本気

 ゆっくりとロッキードの作り出した暴風に私は近づく。

 いよいよ戦槌が私の鼻先にかすろうかという距離になったとき、私は一瞬だけ体中から力を抜いた。体が溶けるほどの脱力、そしてほんの少し体が前に傾いた瞬間、踵に体重を乗せ体中の力を一点に集中させ、そこから加速した。

 戦槌を振りきったロッキードの間合いに私はすべり込む。

 私はがら空きの胴に刀を突き立てようと構えた。

 ロッキードは振り切った体勢からさらに体を回転させ、振り向きざまに肘打ちを繰り出してきた。

 辛くもの反撃とはいえロッキードの肘打ち。私は腕を上げて顔をガードした。ロッキードの肘打ちで私は軽く吹き飛ばされを踏む。

 ロッキードはさらに戦槌の柄で押し出してくる。

 両腕で防ぐが再び私は吹き飛ぶ。柄を受けた腕にもかなりのダメージが入った。もし顎にでも喰らっていたらヒビが入っていそうだ。

 ロッキードが戦槌をかち上げる。

 私は上体をのけぞらしてそれを避ける。髪が突風を受けたようになびいた。

 せっかく詰めた距離が開いてしまった。とはいえ、アンチェイン相手に間合いに入ればどうにかなると考えるのは甘い考えか。そして、一方で私は奴の戦い方に違和感も覚えていた。

 私は脇構えをとる。この男に構えがどうであるとかはあまり意味がないようにも思えるが、そうでもしないと落ち着かなかった。

「たいしたものだ、よくあそこまで接近できたな」ロッキードは言った。

「かすり傷ひとつ付けさせてくれなかったくせによく言う」

 ロッキードは雄たけびを上げて突進してきた。体を一回転させての振り上げ、私はかわして再度近づく、しかし振り上げた状態からすぐに戦槌を返され柄の先端で背中を打ちつけられた。

「うぐぅっ」

 体の曲がった私の体に、ロッキードの前蹴りが入る。蹴りは腹に当たり、臓腑めり込み体中の空気が飛び出るように、私の口から声と息が漏れた。

 ダメージの軽減のため、そして相手から距離をとるために、私は自分から大げさ吹き飛び、雪原の上を転げまわった。

 ロッキードからの追撃はなかった。あれだけ、マーティンの時は容赦なく攻めていたというのに。

 私は再度打ち込む。ロッキードは私の攻撃を、戦槌の柄を器用に動かして防御し続ける。そして柄をかち上げ刀を弾くと、体当たりで私を吹き飛ばした。

 そしてやはりロッキードからの追撃はなかった。

「……どういうことだ?」立ち上がりつつ、私は問うた。

「……何がだ?」

「どう考えても手加減をしている。女だからといって、手心を加えたりはしないはずだったんじゃないのか?」 

「考えすぎだ。見ての通り怪我が多いんでな。俺もいっぱいいっぱいなだけだ」

「……そうかね」

 ロッキードが再び間合いを詰めてくる、私は正眼で構える。

 ロッキードは私の様子に異変を感じたようで、一瞬歩みを止めたが、すぐに近づいてきた。

 戦槌がいよいよ私の頭に届く距離になったとき、私はいい加減に飛び込んで間合いを詰めた。

 ロッキードが戦槌を振り下ろす。

 私はその場で構えを解いた。

 戦槌が私の頭上で停止した。風が私の頭から足元に吹きすさび、私の周囲の雪が粉を巻き上げる。

「……どういうつもりだ?」戦槌を私の頭上で止めたままロッキードが言った。

「……お前さんこそどういうつもりだ」

「……なに?」

「今、まさに、私を仕留めるチャンスだったはずだ」

「……ふざけるな、戦士が自殺の手伝いなどできるわけがない」

 私は吠えた。「ふざけてんのはテメェだろうがっ!」

 ロッキードが私の頭上から戦槌を退かした。

「テメェの前にいる女は! 男に思わせぶりな態度でかまってもらって喜ぶ阿呆に見えんのかよ!?」

 ロッキードが戦槌を下ろし、肩を落として首をゆっくりと振った。

「……クロウ、俺を困らせるな」

「……そうか」

 私はナイフを取り出した。

「なるほどね」

 なるほど、私が自分と対等だとどうしても思えないというわけだ。

 私は深々とナイフをへその横に突き刺した。鮮血が腹から流れ落ち、雪原の白を赤い水玉模様に彩る。

「何をやってるんだっ?」ロッキードが目をむいた。

「心配するな内臓まではやっていない。だが、早く手当てをしないと助からんだろうな」

「……何のつもりだ?」

「お前さんが手加減したって、私は死ぬぜ? これで条件は同じだ。お互いに、無様な死を迎えるだけだ。私を失血死なんてさせてくれるなよ、ロッキード?」

「……クロウ」

 ロッキードは呻いてうつむいた。そして再び顔を上げた時、短いつき合いだったが、ロッキードは私が見たこともない顔をしていた。こんな表情がこの世にあるのかと感心するような表情だった。殺意を五体にみなぎらせながらも、その顔は深淵の哀しみにあふれていた。この男は間もなく私がこの世からいなくなると確信したのだ。その手を下すのが自分でありながら。

「……すまなかった」ロッキードは頭を下げた。

「……何を謝るんだ」

「今、この時まで、お前という女を見くびっていた。憐れまなければならない、いたわらなければならない、か弱い存在なのだと気を使っていた」

 数回、打ち所が悪ければ殺すほどの攻撃を仕掛けておいて、その言葉に偽りはなかった。この男は本気でそう言っている。

「今わかった。お前は恐るべき剣士なのだと、討ち果たすべき敵なのだとな」

「なめんない」

 ロッキードは笑ってうなずく。そして、戦槌を大きく構えた。対面するその姿は一介の戦士などではない。神話に登場する神々のように巨大で強大だった。これがこの男の本気らしい。

「全力で殺してやる」ロッキードは言った。

「とっとと来い」私は答えた。

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