プロドゥア/囚人の頭領

 俺たちフェルプールやゴブリンが入れられる刑務所ってのは、ヒトやエルフのそれとは違う。まず環境が劣悪だ。不潔ってのは当たり前。風邪をこじらせたら死ぬし、ちょっとした切り傷でも、そこが腐って死んじまうことがある。囚人同士やチームの抗争での殺し合いなんてしょっちゅうだし、看守もそれを見てみぬふりをする。買収されてるってこともあるが、囚人のチームに対しては中立ってぇ立場なんだ。下手に抗争の仲裁なんかしたら、どちらかに肩入れしたんだと思い込まれて、看守だろうと後ろから刺されかねない。それに、厳しい看守なんて俺たちがシャバに出たら何をされるか分かったもんじゃないからな。

 そんなんだから、ここに来たらテメェの罪を悔い改めるどころか、さらに罪を重ねて悪人になっちまう奴の方がはるかに多い。コソ泥で捕まった奴が、今じゃあ10人以上を手にかけた殺し屋になったったりとな。

 そんな俺たちをはじめとする囚人のチームは、ただの仲良しこよしの集団じゃあない。種族別に分かれてるのはもちろん、外のヤクザのファミリーの延長だったりするし、刺青を入れて同じチームのあかしだてもする。仲間がやられたら報復するし、囚人同士でビジネスの輪をつくり、物々交換なんかでお互いを助け合うんだ。

 刑務所内でビジネス? そりゃ、ヒトやエルフが入るような刑務所じゃあそんなことは無理だろうさ。だが、ここでは違う。

 まず、面会の時に持ち込めないものがない。監視なんざいない、ただのだだっ広い広間で、机を並べて何人もの奴らが外の関係者と会うんだ。金だろうと酒だろうと煙草だろうと、ひとりで持ち運びができる程度のものなら何だって囚人にわたせる。それを元手に物々交換なんかをやるのがまずひとつ。

 次に、囚人の内職が自由にできるという事だ。ヒトの刑務所じゃあそうはいかんだろうが、俺たちの刑務所では仕事中の監督さえも同じ囚人がやる。しかも同じチームで組み合ってな。そこで建物の中では小物、外では農作物を作り、外で流通しているもんよりもはるかに安値で販売する。出来がいい品は刑務所の外で売る場合だってある。

 俺たちの刑務所には質こそは悪いが、ないもんはない。同じ囚人だってのに、金持ちや貧乏人の格差だってあるし、チームのボスには広い部屋があてがわれるんだ。広いっつっても、部屋の壁をぶち抜いただけだがな。

 まぁつまり、無法地帯だがそのぶん自由でお気楽な場所なのさ。うっかり命を落とす場合があるが。

 この刑務所にクライスラーがやってきたのは春先のことだった。俺のチームに奴が紹介されたのは、なによりフェルプールだということ、そして奴がマセラティ一家系列だったからだ。俺もシャバにいた頃はファミリーの人間で、しかもそこそこ上のポジションについていたからな。まぁ、ここにいるのが長すぎて、いまさら外に出ても俺の席などは空いちゃいないだろうが。

「……これはこれは、可愛らしいガキが入って来たじゃねぇか」

 俺はやすり・・・で爪を研ぎながら貧相なガキを見ていた。

「プロドゥアさん、以後お見知りおきを」

「マセラティさんと俺に感謝しろよ。オメェみたいに坊や、ただのチンピラとしてぶち込まれたって日にゃあ、その日の晩に先輩の囚人に手籠てごめにされる」

「そりゃあ恐ろしいや」

「笑い事じゃねぇぞ坊主? 男が男に輪姦まわされるってことがどういうことか分かるか? 翌朝に首つって死ぬ奴だって珍しくないんだぜ? 良くても一生廃人だ」

「……。」

「だが、うちの人間であればその心配はない。オメェは運がいい」

 クライスラーは無表情で俺を見ていた。恐怖はあるようだった。だがそれを隠そうとはしていない。強がろうともしていなかった。今だから言ってるわけじゃなくって、クライスラーを見た時、俺は見込みのあるガキだと思ったね。

