ロメオ④-1
ディエゴのやり方はポーカーに例えるとよく分かる。続いていくゲームのためには、ただ運に身を任せて一喜一憂しているわけにはいかない。流れを引き寄せる必要があるんだ。大勝ちを必要以上に喜ばず、辛勝した時は自分を大きく見せ、負けた時には何か考えがあるようにふるまう。そうしていると、周りはそいつが
ワーゲンみたいな力こぶに栄養を取られてる奴は、ディエゴのそんなやり方に心酔していただろう。兄貴分ぶっていたが、奴の目を見れば分かる。だから、あいつは肝心なところが見えてないのさ。ディエゴの見るべきところは頭の回転や勘の良さじゃあなくって仕事への執念なんだ。
例えば取り立てがたまたま上手くいくこともあったが、そうじゃないこともかなりあった。そんな時、ディエゴは金を借りてる奴らの身辺を徹底して調べるんだ。俺らが仕事が終わって遊びまわってる頃、ディエゴは借金のある奴らの生活を自分で確認する。何ならそいつの家に忍び込んで、金品を確認したり、臭くてジメジメした床下に隠れて家族の会話を盗み聞きしたりさえするんだ。肩で風を切って歩きたくってヤクザになったっていうのに、そんなことをするバカなんて聞いたことないと思う奴もいるだろう。だが、その地道な努力が実を結ぶ。どんだけ相手が金を隠しても、ディエゴは神通力があるみてぇにそいつの
で、そうやって取り立てられた奴らはディエゴを恐れるようになる。恐れはディエゴの演出をより効果的にする。ただの物陰は物陰ではなくなり、獣が潜む暗闇になる。俺に言わせればディエゴのすげぇところはその執念深さで、頭や勘の良さは、俺と同じくらいってことはないが、大天才ってわけでもないんだ。
そしてその執念ってのにも理由があった。そう、姉貴の、マイの病気だ。病気の悪化とともに、俺とディエゴがマイを見舞う回数は増えていった。
「へぇ、ロメオ、オシャレになったんだねぇ……。」
その頃のマイはいよいよ美しくなっていた。だけどそれは、明日にはしおれて花が首ごと折れてしまいそうな危うい美しさだった。病気で表に出ないせいか、15歳(人間で25歳)だったが、温室の薔薇みたいな清純さが彼女には保たれていた。
「へへ、いいだろ? 俺らは今じゃあこの村の大人の誰よりも稼いでんだぜ? こんな服を着るのもわけないさ」
俺は仕立て屋からおろしたばかりのスーツで決め込んでいた。もちろんマイに見せるために作った奴だ。
「本当に似合ってるよ、ロメオはハンサムだしねぇ」
「そ、そうかな」
確かに街じゃあモテて仕方ないがな、と言いかけたけれど、本命の前でそれは違うだろうと口を閉じた。
「……いいなぁ、ロメオとディエゴは」マイはベッドから窓の外を見た。「どんどん外の世界で大きくなって……。きっと、わたしの知らないものをいっぱい見てるんだね。……うらやましいよ」
「それだったらさ、今度街へ出かけようぜ。見せてやるよ、俺たちが働いてる街がどんなところか、それにさ、俺たちがどれだけ大物になったかも見てもらいたいしっ」
「……だめだよ」マイは目を落とす。「外に出たりなんかしたら、すぐに病気が悪化しちゃうから……。」
「そりゃ、薄着して遠くまで歩くからだろ? マイのために分厚いコートを買ってさ、屋根付きの馬車を借りるんだ。そうすりゃ寝てるだけで街を見物できるぜ?」
「そんなことできるの?」
「言ったろ? この村の誰よりも稼いでるって」
「……そっか」
マイは微笑んだ。俺はその時、雷に打たれたような衝撃を受けた。ああそうだ、本当はディエゴだけじゃない、俺だってマイのためにのし上がろうとしてるんだ。病気なんざとっとと片づけて、いつか彼女をこの寝室から連れ出して、そして俺は四老頭の幹部しか使えないようなどデカい教会で結婚式を……
「ねぇロメオ……。」
「ん? 何だい?」
「あんまり危ないことをしちゃあだめだからね……長生きしないと」
「え? あ、当たり前……だろ」
マイの笑顔を見て、家族ほどじゃないが、付き合いの長い俺にも彼女が言いたいことは分かった。本当は、マイは長生きしたいと言いたいってことを。
「……俺とディエゴならな、どんなトラブルだってくぐり抜けて見せるさ。ガキの頃からずっとそうだんだ」
俺はカラ元気を出して胸を拳で叩いた。けれど、その次の言葉が出なかった。マイも長生きできる、俺たちがそうさせる、そう言い切ってしまう事が。
「……ロメオ」
「なんだよ?」
「……ディエゴとずっと仲良くしてね」
