捉えどころのない男
それから、ロッキードは水桶くらいはあろうかという胃袋に酒と馳走を収めきった。大ぐらいを村人や団員へのサービスで見せつけていた節もあったが。そして巨体を揺らしながら、上機嫌に村のはずれの旅籠屋に私と戻っていった。
「……大丈夫か?」私は千鳥足になった連れを心配して声をかけた。
「んああ、だいじょうぶだ」
多少の心配はしたものの、この男が窮地に陥るなど想像もできない私は、軽い言葉を交わしてそれぞれの部屋にはいっていった。
明け方、私は目を覚ますと井戸へ水を汲みに部屋を出た。私の悪いくせのひとつに、建物の中を歩くときには、物音を立てないように歩くというのがある。別にやましいことがあるわけではないが、そうしていれば不意の事態が起きても有利につけられるという処世術の
ロッキードの部屋を通り過ぎようとしたとき、ロッキードの部屋の扉が開いていた。別にのぞき見をするつもりはなかったが、ベッドの上に座って外を眺めているロッキードの横顔を見て私は足を止めた。ロッキードは仲間の遺品が入った荷物袋を抱えていた。
(もう起きているのか……。)
ロッキードの肩が震えていた。寒いのだろうか、そう思った矢先、ロッキードの小さいうめき声を上げた。それは、屈強な肉体から耐えきれずに漏れ出た感情の切れ端だった。強さに裏打ちされた余裕の張りついていた顔は、生まれたばかりの赤子のような脆弱な泣き顔をさらしていた。
私は、やはり物音を立てずにその場から去っていった。
※
私たちの隣に、流れ者の二人組が座ってきた。オーダーを店主が訊くと、ふたりは飲めればなんでもいいと答えた。私に近い方の男が色目を使ってきたので、店主に断って女と席を移動した。何か男が捨て台詞を吐いたが、連れの男にそれを嗜められていた。
テーブル席について私は言った。「……それからは、何かさめてしまってね」
私は根元まで灰になったシガレットホルダーの煙草を、新しいものに取り換えた。
「……どういうことなのかしら」と女は言った。
「さぁてね、もしかしたら、あの犬の話は本当の事だったのかもしれないし、そうでなくても、戦時中の嫌な記憶を思い出したのかもしれない」
「……それとも、罪の意識にさいなまれていたとか」
「それもあるかもしれない。私は彼としばらく旅をしていたが、結局彼の事は分からずじまいだった。きっとこういう事だったんだろうとは思うが、それももしかしたら正解とはほど遠いかもしれない。……けれど今になって思うんだ、アンチェインとはそういう男だったのだと」
「そういう男?」
「閉じ込められている牢の壁をぶち抜く、繋いでいる鎖を引きちぎるから、それだけが
「……捉えられない、まるで戦後をさまよう幽霊みたいな奴ね」
「……そうだね」
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