女たちは静かに誇る

「くそが!」

 その頃、男たちの一団が、クロスボウの矢をかいくぐって、ドウターズの女たちが隠れている空き家になだれ込んでいた。

 うす暗い空き家になだれ込んだ男たちは、その目の前の光景に面を食らった。室内では、女たちが並んで槍をかまえていた。

「へ、へへ……。なんだよ、いっちょ前に槍なんか持ちやがって……。」

 男たちは虚勢を張る。しかし、彼らはすでに女たちにクロスボウの使用にためらいがないことを知っていた。思わず数人が後ずさりをする。

「おうおう!? なんだ? やろうってのか!? 本気でやるってんなら、こっちも容赦ようしゃしねぇぜ!?」

 男たちの剣幕におされ、女たちが後ずさりをした。

「そうだよ、それでいいんだ。女が槍なんて持つもんじゃねぇんだよ。おら、いますぐそれを下に置けや……。俺たちだって、女と殺しあう趣味なんてねぇんだ。やりたくねぇんだよ」

 女たちは顔を見合わせた。

 その女たちの戸惑いが見えた瞬間、男の一人が雄たけびを上げて襲いかかった。

「おるぁ!!」 

 その男の腹を、雄たけびと共に槍が貫いた。

「……え?」

 横一列に並んでいた集団から、リタが飛び出ていた。

 リタが言う。「殺しあうのが趣味じゃないって? だろうな。テメェらは一方的に殺すのがお好みなんだからさ」

「お、お前……。」男は痙攣けいれんしながら、腹に突き刺さった槍を握った。

「くっ」リタが槍をひっばるが、槍が握られ男から抜けなかった。

「こんのやろぉ」別の男が前に飛び出た。しかし、それをトリッシュが槍でけん制する。

 トリッシュが言う。「みんなっ、こいつらに慈悲なんてあるわけないだろっ? 忘れたのっ? お竜さんとクレア姉がどうなったのかっ?」

 トリッシュの激で、女たちは再び槍を構えた。

「かまわねぇ、やっちまえ!」男たちが飛びかかった。

「みんな、腹ぁくくりな!」女たちは踏み込んで槍を突き出した。

 せまい室内で、男たちと女たちは乱戦をくり広げた。

 クロウの教え通り、女たちは交互に槍を突き出し、間合いをとって攻撃をする。しかし、猛り狂った男たちの力にはねのけられ、長物の利はすぐに潰された。

「きゃあ!」

 槍を構えていた女の一人がはね飛ばされた。

「ぶっ殺してやる!」

 男は剣を振り上げた。

「危ない!」

 剣を振り上げていた男の額に、クロスボウの矢が突き刺さった。

「……え?」

 二階から、アリシアとミッキーが下りてきていた。クロスボウを構えたアリシアが言う。「ビビってんじゃないよ!」

「ビビってんのはこいつらも同じさっ」ミッキーが言った。「教わった通り、列を壊さなきゃあ、こいつらだって手出しできないんだからっ」

 女たちは、再び列を組んで槍で男たちを押しやった。矢継ぎ早に繰り出される槍の追撃に、男たちは足を、腹を突かれ、次々と倒れていった。


「ここにいたぞ!」

 クロウが犬を追い払ったあと、遅れて男たちがクロウのもとに到着した。

「あれ? 犬は?」

 男たちが状況を把握はあくする前に、クロウは抜刀して男たちに切りかかった。

「くそ!」

 男たちを切り伏せ、クロウは再び通りにおどりり出た。

 ティムの部下たちは再度クロウを囲もうとする。

 クロウは空き家の一つを確認すると、立ちはだかる男を倒してその中に駆け込んだ。

「逃がすなぁ!」

 クロウを追って男たちが建物になだれ込む。

 男たちが空き家に入ると、入口の扉が閉められた。建物の陰には女たちが隠れていた。

「何だ?」

 クロウは裏口から建物の外に出ていった。そしてその扉も女たちによって閉められ、によって完全に出入口は封じられた。

「くそったれっ」男のひとりが、木製の扉を蹴破ろうとするが、扉の前に家財道具が置かれ、思うままにならない。

「これで閉じ込めたつもりかっ?」

 また別の男が窓から外に出ようと窓枠に手をかける。

「うぎゃぁ!」

