スカウト

 私たちが最初の村に戻ると、私たちに気づいた大道芸人の座長が手をこすりながら近づいてきた。偽物のシルクハットと安物でほつれの目立つ燕尾服の、痩せた長身の男だった。鼻の下にある、ピンとはねた口ひげは付けひげのようだった。

「いやぁ~、お待ちしておりましたよ~。」

「……私たちをか?」

「ええ、ええ、村で貴方がた、特にお連れの方をね~」

 私とロッキードは顔を見合わせる。

「我々メラノ一座は、祝祭カーニバルで出し物をやっておりまして……。」手の隙間から空気の音が漏れるくらいに強く座長は手をもみ続ける。「うちの一座はエンジョイ&エキサイティングがモットーでして、とぉっても刺激的な出し物をゆく先々で提供しているのです」

「そうかい、それは楽しみだな」私は文面とはまったく裏腹の声で言った。

「ええ、ええ、それで、当一座の出し物の一つに、カーニバルレスリングがございまして……。」

 カーニバルレスリング、デカい男たちが舞台の上で疑似的な戦いを見せて客を喜ばせる催し物だ。特にこういう旅芸人の一座がやるものの場合、観客が退屈しないよう、また重傷者が出ないように、最初から試合の流れと勝敗を決めている場合が多い。稀に、観客から対戦相手を募って戦わせる場合もある。レスリングとは言うものの、興行によっては拳を使うのがメインの拳闘の場合もあるし、剣劇の場合もある。

「暇があったら見に行くよ」私は言った。

「それはそれはありがとうございます。しかし、実はですね、声をかけさせていただいたのは、決して興行のお誘いではなく、折り入ってお連れの方にお願いがあるからなんです」

 私はロッキードを見る。彼の表情に突っぱねる様子はなかった。

 私は代わりに言った。「……聞こう」

「はぁ~ありがとうございます」座長はぺこぺこと頭を下げた。「実は今申しました、カーニバルレスリングなんですが、実はそれに出るはずだった当一座の目玉の大男が舞台の設営中に怪我をしてしまいまして……。彼がいなければ興行が成り立たないのですが、しかしもうさんざん宣伝をしてしまった後、すでにお客様の期待は高まりに高まっておりまして、にっちもさっちもいかなくなりほとほと困り果てていたいたそんな折、貴方様をお見掛けいたしまして、わたくしピーンと興行主の勘が働いたわけでございます」

 催し物の前口上のような話し方をする。この男にはこれが日常になっているのだろうか。

「……もしかして」

「その、“もしかして”でございます。そちらのお連れの方に、是非とも当一座のカーニバルレスリングの闘士として舞台に上がっていただきたいのでございます。もちろん、謝礼の方はお支払いさせていただきますので、何卒なにとぞ……。」

 聞いていたロッキードは余裕の笑みを浮かべていた。もっとも、この男の笑みはいつだって余裕の笑みなのだが。

「……路銀に困っていたところだ、やろう」

 二つ返事だった。

 座長は何度も頭を下げながら、後で自分たちの仮設の舞台小屋に来てくださいと言い残し去っていった。

 私は言った。「……良かったのかい?」

「言ったろう、路銀に困っていると。これでお前に借りた金を返せる」

 食事代、宿代、そして高額を吹っかけられたランプ油代、すべての返済の足しになるかどうか。

「そうかい、それならいい。だがね、いい気分になっているところ悪いが、ああいうところから出る謝礼なんて、たかが知れてるぞ。酷い時には払いすらしないでなんてこともあり得るんだ。その日暮らしの奴らだ、その日さえしのげれば後はどうでもいいと思ってる」

「クロウよ、人は先々を考えるとき、最良の場合と最悪の場合ばかりを予想しがちだ。しかしな、人生の先達の意見を言わせてもらうと、往々にしてそのどちらでもない、どっちともいえぬ結果に終わるのが世の常なんだ」

「……なるほどね」

「それに、俺のこんな体でも喜んでもらえるのだ。働く甲斐があるというものだろう」

 ロッキードは力こぶを作って見せた。彼がこのパフォーマンスをする場合、あまり良い結果にならない前振りのように見えるのは気のせいだろうか。

 ロッキードは葉巻をくわると、張り詰めて光沢を帯びた力こぶでマッチをって火をつけた。たいしたパフォーマンスだ。しかし、観客が私ひとりだけのところでそれをやってもおひねりは飛んでこないのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る