in the backstage ─美しき復讐─

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 ──リアルトラズからコルトへ至る道中にある宿場町の酒場


 ひとりの女が飲んでいた。寒気のするような白い肌に、首までの長さの濡烏ぬれがらすの髪は、光の当たり具合で青にも緑色にも輝いていた。瞳は視力があるのか心配になるほどの薄い水色、目鼻のつくりは繊細で、まるで人形のようでさえあった。コートを脱いだ体は艶めかしく、紺色のドレスは胸元が開き、深いスリットで足も大胆に見えていた。

 ひときわ目を引く女だった。普通ならばこんな彼女にはすぐにでも男が寄ってきそうなものだが、彼女の場合はそうではなかった。理由は彼女の顔にあった。左半分が焼きただれていたのだ。しかし女は前髪などでそれを隠すことなく、むしろ堂々とさらしているようでもあった。顔の火傷のおどろおどろしさと、それ以外の全てが放つ艶めかしさから、女はただ事ではない怪しさを周囲に放っていた。

 女は騒がしい一団が入ってくると、背中で彼らの会話を聞いていた。

 一団の、大きい目がぎょろりとしたやせ型の男が媚びるような声を立てて言った。「見ましたか、あの店主の顔っ。完全にボッツさんにビビってやしたぜ!」

 髭面の大男は上機嫌に酒瓶から直接酒を飲みながら聞いている。テーブルの上には、男たちが店主から奪った金貨が山積みにされていた。

「ここいらでボッツさんに料を払わずに店を開こうなんざ、ふてぇ野郎ですよっ。今度口答えしやがったら、娘が可哀そうなことになるって教えてやりましょうやっ」

「何だお前、あんなのが好みか?」と髭面の男が言う。

「こいつ、穴がありゃあ何でもいいんですよぉ」と、別の男が言った。

「あの、ご注文は……きゃぁ!」

 給仕の女が注文を取りに来ると、大きい目の男は女のスカートをめくり悲鳴をあげさせた。

 男たちの素行にうんざりした客の数人が、そそくさと店を出ていった。

 カウンターの女は立ち上がると、男たちの元へ歩いて行った。

「……何だ?」

 髭面の男が女に気づいて言う。

「ねぇあなた、わたしを買ってくれないかしら?」

 ため息のような声だった。必要以上に吐く息が多く、その吐息が男の頬を妖艶に撫でさする。

 女は髭面の男の膝の上に座ると、胸に手のひらを当てた。男の手下たちがヒューと声をあげる。

「ふん……。」髭面の男は女の濡烏の髪をつかみ、顔をそらさせた。「傷物には用がねぇと言いてぇところだが、なぁに、やってる最中は顔を枕で隠せばどうってことねぇか。具合さえよければな」

「……具合は良いに決まってるわ。あなた、わたしの体でさんざん楽しんでくれたんですもの」

 薄い水色の瞳がぎらりと燃え上がっていた。

「……お前はっ?」

 髭面に触れている女の手が、青白く光っていた。男がその手を見てはっと顔を上げた。

「逝きなさい」

 女が触れていた男の胸元の金属製のボタンが爆ぜた。数個のボタンは、男の胸を貫通し、体内の内臓を破壊する。

「ごぶぉ!!」

 髭面は口から血を吐き出し、椅子に座ったままあおむけに倒れた。

 倒れた男を見下して女は言った。「悲しいわね……。殿方って、一度抱いた女の事なんて、簡単に忘れてしまうものなのかしら……。」

 次に、女はテーブルの上の金貨に手を乗せた。

 髭面の手下たちは呆けていたが、ボスがやられたことを理解すると、一斉に「このクソアマぁ!」と、各々の武器を取り出した。

 しかし、男たちは一斉に挑みかかることはできなかった。女が使用した術の正体がつかなかったからだ。ボタンの存在に気づいていない男たちは、女が爆発系の呪文を使うのだと思っていた。

