マクラーレン/ベルトーレ一家幹部

 愚連隊のガキどもが出入りしているのは、意外なほどに近場ちかばだった。ランセルの繁華街にある酒場だ。しかし、それが分かったものの、俺たちは襲撃の方法と日取りをなかなか決められなかった。役人には知られないよう騒ぎは大きくしたくない、しかし確実に奴らを叩くためには一か所に集まっている酒場に、相当の人数を送りこまなければならない。俺たちベルトーレ一家の幹部は、アジトの一室で手をこまねいていた。

「どうして愚連隊風情があんな目立つところに……?」丸テーブルで俺の隣に座る部下のひとりが言った。

「……軽んじるなら、ただ羽振りが良いから良い店を使いたかっただけろう。仮に奴らがしたたかなら、俺たちがうかつに手出しができないようにするためだ」

 敵の正体がつかめない。マセラティの縄張りシマで、ヤクを売る。馬鹿なのか賢しいのか、勇敢なのか軽率なのか、それとも後ろ盾があるのか。

 ベルトーレさんと俺たちが策を練っている中、同席していたクライスラーのせがれがとんでもない提案をしてきた。それは、ベルトーレさんの縄張りシマにある建て替えの予定の建物を、自分たちで燃やしてしまおうという案だった。

「……何言ってんだ、お前?」クライスラーの頓珍漢とんちんかんな提案に、俺を含む組織の幹部は苛立いらだちを隠そうとしなかった。

「まぁ聞いてくれよ」クライスラーは言った。「街の真ん中にある酒場で暴れたら、例えうちの縄張りシマだったとしても確実に役人が駆けつけるだろう? どんだけ俺らが店主に袖の下を通そうと、常連が俺たち側だろうと、騒ぎが大きければ隠しようがない。じゃあ、どうするか? 役人が来れないようにすればいいんだ」

「……別の所でデカい騒ぎを起こすってことか」俺は言った。 

「その通り、目がひとつしかねぇのにしっかり見えてらっしゃる」

「口に気をつけろよ?」

「失礼」

「しかし、簡単なボヤ程度で役人が動くと思うか?」

「簡単なボヤとは言ってねぇよ、ド派手に燃やすんだ。建物中に油まいてな」

 ベルトーレさんを含む俺たちは目を丸くした。確かに、大火事となれば役人たちは火消しを含めて総動員するだろう、地域の住民を避難させる必要もある。

「街は騒ぎになる、役人も住民もそっちに気を取られる。ついでに酒場はこの組の人間とか、俺らに借りのある奴らに声をかけて満席にしておく。そうすりゃ誰も酒場での騒ぎなんて気にも留めないぜ」

「……建物に火をつけるのは誰がやる?」俺は訊いた。

「俺たちがやる」クライスラーは言った。「当然だ、俺のチームは奴らに顔が割れてるんだからな。奴らに目がつかない場所で行動するのが得策だろう?」

「……なるほど」

 俺はベルトーレさんを見る。ベルトーレさんは小さくうなずいた。

「何か必要なものはあるか、クライスラー?」

「もちろん油、なけりゃ度数の高い酒だ。それだけあれば、俺たち4人で実行できる」

「……分かった、手配しておく」

「じゃあ、俺たちはさっそく準備に入るぜ」

 クライスラーは連れのロメオ・ディロンを引き連れて出ていこうとした。

「今から始めるのか?」と俺は訊ねた。

 クライスラーはふり返った。「ああ、建物の模様替えをしなきゃあいけねぇ。燃えやすいようになぁ。んでもって、燃え広がらないように周囲を片づける必要もある。やりすぎて街ごと燃やしちまったら俺らがおたずねもん・・・・・・だ」

「……そうか」

「行くぜ」クライスラーは自分のチームの人間に声をかける。「ヤクザになったってぇのに、これからガキの使いの草刈りだ」

 クライスラーは笑いながら出ていった。

「……どう思う?」クラスラーたちがいなくなった後、ベルトーレさんが訊ねてきた。

「クライスラーの事ですか?」

「ああ……。」

「……やはり、クライスラーの男ですね」

「奴らと関わったことは?」

「以前、奴の父親に会ったことがあります。やくざ者ですが、どこの組織にも所属していない男でした。一目見てだと分かりましたね。ただ話してるだけなのに、妙に興奮してるんですよ。呼吸が浅くて、目がギラついてた。ああいう男には、ナイフ一本だって持たせるもんじゃあないと思いましたね」

