in the backstage─悪党─

──


 森の中、三人の男女が焚火を囲んでいた。ひとりは黒づくめのリーガル、ひとりは小男のヘイロー、そしてヴィオレッタだった。ヘイローはせっせと火を絶やさぬよう焚火を見守り、時おり鳥竜に叱られ餌を与えるなどしていた。リーガルは木にもたれかかって眠っていた。そんなリーガルをヴィオレッタが薄い瞳で静かに睨んでいた。

 ヴィオレッタがおもむろに懐からナイフを取り出し、正面で寝ているリーガルに投げつけた。焚火の真ん中を、ナイフが銀色の軌跡を描き突っ切る。

「ぐぅっ!?」

 ナイフはリーガルの額に突き刺さった。

「ひ、ひぃっ」

 座っていたヘイローが驚いて腰を抜かし、背中からごろりと倒れた。

「貴様……。」ナイフが刺さったまま、リーガルがヴィオレッタを睨む。

 額からナイフを抜き取るリーガル。まったくの無傷のようだった。血すら出ていない。ヴィオレッタは表情を全く変えない。

「……あれだけ可愛がってやったのに、まだ懲りないのか。あいにく俺は疲れてるんだ、ゆっくり寝かせてくれ」

「人の都合を考えないあなたの都合を、どうしてわたしが?」

 リーガルが起き上がろうとすると、ヴィオレッタがぴくりと体をこわばらせた。

「……ふん」

 リーガルの深碧しんぺきの瞳が冷ややかにヴィオレッタを見下した。リーガルには分かっていた。ヴィオレッタはもう自分には逆らえないということを。

 ヴィオレッタはため息をつくと、仰向けに倒れているヘイローに訊ねた。

「次はどこへ?」

「……さ、さぁ」

「“さぁ”って……。」

「行き先はリーガルさんが決めてらっしゃいますからぁ……。」

「じゃあ、あなたは何のためにこの人といるの?」

「何のためって言われましてもぉ……。」

 大の大人のくせに、泣きそうな声を上げるヘイローにヴィオレッタはうんざりする。しかし、リーガルの意図が全くつかめないのは自分も同じだった。結局、自分も目の前の小男と自分は変わりない、ヴィオレッタはそう思うに至った。一方のヘイローは、どうしてヴィオレッタがリーガルから逃げようとしないのかが不思議だった。しかし、自分も同じようにリーガルから逃げようと思わないことには疑問を抱かなかった。


 翌日、三人は日が上がると出発の準備を始めた。

「……どうした?」と、リーガルはヘイローに訊ねる。元々挙動不審気味だったヘイローの様子が、いよいよ錯乱したネズミのように落ち着きがなくなっている。

「え……あ、いえ……じつは……。」

「何かあるならとっとと話せ。俺をほんの少しでも煩わせたら、その場で殺してやるぞ」

「ひぃええっ、あう、す、すいませんっ」

 身をよじるヘイロー。

 リーガルは有言実行しようと、ため息をついて懐に手を入れた。

「ひぃっ、許してくださいっ。じ、実は、昨日、町で旅の水や食料を買うのを忘れていたんですっ」

「……なんだと?」リーガルが言う。

 ヴィオレッタは苦笑した。

「ど、どうしましょうか? 町に戻りますか?」

 リーガルは大きくため息をついて、来た道をふり返った。

「そういえば、来る途中、家の灯りがあったな」

「そうですね、木こりの家か何かでしょうか?」

「ああいう家には保存食や水が備えてあるはずだ」

「はぁっあ!」ヘイローは奇怪な声を上げて相づちを打った。「なるほど、食料を分けてもらうわけですねぇ!」

「違う」

「へぇ?」


 三人が数分ほど来た道を戻ると、確かに森の中にポツンと建っている家があった。木を切るための多様な道具が、家の隣にある倉庫から見えていたので、木こりの家とみて間違いないようだ。

 玄関の前に立ちヘイローがドアをノックする。すると返事と共にきこりの大男が現れた。身の丈がヘイローふたりが肩車をしてもまだ届かないであろうほどの巨躯きょくだった。四十手前だが、ボリュームのある赤髪と、あご一面を覆う赤い髭のおかげで、大男は年齢よりの十歳は年長に見えた。筋肉もあるが、脂肪もふんだんにあり腹が大きく出ていた。その腹を無理に抑え込んだ緑色のベストのボタンが、今にもはち切れそうだった。

