馬鹿げた強さ

 さて、分かり切っていることをいちいち説明する必要はない。それから夜が明けようとする頃に、ようやくロッキードのお出ましだった。閉じ込められていた倉庫から、外の声でそれが分かった。

「……ようやくお出ましか、待ってたぞ」頭の声が言った。

「……女はどこだ?」ロッキードの声が言った。

「この村にいる。戻ってくるかどうかはお前次第だ」

「……無事なのか?」

「死んでたら人質にならないだろう」

「……そうか。では、頼みがあるんだが」

「なんだ? 命乞いか?」

「いや、このまま武器を捨てて、この土地から出ていってくれないか?」

 しばらくのあいだ、沈黙が流れた。私もその場にいたらそうなっていた。

「……何言ってんだ?」

「お前たちを不必要に傷つけたくないんだ。お前らがこのまま出ていってくれれば、町の人間にはそう報告しておく」

「……ふ、ふざけるな、立場分かってんのか!? お前が下、俺たちが上だ! 忘れるなよ、女が人質になってるんだぞ!?」

「だからこそだ。誰も傷つく必要はないだろう。お前たちがいなくなれば、それですべて丸く収まるんだ、分かってくれ」

「お前らが土に眠れば、それはそれで丸く収まるだろうが!」

「……何人死ぬと思ってる?」

 とても自然な口調だった。脅しなどではない。という予定の話だ。

「……人質がどうなってもいいのか?」

「この稼業が何たるか、それが分かってここにいる女だ。覚悟はできてるはずだ」

「なら……何のためにお前はここに来たんだ」

「女を助けるためだ」

「……話がいまいち噛み合わないな」

 かしらはそう言うが、私にはロッキードの言うことが何となく理解できた。奴にはすべての結末を受け入れる準備ができているということだ。私の死も奴らの死も自分自身の死も。そのすべてを回避したいと思いながらも。しかし、それはある意味、すべてを失いかねない無茶な考え方でもある。

 すると、大声が響いた。

「クロウ!! どこにいる!? いたらば声をあげろッ!!」

 さるぐつわをされてないのが救いだった。私は、倉庫の中から大声で明り取り(建物の壁の上部にある小窓)に向かって声を張り上げた。

「ここにいるぞロッキードッ!!」

 男たちが走ってくる音が聞こえた。きっと、私を盾に使うつもりなのだろう。そして遅れて地鳴りのようなロッキードの足音が。

 男たちの方が早い。近くにいたし、足取りからして場所に確信があった。どうやら、事はうまく運びそうにない。そう思っていた矢先……。

 倉庫の壁がけたたましい音と共に破壊され、モスグリーンの塊が私の眼前に飛び出してきた。ロッキードだった。どうやら、私をはね飛ばす可能性は考慮してくれなかったらしい。

 私は言った。「……ロッキード」

「無事だったか、クロウ」

 ロッキードはそう言うと、体を熊の様に振って砂ぼこりを体からふるい落とした。そして私に近づくと、私の手にかけられている鎖の手錠をつかみ、力任せに引っ張って鎖を引きちぎった。

「……鉄の鎖を」私は口にせざるを得なかった。

「焼きが悪い鉄だったみたいだな」とロッキードは謙遜にもならない説明をした。そういう問題では絶対にない。

 ロッキードは立てるか? と手を差し出した。

 私は毛布一枚で裸を隠しつつ、ロッキードの手を取った。

 私を改めて見て、その姿の意味を知った途端、ロッキードの目がとても穏やかになった。穏やかなのに、私の背筋は凍り付いた。それは言葉を話すのに会話が成立しない、そんな獣の瞳だった。

 ロッキードは立ち上がると、自分がぶち抜いた倉庫の壁の穴から再び外に出ていった。穴から差し込む朝日が、ロッキードの姿を照らしていた。

──アンチェイン

 その時、この男の通り名の意味が分かった気がした。縛る手段がない、閉じ込める場所がない、それを地でいく男なのだと。

 倉庫の周りには盗賊が集まっていた。盗賊たちは形勢が逆転したことが分かっていた。戦意は既に消え始めている。そんな面々を前にしてロッキードが言う。

「……気が変わった」

「……なに?」頭が言う。

 ロッキードは悠然と頭の前に歩いて行った。さっきまで、殺したくないと言っていたロッキードの接近を、盗賊たちはいともたやすく許していた。

「……あ」

 ロッキードが、かしらあたまと顎を、右手と左手でそれぞれつかんでいた。

 ふんっ!