 刑務所に来るような奴には、ふたつのタイプがある。ひとつはビビらねぇ奴だ。俺や俺の側近、別のグルーブの幹部はこのタイプだ。単純に肝がすわってる。もう一つはビビる奴だ、これはもう話にならねぇ。そういう奴は刑務所の隅っこで刑期が終わるのを静かに待つしかない、運に身を任せてな。

 だが、クライスラーは違う種類の男だった。ビビってはいた。しかし、それでも自分を見失ってる様子はなかった。感情より考えが勝るタイプだ。フェルプールで、しかも刑務所にくる奴でこのタイプは珍しい。クライスラーの男だって話だったから、どんな頭のネジが外れた奴が来ると思いきや、良い意味で拍子抜けしたぜ。

 顔合わせの最中、クライスラーは俺の周りにある日用品の数々に目をっていた。ひとりで寝るには大きなベッド、酒、煙草、本、瓶詰めの塩漬け、さらには絵画、その頃の俺はこの刑務所でできる贅沢をすべてやっていた。女が欲しければ、面会の時に情婦を呼び寄せ、そのあいだ他の囚人も看守も近寄らせないようにすることだってできた。

「……刑務所だってのに物が多いと思ってるのか?」

「んあ、まあ……。」 

「ふん、オメェにはまず料理屋をやってもらう」

 マセラティ一家のガキだったから、抗争に巻き込まれにくい仕事を俺は申し付けた。

「料理屋? 刑務所の中でですかい?」

「まだここの飯を食ったことがないからだ」

 刑務所だから飯はでる。だが、それが食えたもんじゃない。外の商人から腐りかけの素材をタダ同然でおろしてもらって、これまた捨てるような油で揚げてから配られるんだ。囚人はいったんは配られた飯を受け取るが、それをまともに食うためには香辛料やらソースで誤魔化さなければいけない。そこで、俺ら囚人がやってる店でを作って売るってわけだ。

「そういえば」俺は言った。「別のチームにお前の親戚がいるって聞いたんだが……」

「ええ、従弟いとこですよ」クライスラーは感慨深い様子でうなずいた。「親並みに年は離れていますが、知らない仲じゃない。ガキの頃はよく遊んでもらいました」

「クライスラーの男たちは今じゃあ刑務所を別々にされてるがな、かつてはクライスラーの一族が、まるごと同じ刑務所にいるってぇ時期もあったってぇ話も聞く」

「ちょいと誇張が過ぎますよ。それに、うちの男たちも最近じゃあ大人しくなりました」

「刑務所に入った奴がどの口で言う」

 俺たちは笑い合った。

「で、挨拶にでも行くのか?」

「明日にでも顔を出そうかと」

「……そうか。まぁ親戚なら大丈夫だとは思うが、そいつはあくまで別のチームだ。あまり深入りはするな。お前はクライスラーだが、ここではマセラティ一家の人間として来たわけだからな」

「ええ、もちろんです」

 そんな話をした翌日の、料理屋に勤め始めた初日にクライスラーは俺のところに相談に来た。奴が言うには、料理屋の手際が悪すぎるってことだった。

「俺はオメェに丁稚奉公でっちぼうこうやれって言ったんだよ」

「聞いてくださいって。見たところ、うち以外にも料理屋をやってるところがかなりある。それなのに食事の時には行列が絶えなくて、列の前を金で買う奴がいるくらいでさ」

「刑務所内の囚人が一斉に食事をとるからな」

「そう、そこです。客の食事の時間が絶対に分かってるってのは、飯屋としてはかなりボロイ商売のはずですよ。なのに、もたもたして客を待たせてる。もし、回転率を今の倍にできたら、単純に売り上げは倍以上になりますわな」