「……実はな、あの男をウチで預かろうっていう話もあったんだ」

「……初耳です」

「だが、クライスラーの男は扱いが難しい。ヤクザにだって道理というものがある。それなのに、クライスラーときたら道理すらないような奴ばかりときた」

「……結局どうなったので?」

「知ってるだろう。その話がまとまる前に、真冬に道端で居眠りして翌朝に硬くなってたんだ。外傷がなかったという話だから、まぁ事件ではないだろう。……クライスラーの男にしては平凡な死に方だったな」ベルトーレさんは俺を見た。含みのある目だった。「ディアゴスティーノは父親に似ている……。度が外れた考えを、平気で実行に移すような……。」

「……危険だとお考えで?」

「……あの男、面通しの時に、マセラティさんのところで粗相そそうを働いたらしい」

 ベルトーレさんはクライスラーが出ていった扉を見ていた。

「……まぁ、メルセデスがどれほどクライスラーの血を薄めているのか、というところですかね」

「……メルセデス、か」

 その時のベルトーレさんの歯の奥に物が詰まったような物言いを、俺が知るまでにかなりの時を要した。

 決行の日、俺たちは組織の者と関係者を集めて、例の酒場に客として押しかけた。店主は最初は店が急に繁盛したので喜んでいたようだったが、数時間後にはその笑顔はこの世から消えてなくなる。もっとも、あそこの店主には袖の下は渡すしマセラティさんの縄張りシマにいる住民なら、おいそれと役人にチクったりはしないだろう。

「……上手くいくといいがな」

 ベルトーレさんは、酒場の斜向はすむかいの喫茶店で俺と一緒に待機していた。流石に俺とベルトーレさんはクライスラーと同じように顔が割れているだろうから、酒場に行くわけにはいかなかった。さすがのベルトーレさんも緊張していたのだろう、頼んだ紅茶は手をつけられずに冷え切っていた。

「……上手くいきますよ。俺たちベルトーレ一家は、他のマセラティ一門の中でも結束力が違います」

「だが、奴らはそんな俺たちの縄張りでヤクを売ったんだぞ」

「……最悪を考えるなら別のファミリーの差し金ですが、最良を考えるなら治安がいいがゆえに選ばれたということもあります」

「どちらになると思う?」

「往々にして、そのどちらでもない、中途半端な結果になるのが世の常だと俺は思っています」

「……ふん」

 いくらなんでも客が同じ時間に押しかけると不審がられるので、部下や手配した関係者は時間をずらして入店するように命じていた。すでに店内は愚連隊が入店すれば満席になるくらいの人数が入っている。さらに待ち続けると、ターゲットの男たちが入っていった。リーダー格の男は帽子をかぶっていた。クライスラーたちに見られたからだろう、目立つ髪型を放っておくわけがない。

「……入っていったな」ベルトーレさんは冷え切った紅茶をようやくすすった。

「ええ。……ん?」

 ちょうどいいタイミングで、遠くから煙が上がってくるのが見えた。これで役人が集まってくれば、現地のクライスラーのチームのメンバーが俺たちの所に駆けつけて伝える手はずになっている。

 俺たちの前を、火消しのが大急ぎで駆けて行った。どうやら今のところは思惑通りいっているようだ。そして、火の手の方向からは全力で走ってくるクライスラーの連れの姿があった。

 ロメオは俺たちの前をすれ違いながらうなずいた。開始の合図だ。

 俺は酒場の外で待機している部下に目配せする。その部下は中にいる奴らに合図をしに、酒場に入っていった。

 それから間もなくして、酒場の窓が割れ男が窓から飛び出した。うちの若い奴らじゃないとなると、必然的に愚連隊だ。

「……俺も行きます」俺は立ち上がった。

 俺は喫茶店を出ると、窓から飛び出した男の胸ぐらをつかんで、窓から再び酒場に放り込んだ。中ではすでに乱闘騒ぎが始まっている。通行人の中には酒場の騒ぎに気付いた者もいたが、そんなことより火事だ。ほとんどの奴が煙の方向ばかりを見ている。仮に役人の所に駆け込んだところで、今は大火事の対応で役所も出払っている。クライスラーの目論見もくろみ通りだ。

