るのは毎回しんどかった。面会は他の囚人と同じ所で同じ時間にやるもんだから、俺たちの隣には常に別の囚人がいた。盗みや詐欺なら良いが、場合によっては人殺しの時もある。しかも、そいつは座ってるだけじゃ分からないんだ。気さく・・・なあんちゃんだと思ってたら、実は何人もの女を強姦した畜生だったってことが、後になってディエゴから聞かされたりするんだから。

 ディエゴには申し訳ないが、俺らのチームから誰かひとりを出さないといけないってなったあの時、俺が選ばれなくって良かったと今では心底思ってる。

「……なんかお前変わったな」机の向かいに座るディエゴに俺は言った。

「……そうか?」

 ディエゴは少しやせていた。やせたというか、鋭くなっていた。肌は浅黒く焼け、やせたせいで目の大きさが強調されて、ぎらついた目はもっと光が強くなっていた。

「……ああ、なんか、ワルにもっと磨きがかかったような気がする」

「あたりめぇじゃねぇか、悪人だから刑務所入ってんのよ」ディエゴはせせら笑った。「それよりよぉ、どいういう事だ? オメェの方が来るたびにやつれてんじゃねぇか?」

「……前に言ったろ、仕事が大変だって」

「まだ慣れねぇのか? あれから1年近く経つぜ?」

「慣れないもんは慣れないんだよ。それに、俺はいずれディエゴのチームに戻るって思われてるからな、待遇も良くねぇ」

「そんなもんか……。」

「……今日の差し入れな」

 俺はディエゴに金と酒と煙草を渡す。

「おお、すまねぇな」ディエゴは俺を観察するように見る。眼光がより鋭くなったせいで、俺は気まずい思いになってくる。「……何か気がかりなことがあるのか?」

「え? いや、特には……。」

「言っとけよ、水くせぇな」

「刑務所に入ってる奴に相談なんかあるわけないだろ」

「そりゃそうだ」ディエゴは笑いながら煙草をふかし始めた。「……ところで、お袋は元気か?」

 俺の肩がこわばった。

「……え? お袋? 誰の?」

「……俺が訊いてんだから、俺のお袋に決まってんだろう」

「あ、ああ、そうだな、そりゃそうだよな……。」

「……何かあんのか?」

 ディエゴの目つきが変わった。

「あ、いや……何かっつぅか……。」

「……まさか、死んだわけじゃあるまいな」

「そんなこと……!」

「じゃあ訊くがよ、お袋は元気なんだな?」

「……えっと」

「即答できねぇのか」

「い、いや違うよ、ちょいと風邪ひいて寝込んでるってだけだって」

「じゃあ何でそれを言うのをためらった?」

「何でって……。」

「“そう言え”とお袋に言われたな」

 幼なじみだが、コイツと話すのは本当にしんどい。

「……メルセデスが、心配かけるからって」

「……まぁ、それを聞いたら脱獄しかねんからな」

「だから嫌だったんだ……。」俺は頭を抱えた。

「心配すんな、オメェらが思ってるほど馬鹿じゃねぇよ。思ってるほど利口じゃねぇがな」

「そこが心配なんだ」

「……ふん」

 ディエゴは煙草の煙を吐き出すと、煙を追いながら天井を見上げた。

「……今、仕事が軌道に乘りはじめてな」ディエゴは煙草をもみ消した。

「仕事? 刑務所でか?」

「ああ、料理屋なんだが、俺がちょいと手を加えたら、売り上げが3倍になった」

「……さすがだな」

「でだ、俺はここで少しでも稼いで、それをお袋の病気の治療にあてる。お前も手を回しといてくんねぇか?」

「あ、ああ、そりゃいいけど、刑務所で稼いだってすずめの涙にしかならないだろう?」

「雀だって、一万羽泣かせりゃバケツ一杯分の水がたまるさ」

 コイツならやりかねないと思った。ディエゴは手のひらを拳で殴ると「金だ……。」と呟いた。あいつにとって、マイに続いておふくろさんまで失うわけにはいかないんだろう。この世に残った、たったひとりの肉親だからな。

