因縁をつける男
その夜、私たちは酒場で人待ちをしていた。酒場と言っても、やはりあばら家の骨組みだけを残したようなところで、雨が降っただけではなく、風が強くても休業しそうな店だった。
そんな酒場で、私はただ彼と同じテーブルで夕食を済ませるのみだった。ロッキードには何か考えがあるようだったが、状況を知っているのはロッキードだけだった。分からないことが多いが、彼が私に何も伝えないならそれは必要がないからということだろう。もしくは、説明する言葉がないからなのかもしれない。
酒を飲んでいるロッキードの顔が、珍しく少し赤くなっていた。
「……さっきから飲んでいるのはアックァか?」私は訊ねた。
「ああ……飲むか?」
「いや、けっこう」
アックァという酒は、水で20倍に薄めたり、果実を漬け込んで果実酒を作るために使われるもので、原液で
ロッキードはアックァの入った杯を掲げ得意げに言った。「だがな、これが今回の手がかりになるんだ」
「そういうのなら、そうなのだろう」
さらに夜も更けてきたころ、酒場にオークの二人組がやってきた。客の幾人かが目で姿を追い、残りは見て見ぬふりをしていた。
オークは、店主にアックァを注文していた。それも一杯ではなく樽ごとだった。
ロッキードは立ち上がると、カウンターのふたりの方へ行った。そして自分の杯の酒をオークの頭に注いだ。一瞬で、酒場の空気が凍りついた。
「俺からのおごりだ。礼は
酒を浴びせられたオークの男は、後ろのロッキードを確認もせずに立ち上がった。そして振り向きざまにロッキードに殴りかかろうとしたが、ロッキードの姿を視界に入れるや否や、寸でのところで拳を引いてたじろいだ。彼を前にすると、誰でも腕力以外の解決法を模索する。
「な、何だよ……お前。何の用だ?」
「なに、せっかくこうして同族に出会ったんだ。楽しく飲もうと思ってな」
「人の頭に酒をぶっかけてか? そんな作法は初めて聞くぞ」
「今俺が考えた。面白いだろう?」
「……勝手に面白がってろ」
「なぁ」もうひとりのオークが言った。「俺たちはここに使いで来たんだ。余計なトラブルは避けたい。よそでやってくれ」
ロッキードは笑った。
「……何がおかしい?」
「俺も初めてだ。侮辱されて許しを請う男を見るのは」
もうひとりの男も立ち上がった。
「下手に出てりゃあ調子に乗りやがって……。」
ロッキードの正面の男が腰からダガーを取り出した。
刃が見えるや否や、ロッキードはその男のダガーを持っている右腕に左フックを打ち込んだ。杯の酒が波打ちそうなほどに大きく鈍い音がした。
「あ……ぐぅああ!」
オークの男はダガーを落としてうめき声を上げる。どこでもパンチを打てば急所になる、相変わらず理不尽な戦力差だ。
もう一人の男が背後から殴りかかると、ロッキードは振り向きざまに頭突きでそれを受け止めた。クルミを握りつぶしたような軽快な音が、次に男の絶叫が私の耳に届いた。
ほんの数秒で二人のタフガイは姿を消し、代わりにか弱い被害者が床にうずくまっていた。
ロッキードは倒れている男の襟をつかんで無理やり立たせる。
「おい」
「な、なんだよ~」オークの男は弱々しい声を上げる。
「マーティンにロッキード・バルカがここにいると伝えろ」
「ロ、ロッキード……。」オークの男はその名前の意味するところを知り驚愕した。
「……待ってるぞ」
襟を放されると、男は連れとよろめきながら去っていった。ロッキードはカウンターに座ると、店主にアックァを注文した。
私はロッキードの隣に座った。
「……なぜ奴らがここに来ると?」
ロッキードは杯を傾けて言った。「この酒は俺たちにとって特別な酒だ。これ以外を酒とは呼ばんくらいにな。だが、この国がよそ者の手に渡ってからというもの、ほとんどこの酒は造られなくなった。出す店はほんの一部だ。オークならば、これを求めてやってくるはずだ」
「……なるほど。しかしオークとはいえ、必ずしもお前さんの知人とつながりがあるとは限らなかっただろう?」
「もちろんその時はきちんと謝るさ」
そういう問題では、絶対にない。
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