とある人間の行商人

 猫耳獣人フェルプールってのは、言い方はおかしいがこの大陸での少数民族なんだ。ベクテル、ヘルメスをはじめとした五王国はもちろん、旧黒王領にまで生活してる奴らもいる。多分、いないのは山脈を挟んだ向こう側、東の竜人の国からくらいじゃないだろうか。けれど、あいつらはそれだけ大勢いながら“国”というものを持っていない。仲間の商人が、家族や部族以上の繋がりをあいつらは持たないからだとかいってたが、本当のところは分からない。ただ、戦時中は転生者こっち側ついたり黒王側についたり、はたまたどちらにもつかなかった奴らがいたりと、何か政治的な信念とか理想を持っていないのは確かなようだ。

 そんなフェルプールだから、いろんな国でつまはじきにされているところがあった。東方民族と違って奴らは“ヒト”じゃないからな、場合によっては彼ら以上に疎まれている場合もある。戦時中はフェルプール狩りが行われてたって話だって聞くくらいさ。これは単なるうわさ話なんかじゃあないと俺は思う。実際、ヒトの役人がフェルプールの泥棒なんかを見つけた時には、牢屋に連れて行くのが面倒だからって、その場で殺しちまう光景を俺も見ているからな。戦時中の混乱の最中さなかでなんて、もっと酷いことが起こってたろうよ。

 そういったややこしい経緯があるから、ヒトやエルフの中には極力奴らとつきあいたがらない者も結構いるんだ。だが俺は違う。俺が信じてるのは転生者様だからな。どんなに彼を毛嫌いしている種族でも、今ではこの紙幣を使わないと仕事も生活も成り立たない。この世のあらゆるものを差別しない最も慈悲深い主、それが転生者様ってことさ。あくまで紙幣に印刷されたね。俺はこれが通用する場所か種族があれば、どこにだって品物を持っていくよ。

 俺はあんたたちを退屈させているだろうか? だが、あのフェルプールの子供は俺のこんな話を面白そうに聞いてたんだよ。ディアゴスティーノ・クライスラー、周りからはディエゴと呼ばれていたな。俺はこの大陸のいろんな場所でいろんなフェルプールに会ってきたが、その中でもディエゴのことはとりわけよく覚えてる。あいつは面白い子だったよ。

 ある日、俺が遠くから仕入れた野菜を売ってたんだが、ちょいとこの地域ではみない品物も置いてたせいか、その日の売り上げは散々だった。そこに、あの子が現れたんだ。あの当時は6歳(※人間で12歳)くらいだったかな。

「とっつぁん、客の入りが悪いな」ディエゴは楽しそうに売れ残った商品を見てやがった。

「うるせぇな、せっかくはるばる仕入れてきたのに、ここの田舎もんは見る目がねぇんだよ」

「物珍しいもんは味も分からなけりゃあ、どう料理していいかも分からないからなぁ」

「いやディエゴよ、このイモはコルカイモっつてな、マジで美味いんだって、味さえ知ってもらえば、すぐにここでも流通するはずなんだ」

 ディエゴはふーんと、その珍しいコルカイモ妙な目で見ていた。

「……なぁとっつぁん、これ、俺が売ってやろうか?」

「……なんだって?」

 ディエゴは売れ残っている長いコルカイモを手に取ってにやにやと笑った。

「だからさ、俺がこいつを売ってやるって言ってんだよ」

「……お前、大人をバカにしてんのか?」

「怒んないでくれよ、とっつぁん。どうだい、どっちにしたって、このまま売れ残っていたませちまうのがおち・・だろ?」

「……そりゃあそうだが」俺は腕を組んだ。「でも、いったいどうやって……?」

「まぁ、見てなって。……ところで、このイモはどこで採れたんだい?」

「東方だよ。黒王領での流通が盛んになったからな、あそこの特産物がこっちに流れてきてんのさ」

「黒王領ねぇ……。」

 ディエゴはコルカイモを手に取ると、道を行きかう人間に大声で語りかけた。

「よぉそこの旦那方ぁ、ちょいと寄ってみてくれよ、そこの若奥様もっ。ここの店主がたいそう珍しいイモを手に入れたそうだぜぇっ。何でも、東方から仕入れたコルカイモってぇもんでよぉ、栄養満点で腹もふくれる、ついでに財布にも優しいって代物だぁっ」