 俺は酒場に入ると袖口から取り出したブラックジャックで目の前にいた男の後頭部を殴った。

 もう決着はつきかけていた。より多い頭数で準備をして待ちかまえていたのだから、最初から利はこちらにあった。俺は誰の飲みかけか分からない、テーブルの上にあったカップを手に取りコーヒーを口に含んだが、それをすぐに床に吐きだした。どこのどいつか分からんが、砂糖の入れ過ぎだ。

「そ、そこをどけぇ!」

 元モヒカン頭が外に出ようと俺に挑んでくる。俺はブラックジャックでそいつを殴り飛ばした。

「ぐべぇ!」元モヒカンは床の上に倒れた。

「こいつを縛っておけ! 後で訊きたいことがある!」

「俺がやりますっ」部下のひとり、ラリアートが率先そっせんして前に出てきた。

 ラリアートはロープでそいつの手首を縛りにかかった。元モヒカン頭が抵抗するので、ラリアートは「動くんじゃねぇ!」と叫びながらそいつの頭を殴っていた。

 俺はカウンターの奥でおびえている店主の前に座った。俺が人差し指で招くと、カウンターに座っていた部下が店主のネクタイを引っ張って俺に顔を近づけた。

 俺はコートの内ポケットから札束を取り出し、前のめりになっている店主にさし出した。

「迷惑かけたな」

「え、いや、あの……。」店主はうろたえる。

「取っておけ、だ」

「は、はい……。」

 店主は金を受け取ると、「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げた。

「ん?」俺は店主の目線の方へ振り向いた。「……な!?」

 ラリアートが、元モヒカン頭の首をナイフでかっ切って殺していた。

「テメェ、何やってやがる!?」想定外の事態に俺は声を荒げた。

「す、すいません……。」ラリアートの手にはもう一本のナイフがあった。「こいつが、ナイフを持って抵抗したんで……つい」

「バカヤロウ……。」

 ラリアートはうちで殺しの仕事もやらせている奴だが、こんなにも簡単に殺してしまうとは。

「他の奴らには手にかけるなよ! なるべく話を訊きたい!」

「へいっ!」

 部下たちは元モヒカンの手下たちを半殺しにするまでにとどめた。

 その後、元モヒカンの部下たちの身柄をさらってアジトで口を割らせたが、元モヒカンの手下たちは本当にただの愚連隊のようだった。ただひとりから、元モヒカンは自分のバックには大物がいるから安心しろと言っていたという証言が得られたが、その意味は分からないとのことだった。愚連隊のガキどもをそれぞれ別の場所で始末して今回のことは片付いた。幸いというわけじゃあないが、ヤクに関しては役人は血眼になるが、俺たちフェルプールが殺されても役人はろくすっぽ捜査をしない。クライスラーのチームのシボレーが死んだ時も、役人にまかせていたら愚連隊を見つけられなかっただろう。ヒトやエルフにとって、俺たちの命は自分たちと家畜の間くらいのものでしかないのだから。

 すべての件が片付くと、俺はアジトでベルトーレさんに事の顛末てんまつを報告した。

「……これですべて終わりだと思うか?」

 ベルトーレさんにとっては、これですべてが終わらないと立場が危うくなる。

「これからも情報収集に努めます。とくに、ゴロツキどもは念入りに取り締まろうかと」

「あの発言についてはどう思う?」

「下の奴らに自分の力を誇示するため、ふかして・・・・いた可能性もありますが、それを含めてマセラティさんの耳には入れておいた方が良いかと。」

「……うむ」

「……それと、もう一件」

「なんだ?」

「先日の火事に関して、役人からの聞き込みが……」

「うちの建物だ、何の問題がある?」

「そうなんですが、火事が大事だったもので……役人たちはただの放火事件では収める気はないようです。鎮火の際に、消防団員に怪我人が出ましたし」

「どんくさい奴もいるもんだな」ベルトーレさんはため息をついた。「……なら、誰かに責任を取らせる必要があるだろう」

「誰に命じます?」

「そりゃ、首謀者のチームからだ」

「……奴らは今回の立役者とも言えますが?」

「もちろん、出てきたら相応の地位にはつけるさ」

「……分かりました」

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