 取り巻く男たちの中心で、女はため息をついた。

「……機を逃したわね」

 女が言うと、彼女が手を置いていた金貨が光り、金貨は閃光を放って四方に散らばった。内気オドの込められた金貨が、弾丸のように男たちの体を穿つ。ある者は悲鳴を上げて倒れ、ある者は低く呻いてうずくまった。

 わずかに息のあった髭面の前に立つと、女は言った。

「……あなたたち、本当にわたしのことを覚えてないの?」

「う……ぐ……。」

 女は顔の火傷の跡を撫でた。

「つれないわ……。あなた達がわたしにくれたものなのに……。」

「……お……お前……。」

「あの時のあなたの仲間、あと三人、始末させてもらうわ……。」

 女は柄のない、状のナイフを懐から取り出し、倒れている髭面に刃を向けたた。そして、そのナイフが青白く光ると、ナイフは猛スピードで髭面の胸に突き刺さった。

「ぐぉ!」

 そして、女が人差し指と中指を突き立てると、髭面の胸に刺さったナイフはつられるように胸から飛びあがった。さらに女が口笛を吹きながら指を指揮者のように振るうと、ナイフは縦横無尽に飛び回り、動けなくなっている髭面の手下たちの首や胸を切り裂いて、戦闘不能だった男たちに完全なとどめを刺さした。

 酒場には男たちの亡骸が横たわり、その中心には、汗ひとつかいていない女が立っていた。

「……蒼星のヴィオレッタか」と、店内にいた客のひとりがつぶやいた。

 女・ヴィオレッタが、ナイフを釣り上げるように指を引くと、最後の男に刺さったナイフは胸から離れ、女の手の中に納まった。女は刃をぬぐうと懐にしまった。

 店内の誰もが、目の前の出来事に圧倒されていた。ただ一人を除いては。

 沈黙する店内に、拍手の音が響いた。ただ手を叩く音だけでも、嘲笑が読み取れるような拍手だった。

 一斉に、ヴィオレッタを含めた客たちが拍手の方向を見る。そこにはリーガルの姿があった。リーガルはヴィオレッタと目があった後も拍手を続けていた。

「……あなたは?」ヴィオレッタが問う。

「……たいしたものだ。典型的な雑魚だが、こうも鮮やかに殺してのけると実に気持ちいい」

「……そう」

 しばらく、リーガルとヴィオレッタは顔を見合わせる。リーガルの深碧しんぺきの瞳が爛々らんらんと輝いていた。

 やがてヴィオレッタは居心地の悪さを感じると、「用がないのなら、わたしは行くわよ」とリーガルから背を向けた。

 店を出ようとしているヴィオレッタに、リーガルが声をかける。「気に入った」

 ヴィオレッタがふり返り怪訝な顔をした。

「合格だよ、お前」

「……何のことかしら?」

「お前を俺のモノにする」

 ヴィオレッタは、そのリーガルの言葉にため息で答えた。

 リーガルはゆっくりと立ち上がった。その隣には小男のヘイローの姿があった。

 まるで、酒が入っているようなだらしないリーガルの足取りだった。しかし、隙だらけだというのに、ヴィオレッタは近づいてくるリーガルに薄気味悪さを感じ、懐に手を入れた。

「……それ以上近づかないで。あなた、レンジャー?」

「いいや。だが蒼星のヴィオレッタ、お前を探してここまで来た」

「……わたしを?」

 さらにリーガルはヴィオレッタに近づいていく。

「そう、お前は実にウケのいいキャラクターだ。旅を彩るにはちょうどいい」

「……何の話をしているの?」

 今度はリーガルが鼻笑いで返答した。

「……警告はしたわ」

 ヴィオレッタは懐に入れていた時点で、力をナイフに込めていた。そしてそれを懐から抜き出すとともにリーガルに投げつけた。だが、ナイフは直接リーガルには当たらず軌道をそらすと、リーガルの周囲を旋回し、そして背後からリーガルの喉を切り裂いた。さらにナイフは宙を廻ると、リーガルの胸にズブリと刺ささった。

