ワーゲン/ベルトーレ一家の新人

 あいつをベルトーレさんから紹介されたのは、俺がマセラティ一家に入って間もないド新人の頃だった。

 俺は腕っぷしに自信があって、地元じゃあ喧嘩でさんざんならした・・・・もんだった。ガキの頃、俺んよりも金持ちの幼なじみがいて、そいつが普段から俺を見下したような態度をとっていたんだが、あんまりにもなめた口を叩くもんだから、とうとうある日我慢できなくなって、一発ぶん殴ってやったんだ。そしたらそれ以来、そいつは俺のご機嫌をうかがうようになって、新しいおもちゃなんかを親から買ってもらったら、自分で遊ぶよりも前に俺に貸してくれるようになった。その時俺は知ったね、自分の拳で欲しいものが手に入る、我を通せるんだと。そんな俺がヤクザもんになるのは時間の問題だった。

 だが意気込んで組織に入ったのは良いが、俺は思うように仕事で成果を上げられなかった。その頃、俺がベルトーレさんに命じられていたのは借金の取り立てで、この太い腕を見せびらかしてちょいと脅かせば、相手はビビって借りた金を返すだろうと思っていたのに相手は泣いて許しを乞うばかりで一文も出しやしない。ベルトーレさんからはそれが良くないと言われちまうしまつだった。喧嘩ではビビらせれば勝ちだったのに、仕事ではそうはいかないということだ。

 で、そんな俺に補助としてつけられたのが、ディアゴスティーノとその連れのロメオだった。ロメオの方はまだ分かる。俺と同じくらい上背があったし、そこそこ喧嘩慣れしてそうな様子だった。だが、問題はディアゴスティーノの方だ。背は高くねぇし、骨も肉も太くねぇ、その癖に妙に自信ありげで神経の図太い奴だった。俺は最初ショックを受けたよ、こんなチビをよこしていったい何の役に立つってんだろうってな。もうベルトーレさんに見限られたのかと思ってた。