「あ、ああ……。」
今にしてふり返ると、結局俺は彼女との約束をどれも果たしていない。
物が割れる音がして、俺とマイは寝室の扉をふり返った。俺はマイを見ると、外に出て音の正体を確かめに行く。そこでは、ディエゴと母親のメルセデスが親子喧嘩をしている真っ最中だった。
「こんな汚い金を使えるわけないだろ!」メルセデスの手には札束が握られていた。
「んだと!? 息子の稼いだ金がきたねぇってのか!?」
「あんたが街なにやってるか、知らないとでも思ってんのかい!?」
「なにって……。ちゃんとしたビジネスだろっ」
「ビジネスだってっ? いっぱしの言葉使ってまぁ、ヤクザとつるんで可哀想な人たちから金巻き上げてるくせに!」
「はぁ? 人から金借りて返さねぇ奴らの何が可哀想だよっ? 当然の事をやらない奴らだ、奴らこそ悪人じゃねぇかっ」
「あたしゃ、あんたを人を脅して金を作る子に育てた覚えはないよっ。それだけじゃない、あんたが街で売ってるものだって、どこからかくすねたもんじゃあないかっ」
「それで助かってる奴らが大勢いるんだ。感謝されてることの方が多いんだよっ。なぁ、お袋、何が悪いってんだ? でけぇ仕事ってのはどっかで損をする奴らが出てくるんだよ、会社も、国も、デカくなりゃあどっかに割を食わすんだ、俺は損をする側に回りたくないだけだっ」
「人を泣かした金で飯食うなら、あたしは貧乏で十分さね」
「マイの病気にも同じことが言えんのかよっ?」
「……あんたの手を汚すくらいならね」
「はぁ? おいおい、お袋、ちょっと頭がどうかしてるぜ? 聖者にでもなったつもりかよっ?」
「親に向かってなんて口の利き方だいっ」
メルセデスはディエゴの頭をぽかぽかと殴った。
「ちょ、ちょっとおばさん……。」
俺は慌ててメルセデスとディエゴの間に割って入った。俺の頭にもメルセデスの拳が当たり、ぽかりと気の抜けた音がした。
「おばさん、俺にも当たってるよ……。」
お袋にも殴られたことのない俺を、あろうことか初めて殴った女がメルセデスだった。
「ロメオもロメオさっ、こいつの仕事につきあってっ。あたしゃあんたがてっきり悪い道から正してくれるもんだと思ってたよっ」
「お、おばさんの言う事も分かるけどさ、ディエゴは他の取り立て屋と違って、モノ壊したりとか、暴力は振るわないよ、俺はいつもそばで見てるから分かるんだ」
「だからあんたたちはガキなんだよっ」メルセデスは握った札束を突き出した。「いいかいっ? 悪いことで作られた金ってのはね、次の悪いことに使われるもんだっ。止めどなく大きくなりながらねっ。そして一度悪い奴らの仕事を手伝ったら、あんたたちもいずれ誰かに悪事を手伝わせるっ。利用されてるのも気づかないでねっ。そうやって悪党の輪はでかくなっていくんだっ」
「俺は利用されねぇ、利用してやるだけだっ。四老頭のジジイどももなっ」
「そういうところがガキだっつってんだよ!」
「俺は姉貴を救いてぇんだ! そのためだったらちょっとくらいの悪事が何だってんだよ! 誰が姉貴の病気を治せるってんだ! 教会にでも祈りに行くってのか!?」
ディエゴの剣幕にさすがのメルセデスも押されたようだった。鬼の面を張り付けたような顔が少し和らいだ。
「それが神様の思し召しなら……そうするさ」
「はっ」ディアゴスティーノは無理をして笑って見せた。「驚いたぜ、お袋がそんなに敬虔だったとはなっ。その神様の思し召しってなら、姉貴が病気なのも神様の思し召しってやつかいっ?」
「……あるいは、そうかもね」
その時のディエゴの顔、あれは驚きというより失望だったんだろうな。まさか自分の母親が、メルセデス・クライスラーが無力さを見せるなんて思いもしなかったんだろう。ディエゴにとっても、メルセデスってのは特別な存在だったんだから。
「つきあってらんねぇぜ!」
ディエゴは家をとびだしていった。俺は一瞬迷ったが、やっぱり俺はディエゴの相棒だから、一緒に外に出ていった。
外に出た後、ディエゴは「ぺっ」と地面に唾を吐いた。家の外で、母親に見られないようにそうしたところが、こいつがまだメルセデスの息子ってところなんだろう。
結局ディエゴはメルセデスの子供で、そして俺たちは彼女の言うようにガキだった。彼女の言葉の意味を、俺たちは間もなく知ることになる。取り返しのつかない授業料と共に。
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