たどり着いた場所
一気に間合いを詰めてのロッキードの斜めからの振り下ろし。
私は後ろに下がり戦槌を避ける。耳元で風が荒ぶる音がした。
絶え間なく、
私が攻めあぐねているのを知って、ロッキードは言った。
「命乞いしても、もう無理だぞ」
「……分かってるさ」
覚悟を決められない自分を恨めしく思っていると、ふとロッキードの背後に浮かぶ満月が目に入った。琥珀色の月が、ある人物の瞳を思い出させた。
──押さんと願えば引け
私の頭蓋の中に師の言葉が、耳鳴りのように響き始めた。
──閉じんとすれば開け
──欲さんとすれば与えよ
──活路を切り
私は足を踏み出した。
ロッキードが戦槌を振り下ろす。横にわずかに避ける。鼻先がかするほどの距離だった。戦槌を振り切ったロッキードに攻撃に転じられる程の隙は生まれていなかったが、私は間合いを詰めた。
返す刀でロッキードが振り上げる。
私は上体を反らし、加えて膝で雪原を滑りながらそれを空振りさせ、さらに間合いを詰める。
ロッキードの怪力による武器さばきは、例え巨大な戦槌の連撃であっても僅かな隙もつくらない。加えて、こちらの体勢は不安定。私は致命傷を与えることをあきらめ、ロッキードの出足(攻撃の際に前に出る足)を引き胴の要領で切り裂いた。
「ぬぅっ」
一瞬の攻撃の遅れ。それを見逃してはならない。
私はロッキードの膝に片足を乗せ、逆手に構えた刀で、ロッキードの体を飛び越えながら切り上げた。
さらにロッキードの肩に足を乗せ、背後に飛び移ろうと試みる。
だが、片足をロッキードに足をつかまれてしまった。
「しまっ」
ロッキードは私の足首を持って振りかぶり、雪原に私の体を叩きつけた。
「がぁっ」
積もった雪でなければその場で死んでた。とはいえ、ぎりぎり意識を保てた程度だが。
雪原に大の字に倒れている私の瞳に、体を弓なりに反らせ宙を舞うロッキードの体が映った。
私は横に転げてそれを避ける。私の隣で何かが爆ぜる音がした。
何とか避けられたが、衝撃波が体を打った。自分の力以上の力で私の体は転がっていく。
戦槌が叩きつけられた場所は雪がなくなり、黒い土が見えていた。命中していたら、体がつぶれるどころか爆発していたかもしれない。
私が転げたところに、さらにロッキードが戦槌を叩きつける。私は転がりつつ距離をって跳ね起きた。
私は体勢をととのえ大上段に構えた。
「……剣を投げるつもりか」
ロッキードがにやりと笑う。いとも簡単に意図を悟られた。
だが100点ではない。
私は刀を投げた。ロッキードがぴくりと反応する。
刀はロッキードではなく、手前の地面に突き刺さった。
「なにっ?」
私は駆け出した、そして刀を土台にして空高く跳躍する。
「ぬうっ?」
私は懐からナイフを取り出してロッキードに投げつけた。
ロッキードは片手でそれを防ぐ。腕にナイフが刺さった。
着地と共に地面に刺さっていた刀を取り、私は距離を詰める。
苦し紛れのロッキードの張り手、私の顔に当たり、私はきりもみ状に吹っ飛んだが、何とか倒れずに着地する。口の周りが温かく濡れていた。多分、大量の鼻血が出ている。
攻撃を食らったが、まだ間合いの外──
そう思った刹那、腹にロッキードの蹴りが刺さった。後回し蹴りだった。戦槌に比べて速い攻撃に対応出来なかった。
内臓ごと吐き出しそうな激しい嘔吐感。私はなりふり構わず、ゲロを吐きながら背を向けて走り始めた。出てきたのは胃の内容物ではなく血だった。
「どこに行くっ?」
巨大でありながら俊敏なロッキードは、簡単に私に追いつき髪をつかんで持ち上げた。
「貴様、戦いの最中に背を向けて逃亡だ……うぁっ」
ロッキードは私を放し、目を手で覆った。奴の顔面に血ゲロを吐きつけてやったのだ。
「このっ」
ロッキードは私の頭をかち割らんと戦槌を振り下ろす。