 ただ、そう思ってたのはあくまで初日だけだ。

「……いいか、俺の仕事ぶりを見とけ」俺は髪を後ろで束ねて気合いを入れた。

 その日、俺たちが向かったのは街角にある小汚い料理屋だった。ここの主人はベルトーレさんから借りた金の返済を、理由をつけて遅らせてる野郎だった。

 俺たちが店に入ると、店主は困った顔をして俺にすり寄ってきた。

「勘弁してくださいよぉワーゲンさん、いま夕食時なんですから……。」

「ああ? だから来たんだろうが? この店は客を選り好みするってのかよ?」

「い、いや、そういうわけじゃあ……。」

 俺は店の目立つ席につくと、テーブルの上に足を乗せて座った。

「紹介するぜ、俺の舎弟のディアゴスティーノとロメオだ。……お前らも座れよ」

 俺の正面にディアゴスティーノとロメオが座った。

「ど、どうぞよろしく……。」恐縮してるものの、店主の目には俺を見る時と違って恐怖の色はなかった。やっぱり、こんなガキを連れてきたところでナメられるわけだよ。

「腹が減ってる、適当なもんと酒を持ってきてくれ」

 俺が言うと、店主はあわただしく消えていった。

「……あのタヌキじじいめ。そこそこ繁盛してるくせに、仕入れで金が無いだの言ってすっとぼけやがる」俺は右の拳で左の手のひらを叩きながら言った。

「まぁ、飲食店ってのはどこも薄利多売ですからねぇ」

「あん? ロメオ、お前どっちの味方なんだよ?」

「あ、す、すんません……。」

「……たく」

 俺はディアゴスティーノを見た。こいつはこいつで客層を注意深く観察していた。

「関係ねぇ客をじろじろ見てどうすんだよ?」俺は言った。

「……なじみの客が多いみたいだ」ディアゴスティーノは言う。

「だから何だってんだよ?」

 ディアゴスティーノは不敵に笑った。薄気味悪さはなかった。何か面白い悪戯いたずらを思いついた子供みたいな顔をしていた。

 しばらくすると、店主が香油で素揚げしたエビを持ってきた。

「おお、うまそうじゃねぇか」

 ディアゴスティーノときたら、皿に盛られたエビを見た途端、呑気なことを言いやがった。

「よぉ店主、このエビはどこんだい?」ディアゴスティーノが店主に訊ねる。

「川のエビさ、デコルト川でとれたね」

「おおそうかい、あそこのエビは丸々太ってるからなぁ」

「そうだね」

 ディアゴスティーノが姿勢を変えた。足を組み、店主に体を向ける。

「店主よぉ、なんであそこのエビが太ってるか分かるかい?」

「まぁ……。」店主は肩をすくめた。「底が深くて食いもんがあるとか……。」

「その通り、

「……ああ」

「深い河ってのは良い。何かを捨てても滅多に上がってこないんだからな」

「……そうかい」

「……ところで、水死体がどうなるか知ってるか?」

「おい、気持ち悪い話はやめてくれよ」店主が手を振った。

「大切な話なんだ、聞けよ」ディアゴスティーノのふざけただみ・・声が急に重くなった。俺ですら一瞬ぎょっとしたくらいだ。

「大切……?」

「お前にとってな」

「……。」

「……水死体ってのは、浮かび上がった時は必ず目を見開いた状態で見つかるんだ。だが、正確に言うと見開いてるわけじゃねぇ、まぶたが無くなってるのさ」ディアゴスティーノは皿のエビを指でつまんで持ち上げた。「こいつにいの・・一番に食われてな。体の一番柔らかい部分だ。肉食のこいつらはそこをまず食って、次に目玉を食うんだよ。早けりゃ目を見開いた死体で、少し遅れれば目の穴からエビが這い出して来る」

 あの川は食いもんが豊富、とディアゴスティーノはつぶやいた。

 ディアゴスティーノの話に聞き耳を立てていた客の数名が、嗚咽を上げて店を出ていった。そいつらのテーブルの上にはエビの素揚げがあった。店主は泣きそうな顔でその常連客を見ていた。

 ディアゴスティーノは立ち上がるとエビの素揚げを店主の前に突き出す。

「想像してみろよ、テメェの目からエビが這い出して来るさまをよ」

「な、何の話をしてるんだか……。」

「オメェ、子供はいるか?」

「き、貴様っ」

「安心しろよ、ガキに手を出したりなんかしたら、俺だってファミリーにいられねぇ。だがよ、目玉を無くした父ちゃんの棺を担がせるような葬式を手配するってのは……そう難しい事じゃねぇ」

「そうは言っても、金が……。」

「見つかるのが遅れて内臓まで食われちまうかもな。ガキはかかあ・・・に訊ねるだろうぜ。”母ちゃん、棺桶が軽いよ”ってな」

「せ、殺生なこと言わないでくださいよぉ……。」

「泣き言はエビに言えよ、まぶたは勘弁してくれって」

 店主の顔色はいつの間にか青ざめていた。脂汗を額から流し、一気に十年は年をくったような顔になっていた。

「……金をとってきます」

 そう言うと、店主は店の奥に消えていった。

 ディアゴスティーノは椅子に座ると、エビをテーブルに置き、一仕事終えたとばかりに布巾で手を拭いた。

 そしてディアゴスティーノは不思議そうに俺たちを見てエビを指した。

「食わねぇのか?」

「……食うわけねぇだろ」

 ディアゴスティーノの手腕は見事だった。こいつはこんな具合に俺と一緒に方々ほうぼうをまわって、次々と借金を取り立てていった。本当に金がない奴らもいるにはいたが、ディアゴスティーノはすっとぼけてる奴らのふところを魔法のように見抜き、そして必ず返済や上納金の滞納の取り立てを成功させていった。何かあるんだろうな、人の嘘を見抜く目とか金の匂いをかぎ取る鼻とか。

 やがて俺たちはベルトーレさんからの評価をもらい、横領品の転売もやるようになった。一度軌道に乗ったら面白いのなんのって、安い煙草や酒を求めて農村から商店街の人間まで俺たちの前に訪れたし、俺たちを取り締まらないといけない役人だって、俺らがを渡せば上機嫌に去って行く。怖いものなんてなかったさ。ベルトーレさんの下で働いてる若手で俺たちほど稼いでる奴らはいなかった。同年代の奴らが近寄ることもできない酒場で、札束を扇がわりにしてあおいで、女たちに囲まれながら一晩中笑っていたもんだ。

 のし上がっていくうちに、いつの間にか俺とディアゴスティーノは舎弟関係じゃあなくなっていった。ほとんど自分の手柄で儲けた仕事のを誤魔化さないでチームに、とはいえ俺とロメオの三人だけだが、きちんと分配するこの男を俺は次第に信用するようになっていったよ。俺は奴と仕事をするようになって知ったね、この世には腕力以外の力があるって。奪うだけじゃない、さし出させることもできる力だ。

 そして俺の腕っぷしとディアゴスティーノの力、それさえあれば、俺たちはやがて組織のトップになることも夢じゃない、そう思えるようになっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る