in the backstage─希望と絶望①─

──


「ほぉ、思ったよりも大きい街なんだな」

 黒ずくめのリーガルと、小男のヘイロー、ヴィオレッタはクロックのいるコルトへと到着した。

 リーガルの言うように、旧黒王領にしては栄えている街だった。天候の悪く一部の地下資源をのぞいて資源に乏しい旧黒王領は、あまり入植に向いておらず、また転生者戦争の目的が、その一部の地下資源と通商のための海域権、そして飛竜を使っての空輸のための空域権を黒王から奪い取ることが目的だったため、黒王の権力を削ぎ落した後は、彼らを再起させないことに重点が置かれていた。ゆえに、五王国により分割統治されたのちは、旧黒王領臣民の生活は為政者からは見て見ぬふりを徹底され、事実上の棄民として扱われていたわけだが、この街に関しては五王国ほどではないが、まっとうな街として機能しているようだった。教会があり、商店があり、役所があった。しかし、よくよく見ていると、いくつか奇妙な点が目立った。この土地は元々フェーンドとオークが長年住みかとしていた場所だったが、街を行きかうほとんどの住民が人間だった。さらに、教会も五王国で信仰されている転生者信仰のもので、役所に控えているのはもちろん五王国らの進駐軍だった。

 根こそぎオークたちから奪い取ったか、リーガルは街並みを観察しながら暗い笑いを浮かべた。

「お待ちしておりました」

 リーガルたちがクロックの街に入ってからすぐに、クロックの使いの者が彼らを出迎えた。

「……悪いな、遠回りをしたから遅れてしまった」

 幾人もの人間をもてなした経験のあるクロックの使いだったが、馬から自分を見下すリーガルの薄笑いを見ると、笑顔が引かつかざるを得なかった。

 黒い笑顔だった。黒いハットに黒いスーツ、黒い手袋をしていたが、黒いのは外見だけではない。おおよそ凡人たる男だったが、一目見ただけでリーガルの魂が黒い深淵にあることが分かった。

「……どうぞ、クロック様がお待ちです」

 冬だというのに、広くなった額から汗をかきながら使いの者はリーガルたちを引率した。

 

 クロックの屋敷に到着した一行いっこうは、二階のクロックの執務室に通された。床には新品の絨毯じゅうたんが敷き詰められ、棚には東西の骨董品が並べられていた。小竜ワイバーンの頭蓋骨の隣に東方の白磁の大皿があった。すべてが新しく、すべてが古い空間だった。統一がなく、ここに住まうもののエゴの雑多さを象徴しているようだった。

「お待ちしていました」

 リーガルと小男のヘイロー、そしてヴィオレッタが部屋に通されてすぐにクロックが現れた。面長の顔は頭頂部まで髪が後退しているためにより長く見える初老の男は、隠そうとしてもにじみ出る狡猾さを、灰色がかった水色の瞳から放っていた。

 訪れるのは二人だと聞いていたクロックは、場違いなヴィオレッタに目をやった。コートを脱いだヴィオレッタは、青紫色の艶やかなドレスに身を包んでいたが、それよりも目を引くのが、端整な顔立ちの顔半分を覆う火傷の跡だった。なぜ、彼女がリーガルと行動を共にしているのかは不明だったが、気にするそぶりを見せぬよう、クロックはいつものように小さく笑うと、リーガルに遠路はるばる来たことへの謝辞をあらためて口にした。

「ずいぶんと賑わった街だな……。」

 そう言ってリーガルはくすくすと笑った。

 クロックはそのリーガルの笑いの意味が計り知れず、ひな形が完全に作られた笑顔で返した。

「うまくやったものだ。戦前はこの土地で虐げられていたお前ら人間が、戦後は勝ち馬に乗ってここまで成り上がるとはな……。」

「……何事にも永遠というのはない。必ずいつか崩壊するものさ。そして崩壊の後には新たな始まりがある。私はその機を逃さなかっただけだ」

 リーガルの微笑の意味を知り、クロックの笑みは確信的なものに変わった。戦後の混乱期に裸一貫で成り上がったこの男には、あらゆる人間の裏が透けて見えていた。そう見えるのだと自負していた。このリーガルに出会うまでは。

「そうか……。」

 リーガルは笑いながら棚にある白磁の大皿を手に取った。

「それは竜人の国から取り寄せた白磁だ。あの国で作られる器は素晴らしく完成されていて、何千年も前から材料も製法もまったく変わらないんだ。その皿も、百年以上も前に作られたのだが、今でもその輝きを失う事がなく……。」

 リーガルは皿を床に叩き落した。皿は音を立てて砕けた。

「なるほど、永遠などないな」

 クロックは困惑してリーガルを見て、そして次にヘイローたちを見た。しかし当のふたりは、まだ短い付き合いだったが、そんなリーガルの行動をすでに慣れたもののように達観たっかんしていた。

「いったい何を……。」

「やがて壊れるから面白いんだ。だがここは退屈だ。お前も、お前の街も」

 クロックの顔から笑顔が完全に引き去られた。

「弁償はしてもらう、これは君の報酬から引いとくからなっ」

「“弁償”」

 そう言って、リーガルは肩を震わせて笑った。

「なにがおかしい?」

「そんな言葉も追いつかない程に、自分が何かを失うなど夢にも思わんか。奪うのは自分だけと思ってるのか、お前?」

 クロックは頬をピクリと吊り上がらせた。

「まぁいい、とっとと仕事を終わらせるぞ。奴はこの街に向かっているのだろう? ……どうした?」

 扉の側にいた使いの者が言った。「部下の報告によれば、奴はどうも別の村を回っているらしい……。」

「なに? お前らが奴がここに必ず来るからと言うから、はるばるやってきたんだぞ」

「来るはずだ、ただどうも寄り道をしているみたいでな……。」

「ふん、それならこちらからおびき寄せるまでだ」

「……どういう意味だ?」

「どういう意味も何も、奴がこっちに来なければならないようにすればいい。俺たちはこのショーにはかなり遅れてやってきたんだ。ぐずぐずしてたら出番もなく終わってしまう。多少の無茶はしないとな」

「……妙な真似はやめてもらおう。これでも、この街は秩序が保たれている。だからこそ人が集まるんだからな」

「うわべだけの秩序だろう。その割をいったい誰に喰らわしている? ん?」

「……もし、無茶なことを考えているのなら出ていってもらうぞ。別に君だけが頼りというわけじゃないんだからな」

「俺はここに奴を打ち取るように言われてきた。仕事のやり方まで指図される覚えはない」

「ここでは私が君の雇い主だ」

「俺を雇う奴なんぞ、この世にいない」

 しばらくふたりは睨み合うと、クロックは使いに目配せをした。使いの人間は音を立てずに部屋から出ていくと、すぐに四人の屈強な男を連れて戻ってきた。

「ほう……これはこれは」

「申し訳ないが、商談不成立ということなら、このまま身ぐるみ剥いで街の外にほっぽり出させてもらう」

「……お前が裸になるのか?」

「……やれ」

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