「むぅっ!」目を見開くリーガル。

 ヴィオレッタが指を引くと、髭面の男たちと同じように、ナイフは見えない力で引っ張られ、ヴィオレッタの手のひらに収まった。

「また、賞金が上がったわね……。」

 ヴィオレッタはナイフをぬぐうと懐にしまい、ため息をもらした。

 リーガルから背を向け、再びヴィオレッタが店を出ようとする。すると、店内に薄気味の悪い声が響いた。それがリーガルから発せられるていることに人々が気づくまで、少しの時間を要した。そして、それが喉を切り裂かれたがゆえに歪になった笑い声だというのにも。

「……うそ」ヴィオレッタがふり返って言った。

 喉を切り裂かれ、胸を突かれたはずのリーガルがゆっくりと起き上がった。致命傷を負ったはずの喉と胸、その傷口の周りを不気味な細かい霧が覆っていた。

「……どういうこと」薄い水色の瞳を見開くヴィオレッタ。

 赤と黒、そしてベージュの霧が、リーガルの傷口に吸収されるように集まっていくと、開いていたはずの傷口は元に戻っていた。まるで、最初から傷など負わなかったかのように。はたから見ていたヘイローが、ひいいいと一応の味方であるにもかかわらず悲鳴を上げていた。

 両手を広げてリーガルが言う。「どうした? もう終わりか? 俺を退屈させてくれるな」

 ヴィオレッタは再びナイフを投げた。今度は旋回のようなフェイントを交えず、ナイフはリーガルの体を滅多切りにしながら空中を飛び回る。ヴィオレッタの法術の光もあいまって、リーガルの周囲には瞬く竜巻が起こっているようだった。

 ナイフの斬撃により血まみれになるリーガル。

「む、うぐぅ……。」

 リーガルが膝をつくのを確認すると、ヴィオレッタは飛び回るナイフを手の内に戻した。高めたオドを消耗し激しく息切れしていた。

 ダメ押しとばかりに、ヴィオレッタは再びナイフを投擲とうてきした。

 リーガルの胸に突き刺さるナイフ。

 さらにヴィオレッタが指をひいては突き出すという動作を繰り返すと、ナイフは幾度もリーガルの胸に突き刺さった。ナイフが刺さるたびに、リーガルの口からうめき声が漏れる。

「しぃっ!」

 ヴィオレッタが大きく体を引くと、ナイフはつり上げられた魚のように大きく弧を描いて彼女の手元に戻った。

 リーガルの方は、ナイフが体から抜けるとともに、うつぶせに倒れていた。

 倒れているリーガルを眺めるヴィオレッタ。仇を倒した時も涼しげだった彼女の額からは、熱い汗に混じって冷や汗も流れていた。

「く、く、くくく……。」

 リーガルの体を、再びよどんだ色の霧が覆い、またもやリーガルの体についた傷が戻り始めた。再生でもなく、魔法でもなく、傷ついたことが嘘であるかのように、ただダメージがなかったことになっていた。

「いったいあなた、何者なの……。」

 リーガルが立ち上がる。

 ヴィオレッタは、ついには恐怖を覚えてその場から逃走を図った。

 しかし、傷ついたことがなかったかのようなリーガルの脚に比べ、消耗していたヴィオレッタは簡単に追いつかれてしまった。

 リーガルはヴィオレッタの後ろ襟をつかんで引きずり倒す。

「どうした? どこに逃げようってんだ?」

「く……は、はなしてっ」

 ヴィオレッタは振り向きざまに、ナイフでリーガルの顔を切った。

「ゔっ」

 リーガルの顔から鮮血が飛んだ。

「……そんな」

 しかし、その傷も、あの霧に覆われすぐに消え去った。

 リーガルはヴィオレッタの頬に裏拳を入れて吹き飛ばした。

「あぁ!」

「じゃじゃ馬も嫌いじゃあない」

 そして、倒れているヴィオレッタの襟をつかむと、「可愛がってやる」と言って、彼女を引きずりながら店の奥に消えていった。

 店内は呆然としていた。ヘイローを含めそこにいた人々は、ふたりの消えた店の奥を見ながら、ただ凌辱されるヴィオレッタのうめき声を聞くだけだった。  

 

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