「……具体的にどうしようってぇ案があるんだろうな? でなきゃ俺にグチを言いに来ただけだぜ?」

「もちろんです。まず調理場のものの配置なんですが……」

「あ~」本当にプランを俺の前で話し始めたクライスラーの言葉を俺はさえぎった。「店のことはコマルトに任せてる、奴に相談したらどうだ?」

「コマルトさんにですかい?」

「ああ、そうだ」

「調理場の改装と調理人の訓練、あと他の店から使える奴を引き抜きたいんですが、それをコマルトさんに相談したら動いてくれますかね?」

「……おい、そこまでやらなきゃならないんだったらコマルトじゃなくっても話を途中で聞かなくなるぜ。そこまで投資してだ、店が繁盛するってぇ保証はあるのかよ」

「もちろん」

「他の店から引き抜くっても、どうやって口説く?」

「そりゃ、今の所よりもいい賃金を出すって言えば動きますさ」

 俺はクライスラーのガキをにらみつけた。

「無い袖はふれない、机上の空論、見込みがあると思ってたが、ただの空想好きのガキのようだな」

「話は最後まで聞いてくれませんかねぇ」

 クライスラーは図面を取り出した。店の図面だった。そして、物と調理人の配置を俺に説明し、現在の調理時の導線と役割分担がどれくらい無駄になっているかを説明しはじめた。今はひとりの調理人がひとつの注文を最初から最後まで担当している。そのせいで鍋が使えない、包丁が使えない奴が出てきて無駄な順番待ちがあるのだという。奴によれば、物の配置を変えるだけで効率がかなり上げられるという事だった。そして、包丁を使う奴は包丁を使うだけ、鍋をふる奴は鍋をふるだけ、盛りつけをする奴は盛りつけをするだけの作業に集中すれば、調理人の集中力もスピードも格段に上がると。

「……なぜ、これを考えついた?」

 クライスラーは笑った。「フェルプールの男ってのは台所に立たねぇから分かんねぇんですよ。大家族の台所ではだいたいこんな感じですぜ?」

「……なるほど。で、他の店から従業員を引き抜くのはどうしてだ?」

「簡単な理由でさ」クライスラーは肩をすくめた。「覚えが速い奴が欲しいってのと、このやり方はすぐに真似されちまう。そうならんように、うちがを独占するためです」

「……言いたいことが分かるが」そう、言いたいことは分かる。しかし、わざわざ刑務所の料理屋でそこまで本気を出してビジネスを展開する必要があるのか。投資しても手堅てがたく戻ってくるものがない。「だいたい、そこまで刑務所の料理に期待する客もいねぇだろうよ……。」

「売り上げはもちろんプロドゥアさんに上納します。袖がふれねぇってんなら、引き抜く調理人の先行投資は俺の金から引き抜いてくださいよ。責任は俺がとりますし」

「責任だと、オメェに何の責任が取れるってんだよ?」

「マセラティ一家の名誉にかけてです」

「……下っ端が口にしていい台詞じゃねぇぞ」

「俺ぁここを出たら、好待遇でファミリーに戻れます。そうなった時にここでの不始末が明るみになれば、俺の進退に影響するでしょうね。ここにもマセラティの関係者は大勢いますから」

「……分かった、そこまで言うならやってみろ」

「ありがとうございます」

「だが、先行投資の金はすべてオメェもちだ。外にいる奴らに用立てて持ってこさせろ」

「もちろんです」

 それから間もなくして、クライスラーは刑務所の飯の時間を変えちまった。料理屋の行列は解消され、囚人たちはその時間を別のことに利用し始めた。ボードゲームや玉遊びを始やる奴もいたし、自分の仕事に集中する奴も。俺はその様を見て、もしかしてこいつにはもっと新しくて面白れぇことができるんじゃないかって期待するようになっていた。

 だが、クライスラーはそのことを自分で理解してたみてぇだ。密造酒、畑の開拓、刑務所で作る工芸品の質の管理、ことごとくを軌道に乗せた。そしてその販売ルートも自分で手がけて、自分は刑務所で歩き回るだけでテメェの手元に金が入ってくるようにしていた。下手すると、あいつは刑務所に入って裕福になった、刑務所の歴史上ただ一人の囚人なのかもしれない。

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