出会い


「ちょっと待って」と、女は少し慌てて私の話を遮った。

「……なんだい?」

「え、だって、いきなりそこからなの?」

「お前さん、奴の最期を知りたいんじゃなかったのかい?」

「そうだけど、そこから始めるのは流石に……。もう少し順を追っていただけない?」

「なんだい、話だけと言ったのに。結構注文を付けるんだな。……分かったよ、大体どのあたりから知りたいんだい?」

「それは…アイツがどんな奴だったか分かるような……。」

「それじゃあ、アイツに初めて会った時の話をさせてもらうよ」

「ええ……。」



──黒王同盟テイジン小国旧領の山間部

 

 冬の終わりが近づき、しかし草花がまだ戻らない山道。木々は丸裸で、山は老人の頭部の様に元気をなくしていた。私が冬場は使っていない、木こりの休憩所の山小屋の前で待っていると、遠くから幌馬車がやってきた。

「……アンタがクロウかい?」私の前で馬車が停まり、御者が訊ねてきた。

「ああ、そうだ」私は答えた。

「女だとは聞いていたが……まぁ乗りなよ」

 私は幌馬車に乗り込んだ。

 私はその時、とある豪商人から、貨物の護衛を依頼されていた。そして、もう一つの依頼も。

 馬車の中には商人の部下と、すでに私と同じように豪商人から依頼を受けたレンジャーが6人乗っていた。彼らは物珍しそうに私を見たが、すぐに目をそらした。馬車の中が、女を冷やかす雰囲気ではなかったからだ。

 馬車は十分に広かった。にもかかわらず、5人の男たちが片方だけに座っているため、片方の腰掛だけがすし詰めになっていた。もう片方の腰掛にオークが座っていたからだ。オークは腰掛の端に座っていた。物静かなオークだった。しかし、体つきが異形だった。魔術で肩に足をつけなおしたのではないか、はたまた新しく発見されたオークの亜種ではと疑ってしまうほどに肩が広く腕が太かった。平静を装っていたが、そいつを見るなり私の背筋には戦慄が走った。苔の生え、丸く滑らかで、どう動かしていいか、どこを打てば欠けるのか皆目つかない、そんな岩石を想起させる男だった。その隣にはその男の得物とみて間違いない、大の男ふたりでも運ぶのに苦労しそうな戦槌が立てかけられていた。

 私は空いている方、オークの隣に座った。

 全員が、オークの隣に率先して座った私を見ていた。当のオークでさえも。

 私は言った。「……なんだ、女がそんなに珍しいか?」

 オークは垂れた目を見開くと、「失礼」と言って目をそらした。

 それからしばらく馬車は走りつづけた。山沿いの森を抜け、谷間の道を通り過ぎていると馬車は突然止まり、「くそ!」と言う御者の声が外から聞こえた。

 御者は言った。「お前たち、木が倒れて道が塞がれてる。降りてどかしてく……ぎゃあ!!」

 私たちレンジャーは顔を見合わせた。すぐに血液の流れが激しくなる。程度の差はあれ、私たちは危険には敏感だ。

 下手に馬車に残ると危険だった。私は真っ先に馬車から飛び出すと、地面を転がりすぐに構え、臨戦態勢を整えた。

 すでに馬車は盗賊団に囲まれていた。御者はすでにクロスボウで射殺いころされている。

 素性の確認などいらない。私は一番近い強盗に駆け寄り、居合切りで胴を切り裂いた。

 さらに槍を構えている男ふたりに飛びかかり、足で槍の柄を踏んずけて間合いを殺し、左右の切り上げで始末した。

 私が3人を倒したところでようやくレンジャーの4人が出てきた。随分とのんびりしている。化粧直しでもしてたのだろう。

「え? 嘘だろ? こんなに多いのか?」と、レンジャーのひとりがうろたえた。

 やかましい、どれだけ多かろうが間合いに入るのはせいぜい4人だ。

 男たちは見事なまでにだった。および腰で5人でかたまり、その場から動こうとしない。自分たちから包囲して殺してくれと頼んでいるようなものだった。私はそんな男たちを無視して、次々と盗賊に切りかかった。しかし、やはり多勢に無勢、私も次第に盗賊たちに囲まれ始めた。