 意気揚々いきようようと大声を張り上げるディエゴを見て、俺はため息をつかざるをえなかった。その程度の呼び込みならとうに俺もやっている、そんな気合いばかりを入れて声を張り上げたくらいで客が来るなら、苦労はしないんだ。

 声を張り上げていたディエゴだったが、あるフェルプールの女が通りかかると急に声のトーンを変えた。

「よぉ、おねぇさん、ちょっと寄ってってくれよ」

 往来おうらいの呼び込みかと思っていたところ、それが自分への呼びかけになったので女は足を止めた。

「……なによ?」

「おねぇさん、あんた、このイモ買ってかないかい?」

「なにそれ? イモなの? 見たことないわね、妙なものを売りつけないでおくれよ」

「妙なもの?」そう言って、ディエゴはくすくすと笑った。

 そんなディエゴに、女だけではなく俺も身じろぎをしちまった。

「そのとおり、ちょっとこいつは怪しいぶつ・・でなぁ、なんとなんと、あの黒王領で採れたイモなんだ。なぁ、とっつぁん?」

 俺はただ「ああ」とうなずいた。

「……それがどうしたの?」

「こいつはなぁ、あの土地ではたいそう重宝されてんだよ。……なんでか分かるかい?」

「知るわけないでしょ」

 ディエゴは長くて太いイモを意味深に手でさすった。

「こいつはなぁおねぇさん、あっちの土地じゃあ精力増強の作用があるってぇいわれてんだよ」

 女の顔色が変わった。ディエゴのコルカイモを持つ手は、より意味深になった。

「……へぇ」

「分かるかい? あの黒王領だぜ? 俺らフェルプールなんて一飲みしちまうようなデカいオークの奴らが、これ食って」ディエゴは声を小さくする。「……

 ディエゴはコルカイモを拳でこんこんと叩いた。まるで、硬くそそり立ったもの・・を暗示しているようだった。

「試しにどうだい? 今夜は旦那が求めてきて、眠れなくなっちまうかもなぁ」

「こ、このエロガキっ」

 顔を赤らめて女は去って行った。

「……だめじゃねぇか」と、去って行く女の背中を見ながら俺は言った。

「……あの女に話してたわけじゃねぇ」ディエゴは言った。

「なんだと?」

「……ねぇ」

「え?」

 気づくと、別の女が俺たちの前に立っていた。

「その、変わったおイモね、おいしいの……かしら?」

「あ、ああ、もちろんさ」俺は言った。

「じゃ、じゃあ一本もらおうかしら? たまには……ね、変わったものも食べてみたい……し」

 女は周りを気にしながらたどたどしい口調で言う。

「そ、そうだねぇ、奥さん。きっと気に入るよ」

 俺はその女にコルカイモを手渡した。女は周囲を見渡すと、そそくさとその場を去って行った。

 俺は驚いてディエゴを見た。

「どうして彼女が買って行くと分かったんだ?」

「たまたまだよ」

「なに?」

を全員にやるつもりだった。たまたま幸先さいさきよく釣れたんだ」

「ほ、ほぉ……。」俺はこの子供の手腕に驚いたが、一番大事なことを思い出した。「いやいやディエゴ、そもそもだな、このコルカイモに精力増強の作用があるなんて聞いたことないぞ?」

 そう言うと、ディエゴは愉快そうに肩を揺らして笑ってやがった。とんでもねぇガキだと思ったね。

 で、実際、それから数日して本当にコルカイモは精力増強の作用があるってんで、色々ご婦人方がこぞってイモを買うようになったんだ。いや、俺としても品物が売れてうれしかったけどよ、さすがに罪悪感はあったわな。

 別の所で聞いた話だと、行商人に小遣いもらって、自分のとりまきのガキを安い賃金で売り子にして広範囲で仕事して、それで金をかき集めてるらしいからな。いよいよとんでもねぇガキだよ。行商人は儲かるし、ガキは小遣いが増える。感謝されながら、ちゃっかり自分も懐を温めるのさ。

 俺が思うに、ディエゴってのは上手く行きゃあとんでもない豪商人になるし、下手をすりゃあ稀代の詐欺師になっちまうような奴なんだろうね。とにかく金を愛してるし金に愛されてるんだ。ああいう奴はきっと、金を稼ぐことそのものが楽しいんだろうな。日々の生活のため、仕方なく仕事してる俺らみたいな奴とは毛並みが違うのさ。

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