in the backstage─悪党②─

「……ふへぇ?」

 間抜けた声と共に木こりはリーガルを離し、そしてうずくまった。

「あ、あが……。」

 リーガルは木こりを見下して言った。

「……どうする? まだやるか?」

「……う……うぐ……お、お前、いったい……何を?」

 自分の顔を手で覆う木こり、指の隙間からは血が溢れ出ていた。

?」リーガルは肩をすくめて言った。「おいおい、違うだろ? お前が俺にさんざん頭突きをくれたんじゃないか」

「……何だとぉ?」

「さぁて俺は元気いっぱいだぞ、どうするんだ?」

「う、が、あ……。」

 木こりは膝を震わせながら立ち上がった。

「ラウンドツーだ」

 再び構えるリーガル、そして大男を仕留めるには心もとないパンチで木こりを殴り始めた。

「ほらほらどうしたっ」嬉々として木こりを殴りながらリーガルが言う。「俺をここで何とかしないと、女房子供が大変なことになるかもなぁっ?」

「な、なめるなぁ!」

 木こりは顔面から血をまき散らしながらリーガルの顔を大ぶりのパンチで殴りつけた。リーガルの体が吹き飛びそうなほどに傾く。辛うじて片足で立っているのがやっとだった。

「……ふむ。さっきほどの力は残ってないか」

 そう言うリーガルだったが、一撃で頬に腐ったトマトを張り付けたように顔がはれ上がっていた。

 さらに木こりはリーガルを殴り続ける。腐ったトマトは弾け、改めてリーガルの顔は血だらけになった。手数が多い分、より顔の裂傷は多くなっていた。リーガルが体を丸めると、木こりは腹を殴り、背中に肘打ちを入れる。

