闇夜の刃

 夜が来る前に、私たちは盗賊団のアジトへ向かった。そして周囲が暗くなるまで、森の中で身を隠した。私の読みは外れていた。盗賊団は、建物の灯りをいくつか残していた。

「じゃあ行ってくる」

 しかし、闇はある。そこにうまく身を隠せば首尾よくいくはずだ。私は単身乗り込んでいった。私の懐にあるのは、刃を炭で黒く塗ったナイフ、名付けてヒドゥン・レイザー闇夜の刃。単純な道具だが、暗がりでこれを投げつけられては、所見でかわせる奴はそうはいない。

 アジトの廃村に降りると、私は闇を伝って奥へ奥へと進んでいった。物音がほとんどしない。もう寝静まったのか? 農民並みの生活リズムの盗賊団だとでもいうのだろうか。 

 私が人の気配のする建物に近づくと、「た……助けてくださぁい」と、わずかに聞き覚えのある声が聞こえた。慎重に、音を立てずにそこに近づくと、そこには昼間話しかけてきた、役立たずの小男が縛られて座らされていた。

「……お前さん、どうしてここに?」

「ち、ちきしょう……。あなたたちの仕事を横取りしようと仲間と討伐に来たら、逆に返り討ちにあってしまったんですぅ……。」

 ……度し難い馬鹿だ。

「……仕方のない奴らだ。私たちが仕事を終えるまで、そこで待ってろ」

「そ、そんな。待ってくださいよ、この縄を先にほどいてくださいっ」

「馬鹿、大声を出すな」

「頼みますぅ、あなたの仕事を手伝いますからぁ」

 小男は状況を覆しそうなほどに、笑いを誘う声で言った。

「けっこうだ」

 私は去ろうとした。

「待ってください、な、仲間が心配なんです」

「……分かったよ。とにかく物音を立てるなよ」

「え、ええ……。」

 私はナイフで荒縄を切って、男を解放した。

「お前さんたちは何人でここに来た?」

「ご、5人ですぅ」

 5人? その人数で20人はいるの盗賊とやりあおうとしたのか? 私は露骨に男を蔑む目で見た。

「……まぁいい。で、仲間はどのあたりに捕まってる?」

「……灯りのついてる小屋だと思います」

「……まいったな。あそこは後回しにしようと思ってたんだ」

「頼みますよぉ」

「別に、はなっから捨てたような命だろ? 私の計画でやらせてもらう」

「そんなぁ……。」

「情けない声を出すな。昼間の威勢はどこ行った?」

 私は小屋から顔を出して周囲を見渡した。やはり人の気配がしない。

「……なぁ」私は言った。

「なんですぅ?」

「個々の奴らは夜は寝てるのか? それとも、外に盗みに出かけてるとか?」

「そんなはずはありませんよ? ついさっきまで賊がここにいたし、話をしてたのだって聞いてたんですからぁ」

 私は耳を澄ませる。こいつが聞こえていたのに、私に聞こえないなんてことがあるだろうか。建物の向こうを、虫の音や風のざわめきを排除して人の作る音に集中する。そして、私は策略に見事にはまってしまった。目の前が、私の目でも見通せないくらいの闇で染まり、激しい殴打が背中に走った。

 ああこいつ、賊の仲間になってたのか。そう思った時には遅かった。やはりクズに施すのは間違っていたし、敵と見たならばとっとと切ってしまえば良かったのだ。まったく、恨むぞロッキード。


 麻袋が外されると、そこには盗賊団の面々が雁首をそろえて並んでいた。皆、一様に貧相な顔をしている。飢えた山羊だって、こいつらを見れば憐んでんでいる草を分け与えそうだ。

「へ~、こんな女に仲間がやられちまったっていうのか?」

 初老の男が言った。立ち位置からして、こいつが賊のリーダーといった所だろう。褐色の肌は、農作業に長く従事していた証拠だ。細く引き締まっている腕は、力がありそうではあるが太くはない。これも長い年月農作業をやっていた体だ。兵士くずれやレンジャーくずれは見当たらない。やはり、こいつらは食い詰め者の盗賊団らしい。

「やったのはほとんどオークですよ。こいつは悲鳴上げながら逃げ回ってただけです、僕の後ろに隠れたりして。まぁ仕方ありませんよ、か弱い女性ですからねぇ」

 さっきまで縛られていた男が、肩まで届く黒髪をかき上げて語った。たいしたものだ、こんなところでも意味のない虚勢をはって見せるとは。

「じゃあ、その肝心のオークはどこにいるんだ?」とリーダーが言う。

「この女がまず乗り込んで、そのあとそのオークが乗り込んでくるって算段だったらしいですぅ」

「へ、女を頼りにするとはふぬけたオークだぜ」

「けれど、腐ってもオークです──」

 お前らは腐ってどうしようもないがな。

「──先日の戦いぶりを見る限り、かなりの使い手ですよ。下手したら、こっちが全滅させられるかもしれません」

「こっちは20人、お前らを入れたら25人になる。それでもか?」

「いぇ、ただ、あくまで用心に越したことはないと……。」男の声がか細くなる。

「いい加減、下手な見栄を張るのはやめた方がいいぞ」私は口をはさんでやった。「覚えてるだろ、あいつの戦いっぷり。素直になれよ、ビビってるって。奴を敵に回したら、例えお前さんたちが50人いても、50秒ともたんだろうね」

「だ、黙りなさいよっ」

「それにね、どれだけ策をろうしたところで、お前さんたち全員が無事で済むなんてことがあると思うか? なぁ、どれだけいるんだ? 仲間の為に、真っ先に頭を弾き飛ばされてもかまわないってやつが?」

 かしらが口を開いた。「……確かに、どんな愚鈍なオークだろうと、無傷で仕留められるとは思えないな。だが……。」

 頭は私に顔を近づけた。男の加齢臭が喉を刺激する。

「お前が人質になってるなら話は別だ」

 男たちは私を見下して、ほころぶ口元を隠し切れていなかった。

「……なるほど、だとしたら質草は無傷にしとかないと、価値がなくなるね」

「口が回る女だな。息をしていれば別にかまわんだろう?」

 私は息を止めてみた。かしらは鼻でそれを笑う。

「こいつら女日照りが長いんだ、分かるよな?」

 今ここで、待ってました真打ち登場とばかりにロッキードが颯爽と登場してくれないだろうか。あいにく、私はそんな都合良くことが起こるはずがないことを、この稼業を続ける中で嫌というほど教え込まれてきたのだが。

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