 窓から出ようとした男を、外で隠れていた女が長槍で突いた。男は室内に戻って突かれた肩を抑えて倒れ込んだ。

「て、てめぇら、何のつもりだ!? 俺たちを閉じ込めてどうしようってんだ!?」

 クロウを先頭にして、女たちは男たちをにらんでいた。すでに決した勝負で、敗者を見下すようなまなざしだった。

 その女たちのまなざしの異様さに気づいた男のひとりが言う。「おい、何か臭わねぇか?」

「そう言われれば……。」別の男も異臭に気づいた。

「これは……。」

 騒ぐ男たちを前に、クロウは巻煙草に火をつけてひと吸いした。

「お、おい……やめろ、火はやめろっ」

 その時には全員が気付いていた。異臭の原因は石油と火薬だった。

 男たちは一斉に窓から外に出ようとする、そのせいで男たちは窓に詰まってしまった。

 女たちは後ろに下がった。

「やめろ、やめてくれ、頼むっ、なぁっ、嘘だろっ?」

 肺にため込んだ煙を吐き出してクロウは言った。

「……クレアあの娘に同じことを乞われた時、あの時お前らに慈悲はあったか?」

 クロウは煙草を建物に投げつけた。

 石油と火薬に引火して、建物はごうと音をたてて炎上した。

「ぎゃああああああああ!」

「……ゴミは、よく燃えるな」

 炎にまかれ、男たちはすぐに悲鳴も上げなくなった。


 無我夢中でトリッシュたちが槍を突き出し続けた後、室内の男たちは戦闘不能になっていた。

「……え、マジで?」

 倒れてうめき声をあげる男たちを前にして、女たちは自分たちこそがその光景を信じられないとばかりに呆然としていた。

 トリッシュはこの攻防だけで肉体と精神が疲弊ひへいし、膝をついて床に座り込んだ。

「や、やったね……。」とトリッシュが言った。

「まだ……終わっちゃいないけどね……。」とリタが言う。

「そうだけど……。」

 腹部から血を流す男が、手を伸ばして懇願こんがんする。「た、助けてくれ……。」

「助けてくれですって? アンタたちがやったこと分かってるわけっ?」トリッシュは力の入らない膝に、両手をそえて立ち上がる。「許せるわけないだろっ?」

 トリッシュは槍をかまえて男に穂先ほさきを突きつけるが、いざとどめを刺すとなると決心がつかなかった。槍の先端は震えていた。

「……いいよトリッシュ」ミッキーが言った。「もう、そいつ死んじまうからさ、ほっとこうよ」

「うん……そうだね……。」

 トリッシュが槍をおさめようとしたその時──

「うるぁ!」

 腹部から出血していた男が立ち上がってトリッシュに襲いかかった。手には、懐から取り出した短刀が握られていた。

「危ない!」

 襲いかかってくる凶刃を、アリシアが体当たりで防いだ。アリシアと男はもつれあい、男の背中が壁際へと押しやられた。

「どけぇ!」

 男がアリシアをはね飛ばした。

「ああっ!」アリシアが床に倒れる。

「このスベタども……お?」

 リタの槍が、男の腹部に刺さっていた。

「ちきしょう……ちきしょう……。」

 壁にくし刺しになった男は静かに呼吸を弱め、そして息がロウソクを消せないほどに小さくなると、目を開いたまま息絶えた。

「アリシア!」

 トリッシュたちがアリシアに駆け寄った。アリシアは、苦悶くもんして顔をゆがめていた。

「大丈夫!? どっかやられたの!?」ミッキーが言う。

「いたた……大丈夫だよ。吹っ飛ばされてしりもちついて、腰痛めちまっただけさ……。」

「そ、そう……。」

「ほら、まだ安心してる場合じゃないだろ。態勢ととのえて、もっかい奴らを迎えうつ準備をしないと……。」

「そ、そうだね……。」

「……わるいけど、腰やっちまってね。申し訳ないけど……アタイは隣の空き家で休ませてもらうよ」

「ああ、うん……。」

 アリシアはうめきながら立ち上がろうとする。

「大丈夫? 手を貸そうか?」トリッシュがアリシアを触ろうとするが、アリシアはその手をはねのけた。

「そこまでババア扱いするんじゃないよ」そう言ってアリシアは立ち上がった。

 