 仕事の前に命を落としていたら話にもならない。

 すると、獣の咆哮が辺り一面に響き渡った。木々さえも身をすくめるほどの咆哮だった。

「!?」

 咆哮の主はオークだった。

 オークは咆哮で私たちごと場の空気を制すると、地鳴りを上げて突進してきた。静かな岩は、今では崖を転がり落ちる土砂崩れになっていた。

 一見すると、オークはでたらめに敵に突っ込み、でたらめに戦槌を振り回しているようだった。しかし、その動きは正確に盗賊を追い詰め、無駄なく敵を弾き飛ばしていった。その様は戦いというよりも木こりの芝刈りで、まるで男たちは殺される順番を待っているようでさえあった。面白いように大の男たちが宙を舞う。私も負けじと強盗たちを切り裂いていった。


 私とオークの働きによって盗賊たちは一掃できた。結局、残りの男たちは私とオークが倒した盗賊の、まだ息のある者にとどめを刺す程度の働きしかしてくれなかった。 

 盗賊を返り討ち、もとい全滅させると、私は商人の部下に詰め寄った。

「……おい」

 商人の部下はのけぞりながら言う。「な、なんだ?」

「見たか?」

「……え?」

「見たかと聞いてるんだっ。お前さんが雇ったレンジャー、私とあのオーク以外はまるで使えないぞっ」

「あ、ああ、まぁそうだが……。」

「今すぐアイツ等を首にしろ。そして、浮いた分を私とあのオークの報酬に回せ」

「な、なんだって?」

 商人と一緒に、後ろに控えていたレンジャー5人も声を合わせていった。

「そっちの方がいいだろ? 全部寄こさなくてもいいんだ。せいぜい報酬を倍にしてもらえば」

 5人の男たちは、それぞれ私に悪態をついたが、商人の顔の様子を見ると黙らざるを得なかった。自分たちが役立たずだったことは、本人たちが一番分かっている。


 私とオークは目的地の町に着いた後、豪商人から報酬を受け取った。部下から事情を聴いていたその豪商人は、気前よく私たちの報酬を倍以上払ってくれた。これで当面の金子には困らない。

 豪商人の店から出ると、外は日暮れだった。そして入り口の近くには、夕日に染まった幽玄な岩山がそびえ立っていた。その瞳は、目にしている夕日が人生最後のものであるかのように哀しげだった。

「……すまないな。お前のおかげで、旅の費用がまかなえる」と、オークは振り返って言った。

「当然のことだよ。何より、お前さんがいなかったら、私もあそこで命を落としてたかもしれん」

「……そうは見えんがな」

 私は笑って見せた。

「ロッキードだ」とオークは言った。

「クロウだよ。……ロッキードって、お前さんあの“アンチェイン”かい?」

「……そう呼ばれたりもする」

「へぇ、光栄だね。戦時中の英雄にお目にかかれるなんて」私は偽りが悟られないように驚いて見せる。

 ロッキードはほほ笑んだ。あまり嬉しそうではなかった。やはり、どこか哀し気な光が目から消えない。

「……ちょっと、アンタたちっ」と、建物から豪商人の部下が出てきた。

「……なんだい?」私は言った。

「いやね、アンタたちがまだこの土地にとどまるのか聞いときたくってね」

「私は急ぎの用はないのだけれど……。」

 私はロッキードを見た。ロッキードも「俺もない」と答えた。

「そうか、良かった。これは社長からの依頼ってよりも、ここいらの商工会からの依頼みたいなもんなんだが、アンタたちが今日追っ払ったあの盗賊団、まだ残党が結構いてね。アジトの場所は分かってるんで、アンタらにそいつらの討伐をやってほしいんだ。下手したら、アイツらが報復に来るかもしれんし。もちろん、報酬は今日のよりも多く払う準備ができてる。……どうだい?」

「自警団は何をしている?」と私は訊ねた。

「モグラとおしゃべりの最中だろうね」

「なるほど。……残党ってのは何人くらいだい?」

「以前、村の機敏な奴を偵察に行かせた時には、大体30から35人ってぇ報告を受けたよ。で、今日、アンタらが始末したのが14人だから、今はたぶん20人そこらじゃないかと」

 20人、私とロッキードなら無理な数ではない。もちろん、奇襲が成功することや、相手によほどの手練れがいないことが前提だが。

 私はまたロッキードを見た。ロッキードは「かまわない」と肩をすくめた。

「やらせてもらおう」

「決まりだな! じゃあ、いつ始める? 今から行くかい?」

「まさか、今日は休ませてもらう。明日にでも計画を立てるよ」

「そうかそうか。じゃあ、私はアンタらの宿を手配しよう」

「そうしてくれると助かる」

 もう少し、私と彼との仕事は続きそうだった。

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