頂上決戦

 マーティンは抱きしめていたオーガを軽々と投げ捨てると、鼻で笑い前に進み出た。

「すまなかったな、ロッキード。水を差してしまって」マーティンは周囲を見渡す。「血の気の多い奴らが大人しくなった……さすがだな」

 ロッキードは私に預けていた戦槌を取った。マーティンは部下から二丁の手斧を受け取った。手斧といっても、人間なら両手でなければ扱えないほどに大きい。

「……始めようか」

 ふたりは構えた。戦槌を持ち上げ、両手で今まさに振り下ろさんとするロッキード、戦斧を持った両手をいっぱいに広げるマーティン、さながら大型の肉食獣が対峙しているようだった。先ほどとは違い、群衆は必要以上にふたりから離れた。しかし、この二人の闘争には、それほど距離を取ってもなお、危険を察知させるものがある。

 前に進み出たのはロッキードだった。ロッキードは、遠慮なく、友の頭をかち割らんばかりの勢いで戦槌を振り下ろした。振り下ろれた戦槌は地面を穿ち、爆弾のように爆ぜて周囲に土くれをまき散らした。

 だが、そんな頭に喰らえば頭蓋骨が吹き飛びそうな一撃にもかかわらず、マーティンは微動だにしなかった。

「……馬鹿にしてるのか?」マーティンは言った。

 ロッキードは口を歪め笑った。

「本気でこい。俺をさっきの若造どもと同じだと考えるな」

 ロッキードはさらに踏み込み、戦槌をかち上げた。今度は間違いなく当たる距離だった。

 マーティンはそれを後ろに飛んでかわしていた。マーティンは戦槌を振りきったロッキードを狙う。

 ロッキードは体をねじり、振り上げた戦槌を振り下ろした。

 体の軸を反らし、マーティンは寸前でその攻撃をかわした。

 マーティンはのけ反った状態で両手を上げると、反動でロッキードの頭へと二丁の戦斧を振り下ろした。

 ロッキードは戦槌の柄でその双撃を受け止める。

 だが、マーティンの狙いは斧頭の下部の凹みで戦槌の柄を捕らえることだった。ロッキードの動きが封じられる。

 マーティンは片手の斧でロッキードを封じたまま、もう片手の斧を振り上げた。一丁の戦斧がロッキードの脳天に襲いかかる。

「むおおおおおお!」

 ロッキードは両手でマーティンを押し返す。ふたりが得物を押しあい吹き飛ばされて再び距離ができた。

 ロッキードが体をコマのように回して戦槌を振り回し、マーティンに襲いかかった。ロッキードの体全体の膂力で振り回された戦槌は、風をひっかき嵐のような轟音をあげていた。