 アリシアは裏口から外に出た。そっと背中を触ると、手が赤黒い血で濡れていた。

「あちゃあ……。」

 アリシアは足を引きずりながら、隣の空き家に入っていった。

 その家の食卓の椅子に深く腰をかけると、アリシアは大きく息をもらした。

「……まったく」

 しばらく休めば楽になるだろう、そう希望的観測を抱いていたアリシアだったが、本当に少し休んでいると痛みが引いてきた。意外と浅い傷だったのだろうかと、アリシアは不思議に思った。

「ふぅ……。」何とかなりそうだ、とアリシアは思った。

「飲むかい?」

 アリシアの隣に誰かが座り、そして食卓の上に杯を置いた。

「ああ……助かるよ」

 アリシアは杯を手に取って酒を飲んだ。今まで飲んだことのないくらいに美味な酒だった。

 少し酒を飲んでからアリシアは気づいた。この家には誰もいないはずではなかったかと。

 アリシアは自分の隣に座る女を見た。そして、杯を卓に戻すと片手で頭を抱え、大きくため息をついた。

「そうか…………。」

 くそったれ、とアリシアは首を振った。

 隣に座る女が言う。「驚いたよ。アンタがまさか、こんなことしでかすなんて……。」

「……まあね、アタイは物言わぬ女じゃあ終わらなかったってことさ」

 ざまぁみろ、とアリシアは小さく笑った。

「いったいどういう心境の変化だい? 無難に冷静にがモットーだったアンタがさ」

 アリシアは、窓から外で戦っている女たちを眺めた。

「……トリッシュはしっかりしてるように見えるけど、けっこう繊細でね。皆を引っ張るけど、誰かがそばにいてあげなきゃあいけない。……ミッキーは抜けてるところがあるけど、意外と周りをよく見てるんだよ。もしかしたら、クレアの次にミラを支えるのはあの子かもね。……リタは、アタイにはちょいと測りがたい子だね。突っ走るところがあるけど、芯が強いし、何よりあの子には踊りがある。いつか、ふさわしい場所を見つけるだろう。……マリンは、子供っぽさが抜けないところがある。もちろん子供だけど、それでも理想が強すぎるのさ。でも、ひとりくらいはああいう子が世間には必要なのかもしれない。壁にぶつかって立ち止まって、それでも理想をあきらめない子が。……みんな最初はてんでなってなくて、仕事なんてできるもんじゃなかった。そんなあの子たちだったけど、丹念に教え続けたら、少しづつできるようになってね」アリシアは隣の女を見た。「……イライラさせられることもあったけど、かわいいもんだったよ」

 アリシアは感慨深げに酒に手を伸ばした。

「ある日、突然娘が何人もできたようなもんでね。ここ最近はずっとにぎやかだった。そして……。」アリシアは天井を見上げた。「あの子たちを通してアタイは生き続ける。その次の、その次の娘たちの中でもアタイは生きるのさ。……永遠に生きることが分かってるなら、ちったぁ勇ましくもなれるもんなんだよ」

「娘たち……そうだね……。」

「アンタがあの娘に親切にした理由が少し分かったよ。荒野にまいた種も、いつかは実を結ぶんだね……。たとえ、道標みちしるべが立たない荒野だろうと……。」

「そんなしっかりとした考えなんかなかったさ。ただあの子が死んだ娘に似てただけ。それに、アタシはアンタほど勇ましくもなれなかったよ……。」

「こんな時に謙遜なんてやめとくれよ」

「そんなことないさ。ホントだよ。アタシにはこんなことできなかった。……男をぶっ刺しちまうなんてね」

「刺されるばかりが女じゃあないってことさ」

 二人の旧友は笑いあった。


 誇りに思ってくれるかい、パルマ


 もちろんさ



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