荒野の決闘

 街の入り口から、大きな桶が転がってきていた。街の入り口からミラたちのいる場所は、なだらかな坂になっているので、桶は勢いが止まることなく、ミラたちの前まで転がってきた。桶は勢いがなくなると、直立して停止した。不自然な動きだった。

 奇妙な光景に、ミラもティムも、街の住人達も、呆けて桶を見るばかりだった。

 ティムが桶の中から鈴の音が聞こえるのに気付いた。ティムは目配せをして、三人の手下に桶の様子を調べさせた。

 三人の手下は桶に耳を当てて中の音を確認する。

「どうや?」とティムが手下に訊ねる。

 手下は困惑しながら、耳を当てたままでティムを見る。


「そこから離れなさい!」


 ブラッドリーが叫んだ。

 次の瞬間、桶の周りを銀色の閃光が走った。

 光の通り過ぎた後、三人の手下の顔面が切り裂かれていた。

「ぎぃやああああああ!」

 血にまみれた顔面を抑えて倒れる男たち。

 桶が、ばらりとはだけた。

 中から、納刀しているクロウの姿が現れた。

 男たちは呆気に取れていたが、何とかティムが口を開いた。

「お、おんしゃあ……。」

 クロウは立ち上がると、一歩、また一歩と前進した。

「おい、お前。ワシらに手ぇ出すんはやめとけよ」突然始まった流血騒動に、心の準備ができていなかったティムが息を乱しながら言った。「そんなことしくさったら、お前もこの女たちも、おたずねもんとして賞金首になるけぇのうっ」

 クロウは立ち止まった。そして首を傾けて、ティムを怪訝な目で見やった。恫喝どうかつと絶叫の区別がつかない、幼子のように無垢な瞳だった。

「そうじゃ、それでいい……。」

 クロウは腰の袋を取ると、中身を取り出してティムに投げつけた。小さくはあったが、重量感のある鈍い音を立ては転がっていった。

「な、なんじゃこ……うぎゃあ!」

 足元まで転がってきたものを見て、ティムは腰を抜かした。

 それは、ホートンズの首だった。

 クロウは言う。「ありもしない希望にすがりつくのが……なんだって?」

「き、貴様、役人ば殺したんか!? 大罪やぞ!?」

「仕方ないだろう」クロウは肩をすくめて言った。「役人を殺そうとしたんだから」

「……なんやと?」

「さて、リミット※だ。ショーダウン※といこう。お前さんの切り札は、今頃コヨーテの餌になってる。新しくここの担当になるはずだった役人を襲おうとしたから、切り伏せてやったんだ。で、新しい担当者は今応援を連れてこっちに向かっている」

(リミット:ポーカー用語。賭け金が上限に達したことを言う。)

(ショーダウン:ポーカー用語。手札を開示しあうことを言う。)

 クロウの言っている意味を、ティムたちは理解できなかった。理解が追いつかなかった。

 クロウは街を見渡して言った。囁くように小さい声だったが、街の住民には不思議と彼女の声が届いた。

「勝負は決まった。あとはこの悪党どもがお縄につくのを待つだけだ」

「……んなアホな」ティムは腰を抜かしたまま、口をわななかせてつぶやいた。サハウェイはその様子を見ながら、悟られぬよう、手で口を覆い隠して微笑んでいた。

「無駄な抵抗はやめることだな。でないと、余計な罪を重ねることになる」

 男たちから、肩の力が抜けていた。持っていた武器を、かろうじて手で保持するのがやっとだというくらいに。

 雇われて街に来たばかりのゴロツキ同士が顔を見合わせる。そして誰ともなく武器を捨てると、脱兎だっとのごとくその場から逃げ始めた。

「お、おい貴様ら!」

 ティムが声をかけるも、ゴロツキたちは振り向きもせずに逃げていった。

「……ティム殿」ブラッドリーが言った。

「な、なんじゃ……?」

「まだ時間がございます」

「……なに?」

「たった数人の女たちじゃあありませんか。新しい役人が到着する前に始末して、後は街の住人たちの口裏を合わせれば良いのです」

「ちょ、アンタっ」ミラが身を乗り出して言った。サハウェイも赤い目を見開いた。

「じゃっどん、そげなことやってもうたら……。」

「良いのですか? このままでは貴方は罪人、あとは逃亡者としての人生ですよ? ならば選択はひとつです」ブラッドリーは囁く。「のるかそるか、男ならば決断なさるべきです。よもや、娼婦風情に尻尾をまいて逃げるというのですか? そうなったら、貴方はこの先どこへ逃げても、その程度のチンピラだと汚名をきて、屈辱にまみれた人生を送ることになるのです」

