最終決戦

 街の住人たちは驚いて教会に集まっていた。

 集まった人々の反応は様々だった。ある者は街の教会が壊れたことにショックを受け、ある者は近所づきあいと世間体のために協力しただけだったので、たいした感慨はなかった。また、ある者はこの建物が素人の手によるものであったため、いずれは建てつけの悪さから崩壊して事故が起きただろうと思っていた。

 教会が爆発した後、まだ建物の形は辛うじて残っていた。しかし、骨の木材がぎしぎしときしむ音を建物中から響かせ始めると、やがてゆっくりと、風に吹かれる稲穂のように揺れ、そして教会はもろい音を立てて崩壊した。

「やっぱり素人が見よう見まねででっかい建物つくるとろくなことにならんな……。」と、建物の崩壊を懸念していた住人がつぶやいた。

 

「な、なんてことなの……。」

 以前に、ブラッドリーに息子の相談をしていた婦人が、口を両手でおさえながら崩壊していく教会を見ていた。

「神の家が……この街の心のよりどころが……。」

 心神喪失の状態から、少しづつ婦人は感情を乱し始めていた。

「なんてこと……なんてことなの!」

 婦人は民衆を振り返って金切り声を上げた。

「あなたたち! 自分たちが何をやったか分かってるの!? 薄汚い娼婦の言葉に惑わされて、なんておぞましいことを! みんなで作った教会なのよ! ただの建物じゃないわ! 教会なのよ!?」

 住民の何人かは婦人から顔を反らした。ある者は後ろめたさだったが、あるものは面倒くささからだった。

「ま、まぁ、確かにここまでする必要はあったかどうかは……。」

 苦々しい表情で頭をかいて、別の住民が困惑した。

「裁かれるの! あなたたちは裁かれるのよ!」婦人は、協力した住民もそうでない住民も、指をさして非難した。「神様はすべてを見ておられるのよ!? きっと報いを受けるわ!」

 崩壊した教会を背にして、婦人は住民たちをなじっていた。ふと数人が、教会の様子がおかしいことに気づいた。煙の向こうの瓦礫がれきが、がらがらと音を立てていた。

「地獄に堕ちなさい! この街はきっと呪われるわ! 神父様はおっしゃって──」

 婦人が叫んでいると、瓦礫が吹き飛び、中から黒く大きな影が飛び出した。

「……え?」


 うぐぉあああああああ!


 変態したブラッドリーが、咆哮をあげて住民たちの真ん中を突っ切っていった。


「きゃあああああ!」

 婦人は悲鳴を上げてしりもちをついた。

「な、なんだ!?」

「狼か!?」

 ブラッドリーは集まった住民の真ん中に立った。

「お、おそれぇる必要ハありませんん……。皆さぁん……。」

 見覚えのある祭服をまとっているその怪物に、住民のひとりが神父様? と、声をかけた。

 ブラッドリーは住民を見た。その瞳は人間の者ではなかった。獣じみているという程度ではない。そこには理性の光がなかった。右手には、絶命した猟犬が握られていた。変態したブラッドリーに握られ、猟犬のかつての凶暴さは影を潜めていた。まるでぬいぐるみのようだった。住人が猟犬を見ると、猟犬の首がかくりとあらぬ方向に曲がった。

 顔は犬のようにとがっていた。口からは牙をちらつかせていた。全身は毛におおわれていた。体は犬のように、今まさに四つ足になろうというくらいに背が曲がっていた。禁呪法を使用して、猟犬と一体化したブラッドリーの姿がそこにあった。猟犬は、あるじに生命力を吸い取られ、革袋のように体がしぼんでいた。

「ば、ばけものだ!」

 住民たちは一斉に、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げていった。先ほどまで金切り声を上げていた婦人は、息子に手を引かれ逃げていった。


 すべての住人が去った後、街の真ん中にはクロウとブラッドリーの二人だけが立っていた。

「お前さんのお仲間は片づけた」クロウは周囲を見渡した。たおれた男たちの血で地面が染まり、鉄の匂いが荒野の風に乗っていた。「散らかしたと言ったほうがいいかな」

「きさまぁ……。」

 クロウは脇構え※をとった。

(脇構え:体を相手から半身にして、剣先を後方に向けて体の陰に隠す構え。得物の長さを相手に特定されない利と、急所を相手から隠す利がある)