 マーティンは横に飛びその攻撃から逃れ、勢いの浅い背後からロッキードを狙った。

 しかしロッキードは自分の回転を怪力で止め、逆の回転を始めてマーティンを迎え撃つ。反動で力が溜められた攻撃はより強力になっていた。

 マーティンは戦斧を交差させ、その攻撃を刃の部分で受け止める。

 馬鹿げた力で打ちあった金属から生まれた音は、それだけでも十分な兵器だった。音は私の鼓膜を突き破り、脳はマドラーでかき混ぜられたように激しく痛んだ。

「ぐぅお!」

 受け止めたといっても、ロッキードの怪力と戦槌から繰り出される一撃だ、吹き飛ばされながらマーティンは口から飛沫を吐きだしていた。

 吹き飛んだマーティンに、ロッキードは体を傾けて回転させながら戦槌を打ち込んだ。

 マーティンは地面を転がり、それを辛くもかわした。

 ロッキードの戦槌が打ち込まれた場所は轟音を立てて土くれを巻き上げ、その破片が周囲の群衆の顔を打った。距離を取って正解だったというところだろう。

 さらにロッキードは体の回転を止めることなく、マーティンを追撃し続けた。

 地面をマーティンが転がり続け、その後をモグラ叩きのようにロッキードの戦槌が追い打ちをかける。戦いが始まって3分もたたないうちに、塔の前は穴だらけになっていった。

 さらに追撃をかけたいロッキードだったが、マーティンが転げた先には群衆がいた。ロッキードは追撃をやめ、後ろに下がりマーティンが立ち上がるのを待った。

 マーティンもそれを理解して立ち上がった。顔が、意図せずに戦いに水を差してしまったことを恥じているようだった。

 再び両者は群衆の中央で向き合った。

 動き出したのはマーティンだった。マーティンはロッキードの周りを回るようにして動いていた。概して、戦いとは格下が格上の周りを回るものだが果たして……。

 マーティンが両手の戦斧を激しくふり回す。勢いのついた戦斧を自分の膝で受け止め、それを蹴り上げて回転に変化を付けるマーティン。さらに身体も回転させ、戦斧の動きは目で追えないほどになっていった。

 しかし、いくら変化に富んで素早い動きとはいえ、戦斧と戦槌ではリーチに差がある。一体どうやってそれを埋めるのだろうか。

 いよいよマーティンがロッキードの間合いに入ろうという寸前だった。マーティンは回転の動きをフェイントにして、ロッキードに戦斧を投げつけた。

 ロッキードは反射的に身をかがめ戦斧をかわした。体は低く、意識は上に向くロッキード。

 それをマーティンは見逃さなかった。

 マーティンは低く飛び込むとロッキードの足を戦斧でぎにかかった。

 慌てるロッキード、足を上げて戦斧の横なぎでやり過ごす。

 しかしマーティンはこの機を逃さなかった。片足立ちになり、バランスを崩したロッキードの胴体を斧で切りつけた。

 この戦いでの初めての負傷はロッキードのものだった。

 マーティンの連撃はさらに続いた。自分の間合にいる今決めなければ、再びこの位置を取るのは難しい。追いつめているようだったが、この機を逃せばすなわち勝機を逃す、ロッキード以上に彼も必死のはずだ。

 マーティンの首や胴を次々と切りつける剣風、ロッキードの意識が上に向かざるを得ない状況で、再び足を切りつけるマーティン。

 揺さぶられるロッキード、意識が下に向く。その機をマーティンは逃さなかった、低い体勢から、飛び上がるような右のハイキック、ロッキードの側頭部に直撃した。ロッキードの巨躯がよろめいた。ロッキードの初めての苦戦。この男にも苦戦というものがあるらしい。

 さらに足を戦斧で狙うマーティン。足を上げて避けるのは間に合わない。ロッキードは低い体勢のマーティンに覆いかぶさるようにして自分から倒れその攻撃を逃れた。

 一見すると苦し紛れの動作だった。だが、ロッキードは覆いかぶさった状態からマーティンの脳天に膝蹴りを入れ始めた。

 防御のできない頭部に、ロッキードの私の体よりも太い脚での膝蹴り。頑丈な首と堅牢な頭蓋骨を持っているはずのマーティンの頭が蹴鞠けまりのごとく、リズミカルに弾み続ける。マーティンの広いひたいからは、流血が始まっていた。

 マーティンはロッキードの右足首を両手で掴み、蹴りの威力を殺そうとする。

 ロッキードはそれを見ると、マーティンの胴に腕を回し、両手でしっかりと敵の体を捉える動作に移行していた。そして脇にマーティンをかかえると、「ふん!」と両足を踏ん張って体をり、マーティンを高々と持ち上げた。

 感動するほどの馬鹿力だった。人間相手ならばまだ分かるが、巨大なオークが巨大なオークを持ち上げ、空中でふりまわし、そして地面に叩きつけていた。その瞬間の光景は、神話世界の神々の闘争を思い起こさせた。

「ぐぁ!」

 地面にしたたかにマーティンの頭がぶつかった。しかし、気を失うほどのダメージではない。マーティンは起き上がろうともがいていた。

 だが、それをロッキードが許さなかった。ロッキードは倒れているマーティンに横から覆いかぶさり、動きを封じた。そしてマーティンの左の手首を右手でつかみ、マーティンの左腕の下から自分の左手を差し込み自分の右手首をつかんだ(柔道、柔術における“腕がらみ”の動き。肘や肩をねじり上げて破壊する)。

「う……くっ」

 ロッキードは刻一刻と少しづつ腕を捻り、技を完成させていった。

「く、ああああ!」

 マーティンの絶叫が響いた。

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