第六章 Suicide Is Painless

辺境のギルド

 私たちは近くの街の請負人レンジャーの寄り合いに足を運んだ。その街は旅人の交流地点のようで、道は凹凸おうとつだらけでまともな建物がなくかなり荒廃しているものの、ゴブリン、ラガモルフ、人間にドワーフといった雑多な種族・職種で溢れかえり活気に満ちていた。いや、むしろ人が絶えず行き来し、流れがこの場所が、自ずと街になったと言った方が良いだろう。もし人影がなくなったなら、途端にこの場所は打ち捨てられた廃村になりそうだった。大勢が並んでいる炊き出しの鍋からは、得体のしれない臭いがむせ返っていた。噛み砕けるものなら何でも入っていそうだ。彼らの生への執着と、その実その手段は問わない頓着の無さがそこにあった。

 そんな街にあるレンジャーギルドの寄り合いは、寄り合いというにはあまりにもお粗末だった。屋台のような建物の骨しかない。受付の組合員がひとり、その中でうたたねをしていた。その建物のベンチと机にレンジャーたちが座り情報交換と雑談を交わしているが、年期は感じさせるものの腕が良いとは言い難い男たちばかりだった。

 私は受付の犬型獣人ラウルフの老人に声をかけて起こすと、この界隈で騒ぎを起こしている盗賊団の詳細を訊ねた。老人によれば、その盗賊団はオークを中心としていて、並みのレンジャーでは皆返り討ちに遭ってしまうのだという。また、進駐軍も主だった都市以外には申し訳ていどの人員しかいておらず、結果として依頼はあるものの誰も受けず、賊は事実上の野放し状態になっているとのことだった。報酬は10000ジル、こんな辺境にしては破格の値段だった。

「ねえちゃん、あんたその依頼受ける気か? やめとけやめとけ」

 ベンチで麦酒を飲んでいる、レンジャーと思しき男が話しかけてきた。

「そんなビッグマネーを狙うんじゃなくって、もっと手堅く稼げる方法があるだろう」

 男は笑いながら自分の股間を掴んだ。物乞いと区別のつかない、可哀想なほどに痩せた男だった。長い髪も日陰のシダ植物のように薄汚れている。見ているだけでこっちが汚れてきそうだ。きっとタマネギも生で食べている。

「オーク相手にゃあよ、色仕掛けも通用しないぜ。それどころか、ビビッて別のもんで股間を濡らす羽目になるかもなぁ」

 男は前歯の抜けた顔で笑った。

「なるほど、“経験者は語る”といったところか」

「んだと?」男の表情が変わった。抜けた歯のせいでいまいち緊張感が出なかったが。「俺がオークにビビったとでも言いたいのかっ?」

「そう聞こえないのなら、私の言い方が悪かったのだろう」

 男はベンチから立ち上がった。

「このアマぁ、人が親切に忠告してやってりゃあ……。」

「嘲りを優しさというのなら、新しい辞書がいるな」

「あん? なに……辞書ぉ?」

「もういい、臭い口でこれ以上喋るな」

「テメェ!」

 男は机に立てかけてあった剣を取った。

 私は腰のホルスターから鞘ごと刀を抜き出した。

 男は鞘から剣を抜き出し構え、私は鞘から刀を抜かずに構えた。

「へ、へへ、何だよそりゃ、木の棒でやりあおうってか?」

 私は飛び込んで面打ちを放った。

「うおっ?」

 男は剣を横にしてそれを防いだ。

 面打ちを防いだまま男が言う。「このアマぁ、俺が本気になる前にやめておけよ……。」

 私は右手で鞘を、左手でつかを握っていた。そして鞘を押し込んだ状態で左手を引き抜刀し、鞘で剣を封じたまま刀身の切っ先を男の下あごに突きつけた。

「う……お……。」

「本気になる前にやられていたら世話ないな」

 私は身を引くと納刀した。

「まだやるかい?」

 私の問いに男が沈黙で答えると、私はきびすを返して帰っていった。


「どうだった?」

 街から戻ってきた私にロッキードが訊ねてきた。

「オークの盗賊団の手配は確かに回ってる。頭目の名がマーティンというのもな。もしかして、オークによくある名前なのか?」

「いや、きっと奴だろう……。」

「そうか……。アジトだが、ほとんどが返り討ちに遭っていて、正確な情報がつかめないんだ」

 その前にごたごたを起こして情報収集が上手くいかなかったとは言わなかった。

「その必要はない」

 私は得意げに言うロッキードを見た。

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