第八章 Fight

決戦当日

 ──翌朝


 ティムに率いられた男たちがドウターズに現れた。

 修復されているドウターズを見て、ティムが地面にたんを吐く。

「……たく、ゴキブリんごたぁ女たちやのぉ」

 ティムが目配せをすると、男たちは松明たいまつに火をつけた。

「おい、貴様きさんら! 何ば企みよぉかは分かっとるんやぞ!」ティムが前に出て叫んだ。「貴様きさんらの計画はまるっとお見通しじゃ! こっちが優しゅうしてやりゃあつけ上がりよって、ワシらの堪忍袋の緒が切れるまえにおとなしゅう出てこいや! 今ならまだ許しちゃるぞぉ!」

 しかし、建物からは誰も出てこない。

 ティムがうなずくと、男たちはドウターズに松明を投げて放火した。火はすぐに燃え広がり、黒い煙が灰色に曇った空に昇っていく。

「何度も沸く虫なら、巣から叩かにゃあならんのう……。」ティムは燃え盛るドウターズを見ていった。

 しかし、いくら待っても女たちの出てくる気配がない。建物のところどころがきしみ始めていた。

 手下の一人が言う。「もしかして、煙にまかれて死んじまってるんじゃあ」

「……それやったらそれで構わんが」

 ティムは異変に気付いた。そもそも、人のいる気配がドウターズにはなかった。

「……どういうことや」


 ──一時間前


 ドウターズの女たちは街へと出発していた。その顔つきは、お互いがお互い、今まで見たこともない様相だった。あるものは恐怖に緊張し、あるものは不安に震え、あるものは怒りに体をこわばらせていた。

 女の一人が酒瓶を手に取り、ぐいっと酒を飲んだ。誰もそれをとがめなかった。それどころか、ひとくちちょうだい、と彼女から酒瓶を受け取りそれを飲んでいた。

 空をうっすらと曇が覆っていた。溶けかけ、黒土が混じった雪ような色合いの雲だった。

 街に到着すると、女たちは住民とあいさつを交わした。ある住民は今日は早いね、程度にしか言うことはなかった。一部の住人が女たちの様子に異変を感じていたものの、あえて何も問うことはなかった。

「お、おいミラちゃん。あれ……。」

 住民の指し示す方向には、煙が上がっていた。

「あれ、アンタんところの店じゃないのかい?」

 ミラは何も言わずに、燃えていく自分たちの店を見ていた。

 ミラの隣にいたトリッシュが言う。「始まっちゃったね……。」

「ああ……。」ミラが言う。「戦いの狼煙のろしってやつだ」


──


「ティ、ティムさんっ」

 街に残っていたティム部下の一人が、ティムの所へ大急ぎでやってきていた。

「おお、どうした? 街でなんかあったんか?」

「それが、ドウターズの女たち、全員街にいるんですよっ」

「なんやっ、なんのためにっ?」

「分かりませんが……でも……。」

 朝から女たちがわざわざ店を全員が留守にする。悪い予感のするティムは、急いで街へ引き返した。


 ティムたちが街へ引き返すと、確かにイリアの街にはドウターズの女たちがいた。全員は見当たらなかった。

「……おい」ティムは酒屋の店主と談笑しているミラに話しかけた。

「……何さ?」

「……あれが見えんとや?」そう言って、ティムは山のふもとから昇る煙を指した。

 ミラは見た。一瞬だけ、歯を食いしばり悔しそうにしたものの、「……べつに」とそっけなく答えた。

「べつに……やと?」

「もう、あの店は引き払う予定だったんだ。今日は隣の町に引っ越すための買い出しに来ててね。……まぁ、アンタたちには色々と世話になったね」

「なんやとぉ?」ティムはミラのえり首をつかんだ。

「ちょ、ちょっとアンタ」と店主が言う。

「とぼけんなや。お前らが何ぞ企んどるいうんは、こっちにゃあつつ抜けなんやぞ?」

「なんのことだい?」

「おい、もうっこっちはお前んところの企みに乗っとんのや。いまさら引き返せるかい。素直に言わんのやったら、お前もあん女と同じ目にあわしちゃるけぇのう」

「……どういう意味さ」

「あの女、最初は今のお前んごたぁ気丈にふるまっとったが、次はお前の仲間の番じゃ言うたら途端に慌てふためいてのう。頼むから仲間は許してくれ言うて泣きつきよったわ」ティムはミラに顔を近づける。「あん女、涙流しながらお前の名前を口にしとったぞ」

