ある証言②
※
ヴィオ・サントス(51歳/雑貨店店主)
密度のある、茶色の髪と茶色の口ひげを蓄えた男だった。髪は綺麗に七三分けにセットされていた。短躰だが、筋骨はたくましかった。雑貨店の店主に似合わぬ体は、開拓民の父親譲りなのだと男は笑って語った。
「あの日は、たまたまイリアの街に親父と買い出しに行ってたんだ。そしたらあの騒動に出くわしたんだよ」
──すでに、彼女とは面識があったと聞いてます。
「面識ってほどのもんじゃないよ。行き倒れてた彼女を、親父が助けて手当したんだ。俺は見てただけだよ」
──はじめ見たときはどんな印象でしたか?
「とにかくタフだったね。生命力の塊みたいな。最初は川辺に倒れてたんだけど、気を失ってても、それでも何だか生きようとする力に溢れてたよ。目を覚ました後も、そりゃあ凄いもんだった。アンタに見せてやりたいね。あんな食いっぷりの女、他にいないよ」
──彼女と過ごしたのはどれくらいの期間です?
「だから、そんな大げさなもんじゃないんだ。気を失ってたのを入れたら、たかだか二晩なんだよ。俺はほとんど彼女とは話さなかった。でも、親父は……。」
そう言って男は顔を少し赤らめて、気まずそうに鼻をかいた。
──では、あの日のことをお聞かせください
「さっきも言ったように、あの日、俺はたまたま親父に連れられて街に買い出しに行ってたんだ。うちの家族はたまにしか行かなかったから知らなかったが、どうやらイリアの街はゴロツキどもに牛耳られそうになってて大変だったらしい。そして娼館の女たちが、そんなゴロツキどもに立ち向かっていたらしいんだ」
──娼館の女たち、ですか?
「ああ。だが、女たちって言っても、そんな穏やかなもんじゃなかったよ。ゴロツキ相手に、文字通り戦いを挑んだんだから。まるで戦争みたいだったよ。血は流れるわ建物は爆発するわ」
──戦っていたのは娼館の女たちですよね。そんな
「誰もがそう思うだろうね。そこでファントムが出てきたってわけさ。あの女が先頭に立って戦ってたんだ。ほとんどがあの女が片づけたんじゃないかな」
──相手は何人くらいいたんでしょうか?
「さぁ、ざっと見た限り……百人はいたんじゃないかな」
──……。
「いや、もちろん、子供の頃の記憶だからね。大げさになってしまってるかもしれないよ? それでも、かなりの数だったのは確かさ。それに、全員やってしまったってわけじゃないんだ。途中でしっぽ巻いて逃げ出した奴も結構いたんだから」
──あらかた彼女が倒したとおっしゃいましたが、最後はどうだったんでしょうか?
「それこそ印象的だったね。相手は化け物みたいな神父だったんだ。俺の倍って言うと言い過ぎだが、少なくとも見上げるくらいの男だったよ。そんな男とその女が、最後は素手で殴りあってたんだ」
──素手で? またどうしてです?
「お互いもう武器がなくなってたからね。後はまぁ……意地じゃないだろうか」
──意地……ですか?
「片や両手がおしゃかになった相手、片や散々見下していた女だ。あれはもう、プライドのぶつかり合いだよ。お互いに引けなかったのさ」
──両手を怪我している男と、素手の女が殴り合ってた……と
「すさまじいもんだったよ。見たことないね、神父は肘から先がない腕と、ばっくり切られた左手で女を殴るんだ。むしろ、殴ってる方が痛かったんじゃないだろうか。女も女で負けてないんだ。殴られながらも真っ向勝負で男の顔面を殴り続けてたよ。女の顔面は男の血と自分の血で真っ赤になっててね。音もすごかった。骨を打つ音がするんだが、どっちの骨が鳴ってるのか分からないくらいさ。ゴキっていういかベキっていうか、とにかくそんな音が響いてたよ」
──想像したくもないですね
「それどころか、この先はアンタには想像もできないよ。さすがに痛すぎて殴ることができなくなったんだろうね、途中で神父が左手に棒みたいなのを持って女を殴り始めたんだ」
──棒? つまり、神父は素手での殴り合いをやめたということですか?
「ああ。でも、それでも俺は神父が恥ずべきことをやったとは思わない」
──武器を使用したというのにですか?
「武器じゃないんだ。最初は俺もそう思ったんだけど、よく見たらあれは武器じゃなかったんだ」
男は大きく息をすって、とっておきのパンチラインを披露するかのように目を見開いた。
「神父の奴、ちぎれた自分の右腕を振り回して女を殴ってたんだよ」
──……。
「もう、無茶苦茶だったね」
──
「不思議とね……俺はあの当時、目を背けるどころか目がくぎ付けになってたよ」
──殴れらてる女を見て……ですか?
「説明するのがいまいち難しいな。目を背けるのが礼に欠くっていうか、まるでそうしたら彼女に怒られてしまうような、そんな鬼気迫るものがあったんだよ。だってそうだろう? プライドかけて殴り合いやってる女から目を反らすなんて、そんなの彼女の誇りを認めていないようなもんじゃないか」
──しかし、女性が殴られてるというのはやはり……。
「殴られてたんじゃない、殴り合ってたんだ。いるんだよ、世の中には。真っ向勝負が、谷底から這い上がるのが様になる女がね。そんな女を前にして、憐れみなんか抱くものじゃないんだ。そんな感情なんて追っつかないんだよ」
──最後はどうだったんでしょうか?
「体力のつきかけた神父はかなりよろめいてたよ。そのくせ攻撃は大ぶりだった。彼女はその機を逃さなかったようだ。大ぶりの神父の攻撃に合わせて、三、四発くらいだったかな、神父の顎を拳の先で的確に叩いたんだ。そしてダメ押しの一発。膝が曲がった神父の顎に、女は体全体が弧を描くようなアッパーカットを入れたんだ。神父の顎が綺麗に跳ね上がったね」
──そして……。
「ああ、神父は膝から崩れ落ちるようにして倒れたよ」
──片方は?
「ファントムかい? 立ってたよ。片目は腫れて、鼻はひん曲がって、唇は切れて血が流れてた。それでも立って神父を見下してたよ。ちょうど曇り空から太陽がのぞいててね。何だか侵しがたいっていうか、崇高ですらあったよ、あの時の彼女は。ああいう女を見てしまったら男はお終いだね。俺はあれ以来、教会の聖母画を見ても、何の感慨も抱かなくなってしまったんだから」
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