乱戦

 クロウは男たちに切りかかった。挑まれた男は、クロウの攻撃を受け止めようとするが、軌道が攻撃の最中に変化(男にはそう見えた)し、刀は男の剣をすり抜け男の肩口に入った。

「うぐぁ!?」

 別の男がクロウに切りかかると、クロウは横なぎでけん制した。男は体をくの字に曲げてから横なぎをかわす。

 男は刀を振り切っているクロウに剣を振り上げた。

 クロウは横なぎを振り切る寸前、右手を逆手に持ち替え、剣を振り上げている男の胸を刀で貫いた。


 “陰陽流 陽式秘太刀 可変式連撃─極光─”


 崖から落ちるという極限状態を経て、クロウの動体視力と反射神経は、以前とは比較にならないほどに高まっていた。かつて師から授かった、机上の空論だった技を、実戦使用に能うまでに。

 クロウの生み出す無限の剣筋は、彼女を中心とした竜巻のようにうず巻き、男たちはひたすらにクロウを攻めあぐねていた。

「なんばしよっとや! 取り囲みゃあよかが!」

 ティムに叱咤しったされ、ゴロツキたちはクロウを取り囲んだ。中には槍をたずさえたものもいる。奥義を収めたクロウとはいえ、状況はかんばしくなかった。

「ようし、それでいいんじゃ。腕が立ついうても、しょせんは剣を一本持った女なんやけぇのう……。」

 クロウを取り囲む、五人の男たちがじわりと間合いをつめていく。

「……がっ?」

 男のひとりが鈍い悲鳴を上げた。ゴロツキたちが悲鳴を上げた男を見ると、男の脳天に矢が突き刺さっていた。

「……なに?」

「上? ……ぎゃあ!?」

 まるで、雨のように弓矢が男たちの上に降りそそいだ。

「何だ? 誰だ!? ぎゃっ!」射手を探そうとした男の太ももに矢が刺さった。

「あ、あそこだ! 教会の……うおっ!」

 教会を指さした男の足元に矢が刺さった。

「奴は……。」ブラッドリーが目を細めた。視線の先には、教会の鐘塔しょうとう※に陣取り、弓矢でこちらを狙うハスキーの姿があった。

(鐘塔:教会の脇に建てられる、鐘をつるすための塔)

「あ、あんにゃろう……。よおし、二手に分かれるんじゃ! 片方は女を殺れっ。もう片方は教会に……。」

 男たちはティムに命じられ、教会に向かった。


 鐘塔の上では、ハスキーが弦を引き向かってくる男たちを狙っていた。

 ハスキーが矢を放つと、矢は男のひとりを射抜いた。

 ハスキーはすぐに新たに矢を装填すると再び弦を引く。

 冷静に矢を放つハスキー。矢はまた男のひとりに刺さった。

 着実に敵を仕留めるハスキーだったが、喜ぶこともせずに淡々と再び弓矢を構える。

 刻一刻と大勢の男たちが教会に迫ってくる。

 ハスキーは焦ることなく、矢を放った。

 ハスキーの目は男たちを狙っていたが、心は別のところにあった。

 男は償いを求める旅の中で、ようやく終着点に行き着いたのだと思っていた。

 研ぎまされた使命感が、ぶれることなく矢を放ち、矢は誤ることなく確実に敵をつらぬいていった。


 一方、男たちに囲まれていたクロウは、正眼に構え、絶え間なくけん制をくり返していた。自身の敵を迎え撃つため、ハスキーの援護は途絶えていた。男たちは、今度こそはとクロウを仕留めようと間合いを狭めていった。