 奴の淡褐色ヘーゼルの瞳が輝いているように見えた。この目の時のディエゴは何かをやらかそうって決意してる。

 ディエゴは突然前のめりになって俺に顔を近づけた。

「……なんだよ」

「もしもの時はすぐに知らせろ。脱獄する出る用意もしとくからよ」

「ディエゴぉ」

 これだから嫌なんだ。

「いいから黙って言う通りにしろ」

「……わかったよ」

 俺は面会を終えると、直接ベンズ村に行った。親に仕送りのためってのもあったが、メルセデスの見舞いに行くためでもあった。

 メルセデスの家に行くと、メルセデスは庭先で洗濯ものを干していた。

「おばさん!」俺は慌ててメルセデスにかけ寄る。「ダメじゃないか寝てないと!」

 メルセデスは「見つかってしまった」という感じで苦笑していた。

「仕方ないじゃないのさ、やもめ・・・のさみしい独り暮らしなんだから。自分のことは自分でやらないと」

「だからって……。」

 俺は手伝うよ、と言って洗濯物を代わりに干す。

「……あんた、実家でもそんなに孝行息子なのかね?」

「良いから寝てろよ」

「……寝てれば治る病気かね」

「それは……。」

 メルセデスは家に入っていった。俺は洗濯物を干し続けていたが、しばらくすると、家の中から良い香りがしてきた。

「おいおい……。」

 家の中、台所ではメルセデスがお茶をれていた。

「……おばさん」

「せっかく来てくれたんだからね、お茶の一杯でもいれないと」背中ごしにメルセデスは言う。

「そんなこと良いって……。」

「……あんた、またやせたね?」メルセデスはふり返った。

「……え?」

「昼も夜もなく働いてんだろ?」

「そりゃ、ディエゴがいなくなって、使いっぱしりみたいな生活が続いてるから……」

「……港で働いてんだって?」

「ど、どうして……」

「あたしらの情報網なめんじゃないよ」メルセデスはお茶をカップにそそいで俺の前のテーブルに置いた。「どうしてそんなまねを?」

「そりゃあ……金が要るからさ」

「何のために?」

 メルセデスは俺を座るようにうながした。俺はイスに座った。

「べ、別にそれはいいじゃねぇか」

「あの子のためかい?」

「……。」

 図星だった。俺は組織からもらう金じゃあ足りないから、港で働いてディエゴとの面会時にそれをわたしている。けれど、俺が働いているのはそのためだけじゃない。

「まったく、とんでもない子だねぇ。幼なじみに金策させて、自分の所に納めせるなんて……。」

「おばさん、そういう言い方はやめてくんねぇか。まるで俺とディエゴの間に上下関係があるみたいじゃねぇか。俺は俺の意志でやってんだ」

「それならいいけど。あたしゃあんたたちが、あたしの病気のために方々を走り回ってんじゃないかって心配でさ……。」

「何で俺がおばさんのために」俺はわざとらしく笑った。本当は俺もディエゴに頼まれてメルセデスの病気のために金をかき集めている。

「あたしはこう見えても人気者だからね」

「自分で言うのかよ」

 メルセデスはため息をついて、カップを取ってお茶を飲んだ。

ディエゴあの子は、病気のこと何て言ってた?」

 俺はお茶を吹き出しかけた。

「バレてんだろ? あんたは本当にうそが下手だから……。」

「あ、いや……。」

「脱獄しようなんて気ぃ起こさなきゃあそれで良いだけだよ。あと、あたしの病気を何とかしようなんて考えないことだね」

「……おばさん、あきらめんのは早ぇよ。まだやることはあるかもしれねぇだろ」

「……多分ねぇ、この病気は血筋のもんなんだよ」

「血筋って……。」

「母方の祖母と祖母の弟、そして叔父が同じ病気で亡くなってる。母もそんなに肺が強くなかったね。走るとすぐ息切れしちゃう人でね……。」

「そ、それじゃあ、ディエゴも危ないんじゃ……」俺は口に出した瞬間、滅多めったなことを言ってしまったと後悔した。

「……あの子は大丈夫さ」

「……どうしてだよ?」

 メルセデスは俺の目をまっすぐに見た。

「もし……あの子が病気のことを怖がりはじめたら……」

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