 目を背けたくなるような、神経に響く音がした。

 そして次の瞬間、私を含めその場にいるすべての者が歪な光景を目にした。

 それは、顎が天を向き、頭頂部が地面を向いている、顔の位置が逆転している人間の姿だった。

 かしらは絶命して膝から崩れ落ちた。

「皆殺しだ」

 ロッキードは静かに言った。そこには激しい怒りも憎しみも感じられなかった。しかし、その清流は激流よりも遥かに底が深かった。

 ロッキードは手を盗賊のひとりに伸ばし、技術もひったくれもない馬鹿力で地面に引きずり倒すと、その盗賊の足首をつかんだ。一瞬だった。これだけの図体でも自重じじゅうは負担にならないらしい。

「うお!?」

 ロッキードは、男の体を石の入った袋のように振り回し始めた。

 武器は持っていなかった。そんな状況とはいえ、どうしてこんな発想に至るのか、ロッキードは人間を武器にして振り回し始めたのだ。物のごとく振り回された哀れな盗賊は、最初は抵抗していたものの、やがてやる気をなくし、息はあっただろうが死に体になって運命を待つようになっていた。

 人類が目にしたこともない武器をロッキードがふり回すと、子供がたわむれに藁の束を木の棒でそうするように、人間が面白いように宙に舞った。

 強盗のひとりが、ロッキードに槍を突き立ててきた。

 その攻撃を、ロッキードは軽やかな動きでキャッチする。馬鹿力だけではない、たいした反射神経と動体視力だ。

 そして槍の柄を引っ張り男がつんのめると、盗賊の顔面をバカげたサイズの手のひらでつかみ、岩に生えた苔をそうするように、顔面から肉をむしり取った。

「ぎ、ぎぃやあああああ!!」

 クロスボウを打ってきた相手に対しては、殺した盗賊を盾にして悠々と歩を進める。そいつが恐怖して逃げたならば、死体を投げつけて転倒させ、無理やり起き上がらせるとヘッドロックをかけた。男の首にロッキードの剛腕が巻き付いて骨がへし折れるまで、一秒も要しなかった。

 さらにまとまっている盗賊に対して、ロッキードは巨躯を激しく揺らしながらの体当たりを、男たちを積み木の様に弾き飛ばした。

 ロッキードは倒れている男のひとりに歩み寄る。

「う……あ……。ぐぎぇ!」

 そして盗賊の胸を踏み潰した。男の胸が、雨でぬかるんだ地面をそうしたみたくへこんでいた。

 起き上がろうとしている男の腹をロッキードが蹴り上げると、男は屋根よりも高く空に舞い上がった。そしてさらに落ちてきたところを、ロッキードの振り回された剛腕が迎え撃つ。盗賊は垂直に落ちて水平に飛んでいった。

 さらに、ロッキードは倒れている男ひとりの襟をつかんで持ち上げた。

「た、頼む……故郷に、家族が……。」と男は哀願する。

「お前の様な夫や父では、妻子はさぞ不名誉なことだろう。……気の毒だ」

 ロッキードは男の頭にもう片方の手を置いた。

「ロッキード!」私は呼びかけた。

「なんだ?」

「お前さんが考えているようなことはないっ」すでにズボンを履いていた私は、上着の袖に腕を通しながら言った。「逃げられないように全裸にされただけだ」

 ロッキードは男を見た。男は涙を流しながら何度もうなずいた。

「ややこしい真似をするなッ!」

 そして頭をつかむと、ロッキードは男の首を曲げてはいけない方向に折り曲げた。

 13人ほど殺されたあたりで、盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。大人と子供、というレベルではなかった。この地上にここまで理不尽な戦力差があっていいものかと、味方の私でさえ恐怖してしまう絶望的な強さだった。

 そして私は思った。この男を、いったいどうやって倒せと言うのか。

 

 ロッキードは私を振り向き、ひと言「帰るぞ」と言った。


 ※


「話ぶりからすると……。」女は言った。「貴女は目的があってアイツに近づいた、という事になるのかしら?」

 店主が女の前に二杯目の麦酒を置いた。女はすぐにはそれに手をつけなかった。

「そのとおり」私は言った。「私がアイツと出会ったのは偶然じゃない」

 私は二本目の煙草をシガレットホルダーに差し込み火をつけた。

「すべては仕組まれていたことだった。幾重もの思惑の絡んだ旅で、しかし誰の思い通りにもは運ばなかった。ただ結末だけがあったんだ。……少しさかのぼることにしよう」

 私は女を見た。女は怪訝けげんな顔をしていた。

「そんな顔をしなさんな。仕事じゃないんだから、私だって適当に、行き当たりばったりで話をさせてもらうよ」

 カウンターの隅ではさめざめと泣いている妙齢の女がいた。誰も彼女に話しかけようとしない。きっと私が暇でもそうしただろう。何故かと言われると困るが、もし彼女に話しかけても「ほっといてよ」と迷惑がられるのが分かるからだ。彼女は誰かにかまわれたがっている。しかし、同時に拒絶する準備も出来ている。つまり、女は浮き彫りになった孤独を味わいたいのだ。


 ※

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