 ティムは立ち上がった。

「た、たった十人程度の女たちじゃ! お前ら、とっとと片づけろ!」

 残ったのはティムの生え抜きの部下たちだけだった。男たちはティムとブラッドリーに煽られ、クロウに襲い掛かった。

「ちょっと、ブラッドリー何を言ってるの?」サハウェイが言った。「さすがに貴方、無茶を言ってるわよ?」

「……せっかく、ここまで築き上げた街ではありませんか」ブラッドリーが言う。「美しく調和のとれた街です。その街が、いま下賤げせんの娼婦たちに汚されようとしている。看過かんかできません」

「……私も娼婦よ?」

「ご安心を。この街の恥ずべき歴史は、私が抹消します」帽子の陰でブラッドリーの顔の半分は影がかかっていたが、鋼色の瞳だけは鈍い光を放っていた。「この街にもう娼婦は必要ありません。この街のよりどころは、これからは女たちではなく、あの教会になるのです」ブラッドリーは背後に見える教会を見て鋼色の目を細めた。「神によって導かれた、従順な羊たちと牧羊犬たちの街です。その聖なる場所の成就が、ようやく日の目を見ようというのに……それなのに、女のヒステリーでそれが損なわれようとしているのです」

 いつも通りのブラッドリーの笑顔だった。しかし、その顔にサハウェイは背筋が凍った。なぜ自分はこの男のおぞましさに今まで気づかなかったのだろうと。穏やか物腰しに誤魔化されていた。サハウェイは、ドス黒い邪悪を眼前に見ていた。

 思わずサハウェイはミラを見る。ミラも戸惑いながらサハウェイを見るばかりだった。そしてサハウェイはクロウを見た。クロウはこの事態さえも想定の範囲内とばかりに、前進を続けていた。

「この中で……。」クロウは刀の柄を握った。「この女たちに対してなら、侮辱も些末さまつなことだと思った奴は前に出ろ」

 クロウはさらに前進した。

「この女たちならば、踏みにじることが許されると思った奴は前に出ろ」

 男たちは顔を見合わせ、ひとり、またひとりと剣を抜いた。

「この女たちならば、殺して口を閉ざさせればいいと思った奴は前に出ろ」


 男たちはクロウに挑みかかった。


「うおおおおお!」

 男のひとりが八相の構えでクロウに迫った。

 クロウはすれ違いざま、居合斬りで男の胴を切り裂いた。

 男は勢い余って転がっていった。


「……貴様らのために墓は建てられない」


 またひとり、クロウにロングソードを持つ男が迫った。

 男の上段切りをクロウは紙一重でかわす。そして、クロウは振り切った男の剣の上に刀を置いた。刀には絶妙に重心がかかり、男は剣を下げたまま動かすことができなかった。

「ぬ、ぬぐ……。」

 クロウはのけぞるように一回転すると、体を伏せた低姿勢から男の足首を切り裂いた。アキレス腱が切られ、男は悲鳴を上げて倒れた。


「……亡骸は埋葬もされない」


 また別の男がクロウに挑みかかり、剣で突きを放った。クロウは体を反らして突きをかわす。クロウの外套の背を刃が切り裂いた。クロウは突きを放って伸びた男の両腕に自分の左腕を回し、男の両肘をひねり上げて関節を極めた。

「なっ?」

 クロウは空いた右腕を使って、刀で男の下顎を貫いた。男の顎の下から脳天までを刃が通った。男は白目をむいて絶命した。


「……火葬もされない」


 また別の男がクロウに切りかかった。クロウは斜に構えて男の袈裟斬りを受け止める。剣を押しあった状態から、クロウは右手を逆手に持ち替えた。そして左手で男の手首を抑えつけた。男の両手が制されていた。クロウは右逆手の横なぎで男の喉を切り裂いた。

「ぐぶっ!」


「……亡骸はただ打ち捨てられ、鳥についばまれ、腐り、やがてうじがわく」


 さらにひとりの男がクロウに上段で切りかかる。クロウはその斬撃を切り上げで弾いた。二人はすれ違った。

 男は振り向いた。

 クロウは振り向かず、刀を逆手に持ち替えた。

 そして背中を向けたままで男に飛びつき男の胸を刀で貫いた。

「う……お……。」刺された男は、硬直したまま目を見開いた。

「くおらぁ!」刀は男に刺さったままだった。隙ありと男がクロウに迫る。

 クロウは刀を順手に持ち替えた。そして男の胸に刀が突き刺さったままの状態で、横なぎに刀を振るった。男の胸から血を吹き出させながら刀が走り、正面の男の胴を切り裂いた。

「ぎゃあ!」


「魂は天に昇ることもなく、地に堕ちることもなくない。乾き朽ち果て、馬の糞と一緒に荒野の風に彷徨さまよえ」


 男が背後から横なぎでクロウを狙った。その攻撃をバク宙でかわすクロウ。そして剣を振りきっていた男に抱きつくと、刀を逆手に持ち替え、抱きついた状態から男の背中に刀を突き刺した。

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