in the backstage─どこかの話②─

 二十年前の大地震以前から残る集合住宅に帰宅すると、男は異変に気づいた。入口の虹彩認証こうさいにんしょうが自分の瞳に反応がしないのだ。何度もエラーを繰り返していた。あと一回で自動ロックがかかってしまう。

「……まいったな。ジーユー、冗談はやめてくれ。帰りが遅くなったのはパパが悪かったから」

 男は頭をかいて、子供のいたずらに許しを請うように甘い声で扉に語りかける。先ほどまで小型電磁砲で義体を破壊していたとは思えない変わりぶりだった。

 男は再度扉に声をかける。

「なぁ、本当に冗談でよしてくれ……よ……。」

 男は認証機のねじ穴がいることに気づいた。出かける前はこんな風ではなかったはずだ。

「……ジーユー」

 男は小型超電磁砲を抜き出し、ロック部分に発射した。扉の取っ手が爆発する。男は間髪入れず扉をけ飛ばすと、半身を一瞬だけさらして家の中を覗き込んだ。中は暗闇だった。この時間には妻と娘がいるはずだ。あかりがついていないはずがない。

「……インウェン、ジーユー、ドアを壊しちまったんだ、もう冗談じゃすまないぞ?」

 男は念のために暗闇に語りかけた。反応はない。

 男は玄関の灯をつけると部屋に入った。壁に背を預け、銃を構えながら慎重に男は奥へと入っていく。

 人の気配はある。しかし、妻と子供のものではなかった。

「……入りたまえ」

 まだ灯の着いていないリビングの方から声がした。

「もっとも、ここは君の自宅なんだから、わたしが許可をするのもおかしな話だが……。」

 聞き覚えのある声だった。

「……まさか」

 男がリビングに入る。リビングでは右目が義眼の坊主頭がソファーでくつろいでいた。坊主頭の男の背後では、男の妻と娘が義体の手下ふたりによって動きを封じられていた。さらに男のうしろにはふたりの手下が。

「……ジンチュー! どうしてっ?」

 歯をむき出しにする男だったが、妻と子供がまだ無事だという事が彼を安堵させる。 

「酷いじゃないか、君、首をはねるだなんて」

 坊主頭は自分の首を指でなぞった。

「良いニュースと悪いニュースだ。君にとって良いニュースは、君がはねた首は本物だということだ。そして君にとって悪いニュースは、わたしが殺されてしまっても、また

 “やり直せる”という言葉に男は反応したが、それに気づいた者はいなかった。 

「わたしは自分の記憶のバックアップを取っているんだ。例えこの体が破壊されても、何体も用意されたわたしのスペアに記憶を移して、また活動することができるのさ。いってみれば、わたしは不死なのだよ」

 男はジンチューの説明に驚愕するよりも、複雑な感情を交え安心した。

「……妻と子供を放せ、ふたりは関係ないだろ」男は言った。

 坊主頭は驚いたように左目を見開くと、せき込むように苦笑した。

「君ぃ、わたしを前にしてそんな台詞、よく吐けたもんだな」

 男は歯噛みする。相棒の家族がどうなったか知らない彼ではなかった。

「いいさ」ジンチューは手下に目配せをした。「君の妻と娘を返そう」

 手下たちは妻と子供を前に押し出した。

「インウェン!」

「一緒に末永く暮らせばいい」坊主頭は言った。

 手下たちが妻と娘を蹴り飛ばした。男は倒れそうになるふたりを抱きかかえる。

「あの世でな」

 手下たちの黒いスーツの袖から小銃が飛び出した。そして、手下たちは銃を連射した。

「うぐぅあ!」

 妻と子の体を高圧縮の力で放たれた針が貫き、さらに男の体も針が貫いた。

 家族三人は、血を流しながら抱き合ってカーペットの上に倒れた。

「う……うあ……。」

 男はまだ息があった。しかし、妻と子はすでに息絶えていた。

「インウェン……、ジーユー……。」

「……ふん」

 坊主頭は男に歩み寄り、そして男の顔の前で屈んで静かに語りかけた。

「どうだ? 喜びのあとの絶望は?」

 男は血を吐きながら坊主頭を見る。

「いいな、その眼。わたしに逆らったものがそうやって息絶える瞬間が何よりの楽しみなんだ。死ぬことのなくなってしまったわたしには、作りごとの芝居がもう心に響かなくってね。そういうむき出しの感情がじゃあなければ……ふふ」坊主頭は目を見開いた。「

 坊主頭は立ち上がった。

「次はあの女を始末してやる。あの恩知らずめ。君にその光景を見せられないのが残念だがな。……ん?」

 ジンチューの足首を男がつかんでいた。

「しつこいな、君のステージはもう終わりだ。十分楽しませてもらった。役者は出番が終わったら綺麗にはけたまえ」

「は……あ……ぐぅ……。」


──おめでとう、スペシャルスキル理を超えた力の発動だよ。この絶望が君を次のレベルに引き上げたんだ。


「……なんだと? 誰……だ?」男は言った。

「……どうした?」

 突然奇妙なことを言い出した男に坊主頭は言った。

「今際の際に幻覚でも……ぐぶ!?」

 坊主頭の体からに穴が開き、傷口から疑似血液が噴き出した。まるで、ニードル銃で射抜かれたような傷だった。

 坊主頭は膝から崩れ落ちた。

「な……なんだ? お前……何を……した?」

 体を震わせながら傷口の流血を抑える坊主頭、先ほどの余裕は光速で影を潜めていた。

「ボ、ボス!」

 手下が動くよりも前に、男は懐から小型電磁砲を抜き出し、正確に手下ふたりの頭を打ちぬいた。ふたりの頭にぽっかりと穴が開く。

 さらに体を回転させながら振り向き、男は後ろの手下ひとりの胸を打ちぬいた。

 もうひとりの手下が間合いを詰め、男が持っている銃を蹴り上げる。はじかれた銃が宙を舞った。

 手下は銃を取り出そうと懐に手を入れた。男は手下が銃を抜き出す前に、懐に入っていた手下の手に中段蹴りを入れた。手下は痛みと衝撃で床に銃を落とした。

 男はさらに素早い左右の肘打ちの連打で手下の顔面を攻撃する。手下も拳を振り回して反撃するが、男は切れのある左右の肘の動きで手下の両の拳を打ち落とした。拳を弾かれた手下は防御がワンテンポ遅れ、そのがら空きの胸部に男はショートレンジの右フックを叩き込む。

「ぐぶっ」

 体を最小限に、しかし体の全関節を駆動して繰り出された男のパンチは、至近距離ながら義体の胸部の装甲をも破壊せんばかりの強烈なものだった。内部にまで衝撃波が浸透し、手下がもんどりを打つ。

 手下は苦悶の表情で床の銃に目をやる。そして飛びついて手を伸ばし拾い上げ、銃を構えた。

 しかし男は素早く右手で銃を、左手で相手の手首を握ると銃を持ったまま手下の手首の関節を逆に極め、銃を奪い取り、至近距離で手下の眉間を打ちぬいた。

 男のダメージが坊主頭に移るという不可思議な現象が起こってから、10秒も満たなかった。その間に、男は室内の敵4人を始末し終えていた。

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