 槍をかまえる男が言う。「ちょいと邪魔が入ったが、これでもうお前もお終いだ。あの教会の奴は手づまりだからな。助けにはもう誰も来ない……あべっ?」

 男の背後にクロスボウの矢が刺さった。

「なに!?」

 振り向く男たち。室内から、ドウターズの女たちがクロスボウで男たちを狙っていた。

「ちょっと、つれないじゃないのさ」二階からミッキーが顔を出して言った。「さっきは散々かわいがってくれるっていってたくせに、もう別の女に夢中なわけ?」

「こ、この女ぁ……。ぎゃあ!」

 建物の女たちに気を取られたすきに、背後からクロウが男たちに切りかかっていた。

「くそっ、囲みなおせ!」

 男たちはクロウを再び包囲しようと試みるが、そうやってできたをドウターズの女たちは見逃さず、彼らの背後をクロスボウで射抜いた。

 飛び交うクロスボウの矢、迫るクロウの斬撃、街の中央はたちどころに混戦状態になっていた。

「おい、おっさんっ」ティムがブラッドリーに詰め寄る。「ぼさっと見とらんと、早ぉあの女どもを何とかせな!」

 ブラッドリーは黒く、穏やかに笑った。「何を仰っているのです。このブラッドリー、女相手に振り上げる拳は持ち合わせておりません」そんなブラッドリーの目の前を、クロスボウの矢が横切った。「女など、平手でしつければ十分ではありませんか」

「そないな悠長ゆうちょうなこと言っとる場合ですかねぇ!?」

「しかし……。」ブラッドリーは教会を見た。「男相手ならば、話は変わりますな……。」

 ブラッドリーは教会の方へ歩んでいった。

 

 男たちと剣を交えるクロウ。ハスキーとドウターズ女たちの助力により、クロウに向かう戦力は削がれていた。手薄になったクロウは、次々と男たちを切り伏せていく。しかし──

 クロウは荒々しい粗野な殺意と敵意を感じて構えを固めた。目の前には、ブラッドリーの猟犬がいた。

 ティムが言う。「お、おう。おっさんの犬がいりゃあ百人力じゃのう」

 クロウは、去っていくブラッドリーに聞こえるように言った。「女には、平手で躾ければ十分じゃなかったのかな?」

 ブラッドリーが振り向いて微笑んだ。「お前に女としての価値などない。子を産めぬ女に、いったい何ができると?」

「お前さんを殺せる」そう言って、クロウは正眼に構えた。

 ブラッドリーは面白くなさそうに笑うと背を向けた。主人が背を向けるとともに、猟犬がクロウに飛びかかってきた。

 クロウは身をひるがえし、すれ違いざま斬撃を与えたが、剛毛でダメージは通ってなかった。

──真っ向勝負は分が悪いな……。

 クロウは納刀すると、背を向けてその場から逃げ出した。

「あ、おい、待ちやがれ!」

 クロウは建物ぞいのたるに足をかけ、高く飛び上がり屋根に上った。普段ならば、このまま屋根づたいに逃げたいものだったが、そうすれば今度はハスキーや女たちに攻撃が集中してしまう。クロウは建物の反対側に回り地面に降りた。そして着地するや否や、小さく指笛を吹いた。

 クロウの指笛に反応し、猟犬がクロウの前に現れた。犬の脚力には人間は追いつけない。犬は単独だった。

 クロウはマントを脱ぐと、それを小刻みに回転させ、ロープのように細くした。

「遊ぼうか」

 猟犬がクロウに飛びかかった。

 クロウはマントを猟犬に噛ませた。

 猟犬はその紐を噛み千切ろうと首を振り回す。

 クロウは素早く、器用に犬の口周りにロープ状にしたマントを巻きつけ、口を封じた。

 混乱して首を振る猟犬。だが、しっかりと巻き付けられたロープ状のマントは、口から外れなかった。

 いかに咬筋力こうきんりょくの優れた獣であっても、口を開ける力は人間よりも弱い。牛の頭蓋を砕くワニでさえ、輪ゴムで口をくくれば開口できないほどに。

 唯一にして最大の武器を封じられた猟犬は、唸りながらクロウを威嚇した。しかし、クロウの前蹴りをくらうと、猟犬は悲鳴を上げて主人のもとに逃げていった。

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