介錯

 ほんのもう少し力を加えれば腕が破壊される、誰もがそう思っていた時、ロッキードは技を解いた。

「あ……あ……。」

 体は離れたが、マーティンは左腕を抑えてうずくまっていた。例え技を極めなかったとはいえ、靭帯を痛めるほどに締め上げられていたのだ、もう勝負ありとみていいだろう。

「……ロッキード、なぜ……。」マーティンはうずくまったままでロッキードを見上げた。

「もういいだろう、十分だ」

「十分……だと?」

「勝負はついた」

「何を……何を言っている!」

 マーティンは腕を抑えながら立ち上がった。

「俺の心臓はまだ動いてるぞ! 手も足もまだ動く!」

「だが、戦闘は無理だ」

「無理……無理だと……。」

 マーティンは動く右手で落ちている戦斧を拾い上げた。

「まだ戦えるだろうが!」

 ロッキードはマーティンに歩み寄った。そして腕の上がらないマーティンの左半身を狙い、右フックでマーティンを殴り飛ばした。

「あ……お……。」

 マーティンはよろけながら立ち上がり、再び戦斧を振り上げた。しかし、左右のバランスの妙が重要だった彼の動きは、左手を負傷した今では満足に機能しなかった。ロッキードに挑んでは殴り飛ばされる様は、さきほどまで互角の勝負を繰り広げた両者とは思えないほどだった。

 幾度もマーティンを殴り飛ばし、さらにロッキードはマーティンの襟をつかんで立ち上がらせた。

「……まだやるか?」

 マーティンは戦斧をロッキードの首に打ち込んだ。たとえ当たったとしても、かすり傷ていどしかつけられないような弱々しい一撃だった。ロッキードはそれをあえて防ごうとはせず、太い首で受け止めた。首から血は流れていたが、やはり皮膚が切れた程度だった。

 ロッキードは再びマーティンを殴り飛ばした。しかし、何度も殴り倒しても、マーティンはそのつど立ち上がった。崩壊しつつある肉体を、精神が支えていた。これ以上殴り続けたならば、ロッキードはどちらにしても友を殺してしまう。

「ロッキード……俺を……侮辱する気……か……。」

 口から血を流し、片眼は塞がれ、鼻はへしゃげたマーティンは、生きる屍リビングデッドのような様相でロッキードに迫り続ける。

 ロッキードはいつもの陰影の深い真顔でマーティンを見ていた。

「……分かった」

 ロッキードは落ちている戦斧を取った。

 それを見ると、マーティンは切れた唇を歪めた。

 跪くマーティン、その姿は敬虔な信徒のようにさえ見えた。

 マーティンの背後に立つロッキード、その姿は処刑人のように見えた。

 ロッキードの陰影の深い真顔に、いよいよ暗い影が差し始めていた。

 ロッキードは戦斧を振り上げた。そのとき初めて、私はこの男にためらいという感情があるのを知った。振り上げられた戦斧は小刻みに震え、さっきまで肉体から溢れんばかりの活力が満ちていたロッキードからはみるみるそれが奪われ、その姿は初めて刃を持つ子供のように痛々しかった。

「……頼む」マーティンは言った。

 一瞬、ロッキードの力がなくなり、戦斧が肩まで下がった。しかし、再び気合を入れようとロッキードは大きく息を吸い込み戦斧を振り上げた。だが、戦斧の刃は定まらない。このままだと、綺麗に頭を落とすことは難しいはずだ。

「ロッキードっ!!」

 マーティンは叫んだ。

「うおおおおおおお!」

 ロッキードも雄叫びを上げた。


 かくして、マーティンの首は斬り落とされた。

 しかし、彼の首を切ったのは、ロッキードではなかった。


 そこに居合わせた全員が私を見ていた。当然だ。

「ク、クロウ……っ!」

 刀から血のりをふき取り納刀する私にロッキードが言った。

「確かにすでに堕ちた男だった」私はロッキードを見た。「でもね、それでもお前さんがやっちゃいけないよ……。」

 ロッキードは私の前に立った。前に立たれるだけでも空気の薄さで窒息しそうだった。

「……お前はこいつの名誉を穢したんだぞ。奴は俺の友人だったっ」

「友人だからさ。友人を殺しておいて、その後の人生で一度たりとも後悔のない日があると思うのか?」

 ロッキードは体をそらした。死の気配が私から遠ざかったのを感じた。

「もういいだろう。これ以上、お前さんばかりが誰かとの約束に取り残される必要はないはずだ」

 ロッキードは首のない友の亡骸を表情の欠いた顔で見ていた。


 その後、私たちはギルドの寄り合いに賊の頭目を討伐したことを告げた。報酬として出た10000ジルは、ロッキードの頼みで、アジトにいた老若男女のために寄付することにした。それだけの金をもってしても、彼らの今後の人生の保証などどこにもなかったが。

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