 一瞬で、氷のように覚悟を決めていた硬いミラの表情が、胸を刺す絶望によって崩れた。眉間が緩み、視界がおぼつかないほどの涙で視界が隠れていた。

「おぅ、そうや、その顔や。あの女もまわわされながらそんな目ぇしとった──」

 ティムが吹っ飛んだ。

「……え?」ミラが驚く。

 店主が、後ろからスコップでティムを殴っていた。

「ありがとよ」店主は言った。「あのコの最後を知りたかったんだが、願いがかなったぜ。最悪の気分だがな」

 ティムが頭を振りながら立ち上がる。

「あぐぁ、あごぉ、……お、おんしゃあ」

 ミラと酒屋の店主をティムの部下たちが取り囲む。

「……どういうつもりや? そいつらに肩入れするんか?」

「何の話だ? 俺は店の前のゴミを片づけただけなんだが?」

「何やとコラ!?」

 ティムの激高と共に、手下たちも興奮しだした。

「貴様もその売女と一緒に、あの女と同じ目にあわせたろかい!」

「“その”“あの”“どの”って何のこと言ってんだ? あやふやでさっぱりだぜ、頭冷やしてから啖呵たんかきれよ」

「ああん!?」

「頭が回ってないみたいだね、強く殴りすぎたんじゃない?」とミラが言う。「もしかして、元からかもしれないけどね。状況が分かってないみたい」

「どういう意味やっ?」

「周りを見なって事だよ」

「何ば言うとる……何やっ?」

 空き家の窓からは、女たちがクロスボウを構えて男たちを狙っていた。武器は空き家やミラたちに協力する店舗に配備され、街はすでにティムたちを迎え撃つ準備ができていた。

 ティムたちは面を食らったが、すぐに薄ら笑いを浮かべ始めた。

「へ、へへへ……。何のつもりや? おんしら、まさかワシらとやりあおうっちゅうんやなかろうなぁ?」

 ティムの手下の一人が言う。「おいおいスベタども、それの使い方わかってんのかぁ?」

 男の足元をクロスボウの矢が射抜いた。

「うおっ!?」

「これでいいのっ?」と、建物の二階からミッキーが顔を出して言った。

 男たちの顔色が変わった。

「……どういうつもりや? まさか本気でやろういうんか?」

「その“まさか”さ」ミラは言った。「お役人がこの街に来るまで、アンタたちにはおとなしくしてもらおうと思ってね。それができないってんなら、それでもかまわないよ。アタシらはそのために、ここで準備してきたんだから」

「なんやて?」ティムはさらに街を見渡した。住民たちは目を背け、ティムと目が合うと雨戸を閉めた。気づけば、平日の昼になろうというにもかかわらず、営業していない店もあった。

「ようやく気づいたかい。本当に鈍いんだね」

 ティムは怒りで肩を震わせて叫んだ。「お前ら、自分らが何ばしようか分かっとるとや!? たかがズベ公に、娼婦のアバズレ共にそそのかされて、何や恥ずかしゅうないんか!? テメェのオメ〇おっぴろげて金稼ぐしか能んなか奴らやぞ!? ワシらのお情けでしか生きていけんような、掃いて捨てるゴミんごたぁ女どもやないかい!!」

「その掃いて捨てるゴミに片づけられるゴミがアンタらなんだよ」とミラが言う。

「なんやとぉっ?」

「例えゴミだろってさげすまれても、例えこの世界でちっぽけな役割しかなかろうと、アタシらは誇りもってこの世界を生きてんだ。男たちにいっときの夢を与えるため、力のない女が力づくで男のはけ口にされないために。誰からも奪わない、ただつつましく毎日を祈るように生きてきたんだよ。そんな女たちの誇りを、未来を、アンタたちは踏みにじった。しかるべき報いを受ける時さ。……覚悟しな」

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