「来いよ。自慢じゃないが、真剣勝負で同じ相手に二度の不覚を取ったことはないんだ」

 ブラッドリーが猛り狂ったように、低い唸り声をあげてクロウに襲いかかった。

 クロウに牙が迫ろうとした瞬間、ブラッドリーの目の前を煙が覆った。

「ぐぅあ!?」

 初めて戦った時の経験から、ブラッドリーは目つぶしを用心していた。目を完全にふさがれることはなかった。しかし、それでもその煙はブラッドリーを混乱させた。鼻に激痛が走っていた。ぶちまけられたのはコショウだった。

「女はね、相手を落とす時に同じ手は使わないものよ、ダーリン?」

「はぐぅあ、がぁあ!」

 予想以上の効果だった。ブラッドリーはまるで、呼吸困難を起こしたように苦しんでいた。

 ──ここで決める

 クロウは渾身の力で胴を切り抜け、背後を取ると背中に刀を突き立てた。

 ──通らないっ

 予想を上回る筋量と剛毛。毛に至っては、正面よりも強靭だった。

 ──こういうところも犬かい

 ブラッドリーが裏拳を放つ。

 刀を抜きつつ、クロウは間一髪でそれを避ける。ぶおんという鈍い音とともに、クロウの髪が激しくなびいた。

 クロウは正眼に構えると、刀を振り上げ剣筋の残像に隠すように斬撃をくり出した。

 ことごとく斬撃はブラッドリーの体に触れるが、ひるませることすらできない。避けながらの攻撃のために、威力はよりいっそう弱かった。

 クロウの攻撃に合わせ、ブラッドリーがアッパー気味の張り手をくりだした。

 刀を持つ左手ごと跳ね上げられ、クロウはのけ反るような体勢になった。

 クロウはその状態で刀を背中に隠しつつ、刀の柄から左手を離した。

 そして落下している刀の柄を、腰から回した右手でキャッチすると、逆手の横なぎでブラッドリーの胴を切り抜けた。

「ぐぬぅ!」

 ──浅いっ

 すぐさま裏拳でブラッドリーは反撃に出た。

 クロウは右腕を曲げ、筋肉の隆起したところで攻撃を受け止める。

 しかしブラッドリーの怪力はクロウをガードごと吹き飛ばした。吹き飛ばされたクロウは回転しながら酒場の壁をぶち破り、さらに室内に入り酒場のカウンターにぶつかった。

 ブラッドリーの攻撃と、壁を突き破ったダメージに朦朧もうろうとしながらも、クロウは頭を振ってなんとか立ち上がった。

 ──対人間用の剣術じゃあ分が悪いな……。

 クロウはコショウの残りを部屋に散布した。

 ──まぁそれも、初めてというわけじゃない

 ブラッドリーは、クロウを追って酒場に入った。

 クロウは隠れているようで、姿が見えなかった。さらに破壊の衝撃で巻き上がったと、コショウの散布で室内は煙が上がり、臭いを追うのもままならない状態だった。

 ブラッドリーは血の臭いの強い場所を、コショウの臭いに混じりながらも嗅ぎ当てた。

 ブラッドリーはその場所に近づいていく。煙が濃いため、細目で臭いのもとにある影を探ろうとするブラッドリー。しかしそこにいたのはクロウではなく、クロウに斬られたゴロツキのひとりだった。

 陽動にブラッドリーは気づいた。背後に何かが迫る気配を感じ取ると、ブラッドリーは振り向きざまに大ぶりの右の張り手で近づいてくる何かを攻撃した。

 ──ナニ!?

 背後に飛んできていたのは、空の酒樽だった。酒樽はブラッドリーの攻撃で粉々に砕けた。

 そして、その酒樽の直後に、クロウが飛びかかってきていた。

 クロウはきりもみに回転しながら、全体重をかけてブラッドリーに切りかかった。回転しながらの横なぎだった。しかし、クロウの体の軸は空中で横になっていたため、刃はブラッドリーの脳天をめがけて振り下ろされていた。

 避けるのは間に合わなかった。ブラッドリーは振り切った右腕でクロウの攻撃を受け止めた。

「ぬぅう!」

 全身全霊のクロウの一撃は、ブラッドリーの骨まで届いていた。

 クロウはブラッドリーの腕に刀が斬り込んだまま右手を離し、左腕だけで体重を支えた。

 そして勢いをつけてから、雄叫びと共に刀の背に右手の鉄槌を打ち込んだ。

 二重に打ち込まれた斬撃は、ブラッドリーの右腕の骨を断った。

 長い旅の中でクロウが編み出した、対人外用の刀術だった。

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