一矢

 ハスキーは迫る男たちに矢を放ち続けた。ひとり、またひとりと確実に仕留めていったが、ただ一人、悠々ゆうゆうと教会に迫る黒い影があった。

 ブラッドリーだった。

 いくら矢を放っても、ブラッドリーは寸前でかわすか、素手で矢を握って受け止めていた。

 ついに、ハスキーはブラッドリーの教会への侵入を許した。その後ろを、ブラッドリーの猟犬が後を追うように入っていった。

 ブラッドリーは一歩一歩、ゆっくりと教会内を練り歩き、鐘塔の階段をのぼり始めた。建物の途中には女たちが控えていた。女たちはクロスボウを構えていたが、女には興味のないブラッドリーは一瞥いちべつするだけだった。

 ブラッドリーが鐘塔の階段を昇りきる時、外で大きな音がした。建物の上から何かが落ちる音だった。

 ブラッドリーが鐘塔の頂上に到着すると、ハスキーの姿は見当たらなかった。

 ブラッドリーは塔から顔を出した。さっきの音は、塔のてっぺんから何かが落ちた音だったからだ。

 塔の下には、砕けた大きな壺があった。

「……小細工をろうしおって」

 ブラッドリーの背後に、弓矢を引くハスキーの姿があった。

「せっかくながらえた命、ここで粗末にする必要もあるまい」

 それでもハスキーは、答えることなく弦を引いていた。

──恐れも迷いもない。以前とは違うな

「ハート・ショットが、ようやく自らの罪に向き合ったか」

「ようやく?」ハスキーはさらに強く弦を引いた。「あの娘のことを忘れたことなど、一日たりともない」

「やってみろ」ブラッドリーが振り向いた。「ハート・ショット」

 ハスキーは矢を放った。

 ブラッドリーは心臓を狙った矢を素手で受け止めた。しかし、矢の威力はブラッドリーの想定を上回り、矢はブラッドリーの胸に刺さり、体は塔の上からのけ反るようにはみ出た。

「ぬう!?」

 素早くハスキーは矢を装填し、さらに立て続けに矢を放った。

 ブラッドリーはたまらずに矢をよけ、さらに次に放たれた矢は腕で受けざるをえなかった。矢じりが、深々とブラッドリーの腕に刺さる。

「くそっ」

 狭い塔の上をせわしなく動き回るブラッドリー。休むことなく矢を射るハスキー。ブラッドリーの狙いは矢を尽きさせることだったが、ハスキーは無駄打ちをすることはなかった。業を煮やしたブラッドリーが攻撃に転じれば、正確な射的と速射でブラッドリーの体を狙い、近づくことを許さなかった。

 ブラッドリーは塔の上で足止めをくらっていた。胸に刺さった矢は、以前に受けた時よりも深くブラッドリーの胸に刺さっている。あと、数センチ深ければ臓器に届いていただろう。まともに食らうわけにはいかなかった。

 ブラッドリーはハスキーの狙いが定まるたびに、大きく転げ回って標準を外そうとする。次第に、ブラッドリーの動きは大げさになり始めていた。

 二人がけん制しあっていると、塔の階下から猟犬の唸り声が聞こえた。ハスキーはそれに反応を示さなかったが、ブラッドリーは違った。

 ブラッドリーは聖人の名をつけた猟犬を呼ぶと、猟犬はすさまじい勢いで階段を駆け上がり、塔の頂上に姿を現した。

「なに!?」

 冷静だったハスキーだったが、猟犬の出現で初めて動揺を見せた。犬が、急な階段を上ってくるなど想定外だった。

 しかし、すぐにふたりの表情は逆転した。猟犬には即席のくつわがはめられ、戦いに参加できる状態ではなかった。

 ハスキーは再び弓を引き、ブラッドリーを狙った。

 しかし、猟犬が参戦できないというにもかかわらず、ブラッドリーはまっすぐにハスキーに挑みかかった。

 ためらいはない。迷いもない。恐れもない。

 ハスキーは横に避けながらブラッドリーに矢を放った。

 だが、矢はブラッドリーをかすめるにとどまった。

「!!」

 ハスキーが横に飛んで着地した床板が、衝撃で破けて抜けていた。足を取られたハスキーの矢は、ブラッドリーを正確に狙うことができなかった。

 ブラッドリーはやみくもに動いていたわけではなかった。教会の建設に携わっていた彼は、建物のどこがもろいか、それを熟知していた。あえて建物に衝撃を与え、たてつけの弱い部分を感じ取り、避けながらそこにダメージを与えていたのだった。

 ブラッドリーは素早く間合いを詰めると、片腕でハスキーの首をつかんで天高く持ち上げた。

「う……く……。」

「……忘れたのか? 言ったはずだ、演芸場の道化風情がしゃしゃり出るなと」

 さらにブラッドリーは腕に力をこめた。ハスキーの気道がつぶれ、ハスキーは呼吸困難になった。

「いま一度きこう、祈りが……必要かね?」

 ハスキーは毒々しく紫色に変色した唇を歪ませ、か細い笑いをあげ始めた。

「……何だ、気でも違ったか?」

「……おかしくて、仕方ない……のさ。演芸場の道化よりも……間抜けな貴様のツラを……眺めている……とな」

「なんだと?」

 ブラッドリーは、異変に気付いた。空気が粉っぽく濁っていた。

 なぜ鐘塔にいながら、女たちはハスキーに攻撃を任せていたのか。身を隠すならば、戦いの場にいる必要はないというのに。

 ブラッドリーは外を見た。鐘塔にいた女たちが外に避難していた。

 ブラッドリーは、塔から炎上している空き家を見た。

 ブラッドリーがハスキーに視線を戻すと、ハスキーの指には火のついたマッチがつままれていた。

「……貴様」

 ハスキーは充血した瞳でウインクをすると、マッチを階段から階下に落とした。

 猟犬のくぅんという鳴き声をブラッドリーは聞いた。


 教会が爆発した。


 住人が教会に運び込んでいたのは、残されていった食料雑貨店の大量の小麦粉だった。潜んでいた女たちはハスキーが鐘塔を登りきった後、袋を破いて建物内に小麦粉をまき散らしていた。塔の中は小麦で充満していた。後は、着火を待つばかりだった。


 籠っていた空き家の二階から、トリッシュは爆発した教会を見た。

 呆然とするトリッシュの肩に、ミッキーが手を置いた。「大丈夫だって、きっと逃げ出してるよ。何てったって法術が使えるエルフ様だもん……。」

「約束したんだ……。最後まで、生き抜いてって……。」

「うん……。だから……大丈夫だよ……。」

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