私は紙一重
振り下ろしは空ぶりとなり、槌頭は雪原を吹き飛ばした。
私は地面にめり込んだ槌頭の上に飛び降りた。
ロッキードは私を振り落そうと、戦槌を振り上げる。
私の体はロッキードの怪力で舞い上がった。
私は空中で一回転し、その勢いと体重をかけてロッキードの首の付け根に刀を突き立てた。
刀は半分ほど、ロッキードの首の下に沈み込んだ。
「ぐぅっ!」
私は刀を手放しロッキードの前に着地する。
ロッキードは腕を伸ばし、私の襟を掴み引き寄せようとする。まだ勝負は決していない。ロッキードなら、まだ私の首を捻るくらいの力を持っているはずだ。
私は身を傾けて、襟を掴んでいるロッキードの手首を反らした。
ロッキードの手首の関節が逆に決まり、ロッキードは前のめりに体勢を崩す。
私は腰を曲げたロッキードの肩から刀を引き抜いた。
ロッキードの脇が開いていた。無様に命を差し出した末、ようやく見出した竜巻の中心だった。
“陰陽流 陽之太刀 陰陽ノ奥意 ─
私はロッキードの脇腹を、横一文字に切り裂いた。
ロッキードの苦悶の声が漏れる。こいつのこんな声は聴きたくなかった。
そして、私は切り裂いた奴の脇腹にさらに突きを入れる。
“陰陽流 陽之太刀 陰陽ノ奥意 ─
日輪と月輪を駆使した刺突。刀は、根元までロッキードの体に突き刺さった。
ロッキードの体が細かく震えていた。痛みで呼吸が乱れ、みるみる内に岩山のような体から力が失われていた。
ロッキードは膝をついた。
「ロッキードっ」
なぜか、私はこの男を地に伏せさせてはならぬと、とっさにロッキードの体を抱きしめていた。
私に支えられながらロッキードは言った。
「あ、か……ま、参った……な……。敗北らしい敗北……久しぶり……だ」
「……何を言ってる、満身創痍だったろう」
「お前は……知らんだろうが……この程度の怪我でも……俺は勝利……してきた……。」
「三回、お前さんは私を仕留めるチャンスがあった……。」
「お前は……たった一回をモノにした……見事だ」
「……死に場所を探してたくせに」
「ああ、そうして……今、ふさわしい場所に……たどり着いた」
「……ロッキード」
私たちは雪原の中心で抱き合っていた。
一つの物語が、静寂とともに幕を閉じようとしていた。
ひとりの男の人生のではなく、ひとつの時代の物語が。
この雪原に消えゆく足跡のように、その痕跡さえもが途絶えようとしている。
巨大な体になみなみと溢れていた生命力が、今では私の胸の内にかすかに感じられる程度だった。
静かだった。この世界にある、どんな静寂よりも。私たちは、お互いの鼓動を感じあっていた。
「……なぁ、ロッキード」私は言った。「何とか……言ってくれよ……。」
「言葉など……あるわけがない」ロッキードの呼吸が
「……そうか」
「……クロウ、頼む」
長い旅路の終着点だった。
私たちの間にあるものを表現するには、この世界には言葉が足りなかった。
あるいは愛情、
あるいは憎悪、
あるいは友情、
あるいは軽蔑、
あるいは慕情、
あるいは嫌悪、
あるいは敬意、
あるいは恐怖、
そのどれにも近く、しかしどれでもなかった。最後にかける言葉も探り当てられないほどに。
「……ロッキード」
「……。」
御免ッ!
私はロッキードの脇腹から刀を引き抜き、刀を振り上げ、ロッキードの首を切り落とした。一呼吸で。雪原に、重いものが落ちた音がした。
首の落ちたロッキードの亡骸の横で私は両膝をつき、引き裂くほどに喉を震わせていた。
雪に染み渡ったその声は、やがて春の訪れとともにこの世から跡形もなく消え去っていく。私たちの物語を、誰も記憶に留めることがないように。
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