「……何だい?」

「あ、えと……はいぃ~」

 木こりに見下され、ヘイローがしどろもどろする。

「旅のものだ。水と食料がほしい」と、ヘイローの後ろにいたリーガルが言った。

 木こりはリーガルと、そしてヴィオレッタを見た。

「……悪いが、まだ冬が明けきれてないんでね。あんたらに施せるほどのもんはないよ。他を当たんな」

 木こりは家の中に戻ろうとする。

「そ、そうですよねぇ……。」

 申し訳なさそうに、ヘイローがリーガルを見る。

「……おい、デカブツ。俺の言ってることが理解できないのか? 俺がいつ“分けてほしい”と言った?」

「……何だと?」去っていこうとする木こりがふり返った。

「俺はな、水と食料がほしいと言ったんだ。……だから寄こせ」

 木こりは鼻で大きく息をすると、肩をいからせて外に出てきた。そしてドアの前に立つヘイローを腕で押しのけた。軽く押しのけただけだったが、体重差のあるヘイローは吹っ飛んで尻もちをついた。

 木こりは言う。「お前さんも、俺の言ってることが理解できないのか? 他を当たれ、と言ったんだ」

 リーガルは暗い笑いを浮かべて言った。「……交渉決裂、イベント発生だな」

「イベント……何?」

 怪訝な顔をする木こりの腹を、突然リーガルが殴りつけた。

「うぐぅ!?」

 リーガルは両の拳を握って構えた。

「……殴り合おうか?」

 突然の攻撃で面をくらったが、すぐに木こりは持ち直す。突然の非礼に加え、自分よりも小さな男に得意げに喧嘩を売られたことで、木こりの顔は彼の髪や髭よりも真っ赤に染まった。

「ふざけるな!」

 木こりが両手でリーガルを突き飛ばす。リーガルは大きく吹き飛び、地面に落ちてもその勢いが落ちずに、砂ぼこりを上げながら転げまわった。

 倒れているリーガルに木こりは大股で歩み寄る。足取りがすでにいかっていた。

 木こりは言う。「言っても分からんとは、俺の娘よりも聞き分けがないな」

 リーガルは立ち上がりながら言いう。「む、娘がいるのか……。」

 木こりはリーガルの襟首をつかんで持ち上げた。リーガルの足が宙に浮いていた。

「だったら何だっ?」と、リーガルの顔を自身の鼻につくくらいに近づけ木こりは言った。

「む、娘を……。」

「ああん!? 娘がどうした!?」

「娘を……俺にくれ」

 木こりはその言葉が出た瞬間、リーガルに頭突きを入れた。

「がぁっ」

「おいっ」木こりはヘイローを向いて言った。「この馬鹿はお前の連れだろう? とっとと連れていけっ。でないと五体満足で帰れんぞっ」

「そ……そう怒るな……がっ!」

 リーガルが言い終わる前に、木こりは頭突きを入れた。

「その減らず口が叩けなくなるまで俺の頭突きをくらいたいかっ?」

「娘がいるという事は、妻もいるだろうな……。」

「ああん?」

「お前の妻と娘ふたり一緒に……ぎぃぇっ」

 再び頭突きが入れられた。リーガルの鼻と口から血が吹き出す。そんなリーガルを見ながらヴィオレッタは疑問に思っていた。先日は自分の攻撃をすぐさま治していたリーガルが、なぜこんなに大人しく攻撃を受けているのかと。

「五体どころか、命まで失いたいか?」

「……あう」リーガルは両手を出して、許しを請うように言う。「も、もうこれで……十分だろ……。」

「それはお前が決めることじゃないんだよっ」

 リーガルが血まみれの笑顔で返答する。鼻がへしゃげ、前歯がへし折れていた。

「そうだなお前が決めてくれ」

「……何?」

 リーガルがうつむいて顔を上げた一瞬、その一瞬でリーガルの顔は無傷の不敵な笑顔に変わった。

「……え?」と木こりが言う。

「……え?」とヘイローも言った。

「……あ」ヴィオレッタは怪我の治ったリーガルではなく、木こりを見た。そしてヴィオレッタにつられてヘイローも木こりを見る。

「……あれ?」

 木こりの顔が、滅茶苦茶になっていた。鼻がへしゃげ鼻血が飛び出し、前歯はへし折れ口から血が流れていた。


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