「とっとと失ろ! 俺のふまむひゅめの事をもう一度口にてみやれ! 納屋にゃやから斧を持ってきてお前の首を切り落とてやるッ!」

 うずくまっていたリーガルは木こりに抱きついた。そんなリーガルに、さらに肘打ちを入れ続ける。

「この野ほうっ」

 うの体で抱き着いていたリーガルは小さくつぶやいた。

「【割を食うのはお前だshort end of the stick】」

 そして、ヘイローたちは再び異様な光景を目にした。今の今まで攻撃をしていたはずの木こりの顔が、爆薬をぶつけたように弾けたのである。

 木こりはハエの羽音のような小さいうめき声を上げて崩れ落ちた。

 顔を上げたリーガルの顔は、再び傷ひとつ負っていない綺麗な顔に戻っていた。辛うじてあるのは顔のしわくらいだった。

「……さて」リーガルは乱れた服装を整え、ヴィオレッタとヘイローに目配せをして言った。「お邪魔するとしよう」

 リーガルが木こりの家に侵入すると、部屋の奥では彼の妻子が抱き合ってうずくまっていた。リーガルの姿を見ると、改めて母と娘は体と顔を寄せ合わせる。

「おやおや、これはこれは……。」

 リーガルはゆっくりと母娘に近寄った。そして母親の前にひざまづくと、人差し指で彼女の前髪をかき上げた。母親はおびえて顔をそむける。

「……何をする気」

 そう声をかけたのはヴィオレッタだった。水色の瞳でリーガルを睨み、紺色のドレスの懐の中の手にはナイフが握られていた。

 リーガルがふり返って言う。「お前こそ何のつもりだ? その手に何を掴んでる?」

「ほしいのは食料でしょう、その母娘おやこは関係ないわ」

「関係はない、ただ不運に巻き込まれたのさ。嵐が家を選んで破壊しないのと同じようにな」

 顔をしかめるヴィオレッタ、そんなヴィオレッタをリーガルは薄笑いを浮かべて見ていた。

「俺とまたみるか? 次はお前もあの木こりのようにしてやるぞ。お前の悲鳴、下手な喘ぎ声よりも色気があるからな、また今夜も聞きたくなりそうだ」

 ヴィオレッタはリーガルから顔をそむけた。

「あ、あ……やめ……。」

 意識を取り戻した木こりが家に入ってきた。

「あ、あなた!」

 顔がつぶれたトマトのようになっている夫を見て、妻はか細い悲鳴を上げた。

「ほぉ、見上げたもんだ、普通なら立ち上がれないほどのダメージのはずだが」リーガルは木こりの妻子に目をやった。「……なるほど、妻と子への愛か。……素晴らしい」

ひゅまと……むしゅめから……はにゃれろ……。」

「だったらやってみろ。ほれ、どうした? お前の大切なものが失われてしまうぞ? 男なら守り通してみろっ」

 リーガルはしきりに木こりを挑発する。

「う、うおおおおおおおっ」

 木こりはリーガルの前まで迫ったが、その寸前で歩みを止めた。なぜかリーガルへの攻撃が自分へ返ってくる、そのリーガルの異質な力をいやというほど体験していた。

「……どうした? 何を恐れる?」

 リーガルはニヤニヤと木こりをあざ笑う。

「う……。」

 リーガルは母娘の方を向いて、あえて木こりに見えるようにナイフを取り出した。

「ま、まへぇ!」

 木こりはリーガルへ背後から抱きつき抑えつけようとする。しかし、そこからどうしていいか分からないかった。攻撃がどうしてもできない。

「おいおい、妻子の前でカミングアウトか?」

「だまれぇ!」

 木こりはリーガルを引きずり倒した。木こりがリーガルの上に覆いかぶさる状態で倒れた。

「ほほう、少しは考えたな」

「つ、妻と娘に手は出しゃせんっ」

「ふん、だがだけだ」

「なに? ……ぎゃぁ!」

 木こりはリーガルの上から離れ、顔を抑えて床の上を転げまわった。リーガルの手には血の付いたナイフがあった。

「お前、どうして俺が攻撃しないと思った?」

「う……うぎぎ……。」

「安心しろ、お前の妻子には手を出さん」

 リーガルは母親の前で屈むと、ナイフを彼女に握らせた。

「何……するの?」と母親が言う。

「俺を刺せ」

「……え?」

「やめろ、リヴ。そいつの言うことに耳を貸すなっ」

「俺は今から娘を殺す。母親なら子を守るのが当然だろう?」

 リーガルはナイフをもう一本、懐から取り出し、それを娘の喉元に押し当てた。6歳になろうかという少女だった。

「や、やめて……。」

「だったら俺を殺せ」

「やめるんやリヴ!」

 リーガルはナイフに力を込めた。娘の喉から血が滴り始める。

「いやあああああああ!」

「ぐっ!」

 弾けるような母性本能が、彼女を動かした。ナイフがリーガルはの胸元に刺さっていた。

「く、くく……。」リーガルは木こりと妻に言った。「さぁ選べ、この割を食うのは誰か。お前らの中から三人、しっかりと家族会議してな」

「こ、こにょ外道!」木こりがずたずたになった顔で叫んだ。

「外道、な。果たして、この世界に正しい道があるのかどうか……ぐ!?」

 リーガルが苦悶して倒れた。首筋にはナイフが刺さっていた。ヴィオレッタのナイフだった。

 木こりの家族たちは呆気にとられてヴィオレッタを見る。

「……早くお逃げなさい」

 残身のヴィオレッタは、木こりの家族に告げた。

「は、はいっ」

 母親と娘が立ち上がり逃げようとする。しかし、その母親の足首をリーガルがつかんだ。

「逃がさんぞ」

「え? あっかっ……。」

 突然、母親が白目をむいて倒れた。彼女の首筋には刺し傷があった。そして同時に、リーガルのナイフの傷は完治していた。

「……え?」

 戸惑うヴィオレッタ、リーガルは首筋を撫でながら起き上がる。

「……酷いことをするなぁ」

「……そんな」ヴィオレッタはうろたえながら後ずさりする。

「お前だ、お前がこの女を殺したんだぞ」

「リヴ、リヴッ!!」

 木こりは妻に這い寄った。

「ふん、せっかく面白いところだったのにな。おかげでゲームの幅が狭まった。お前にこの傷を返してやりたいところだったが……まぁ、代わりにこいつを旅の道連れにするのもつまらなさそうだしな」

「リヴー!」

「うるさい黙れ」

 リーガルは倒れている木こりの前で膝をつき、血が流れる腹を抑えた。

「こうなってしまうと結果は目に見えてるな。どうする? この割を食うのは、お前か? それとも娘か? ……選べ」

 しかし木こりはただリーガルを睨むだけだった。

「答えないなら両方だ」

「き、貴様……。」

「どうだ?」

「……お、俺にしろ」

 木こりは血まみれの表情で弱々しく言った。

「何だ? よく聞こえんぞ?」

「俺にしろ、娘には手を出すなっ」

「……そうか、娘か」

「……なに?」

 リーガルは立ち上がると、娘の所に行った。

「待てっ、話が違うぞっ!」

をいったい誰がした?」

 リーガルは娘の頭に手を置いた。娘は過呼吸ぎみに息を荒げていた。

「やめろーっ!」

 木こりは血と涙で顔をドロドロに溶かして叫んだ。断末魔にも似た、生命を振り絞るような声だった。

「……そうか、ならやめよう」

 そう言って、リーガルは娘の頭から手を離した。腹の傷もいつの間にか治っていた。

「……え?」

「やめると言ってるんだ。やめてほしいんだろう?」

 部屋にいる全員が呆然としてリーガルを見ていた。

「で、食い物はどこだ?」

 リーガルは木こりを見る。

「食い物はどこだと聞いてるんだ! とっとと教えろ俺の気が変わらんうちにな!」

「お、奥の台所だ!」

「……そうか」

 リーガルはヘイローを見ると、顎をしゃくって指図した。ヘイローは飛び出すように台所に消えていった。

 リーガルは言った。「最初に言った通りだ、もらっていくぞ」

 そして、放心しているヴィオレッタに耳元で舐めるように悪意を吐いた。

「お前が余計なことをしなければ、この家族は誰も死ななかっただろうな」

 ヴィオレッタの体が、やなぎの枝のように力なく揺れた。


 水と食料を手に入れたリーガルは、馬に乗り出発した。

「……何か言いたげだな」

 リーガルは、自分の事を気にしているヴィオレッタに言った。

「……なぜあんなことを?」ヴィオレッタは言った。

「なぁに、遊びだ」

「遊びですって?」

「そうさ、たまに見たくなるんだよ、ああいう家族の茶番劇を」

「人が死んでるわ、あなたはそれを茶番劇とでもいうの?」

「茶番さ。この世界も、そして俺の人生もな」

「……。」

 リーガルは笑った。自嘲的であったが、そこにはひとさじの憎しみもあった。

「だからな、に教えてやるのさ。もうこの茶番劇が無意味だという事を。何もかもが茶番で、俺はもう奴らにつきあうつもりはないということをな」


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