報われない想い

 食事が終わり、女たちはそれぞれ自室に戻るか、自宅があるものは家に帰っていった。

 クロウは台所に残り、従業員たちが食べ終わった食器の後片付けをしていた。 

 そんなクロウを物陰でトリッシュが見ていた。トリッシュはフロアに戻ると、深呼吸をして再び台所に戻ろうとする。

「……トリッシュ」

 そんな彼女に、ミッキーが声をかけてきた。

「ミッキー……。どうしたの?」

「いやさ、何かアンタ彼女のことが気になってるみたいだから……。」

「だったら何よ?」

「……やめときなよ」

「はぁ? やめときなってどういう意味よ?」

「幼馴染だからさ、アンタがどういう気持ちで彼女を見てるか……なんとなく分かるよ」

「ああそう。じゃあ、幼馴染らしく応援でもしててよ」

「……幼馴染だからだよ。幼馴染だから、アンタが傷つくのを見てらんないだよ」

「傷つくって、そんなの……まだ分かんないでしょ?」

 ミッキーの涙袋が膨らみ、青い瞳がうるんだ。

「……なんて顔すんの」そう言って、トリッシュはうつむいて腰に手を当てた。「幼馴染っつても、やっぱりアンタには分かんないよ」

「……どうしたんだ?」と、二人の会話が耳に入ったクロウが、台所から顔を出して言った。

「あ……。」

「あ、いや、アンタの片づけ、手伝おうかどうか迷っててさ」とミッキーが取り繕った。

「だったらそこで話し合ってる暇はなかったな。もう終わった」

「あ、そう……。」

 トリッシュとミッキーが台所に行くと、クロウはやかんでお湯を沸かしていた。

「お茶は?」とクロウが訊ねる。

「ああ、うん、いただこっかな」とミッキーが言う。

 ふたりがテーブルについている間、クロウはお茶の準備をしていた。

「……手際が良いね」とミッキーが言う。

「なんでもひとりでやらないといけなかった。一人旅が長いのでね」

「そうなんだ……。」ミッキーはトリッシュを見る。「ねぇ、旅先の話を聞かせてほしいんだけど」

「ああ、かまわないよ」

「やっぱりさ、ゆく先々で、色んなロマンスとかあったわけ?」

 クロウはお茶を淹れながらほほ笑んだ。「色恋沙汰に興味があるお年頃かね?」

「やっぱり、ねぇ?」と、ミッキーはトリッシュに同意を求める。

「え? ええ、そうね」

 クロウは二人の前にティーカップを置いた。

「ありがと」とミッキーが言う。

 クロウは二人の前に座った。

「まぁ、いろいろあったよ」とクロウが言う。

「素敵なワンナイトラブとか?」とミッキー。

「一夜限りの相手ってのは、あまりいいものじゃない」

「そうなの?」

「そういう場合は、一夜にしときたいか、もしくは一夜にせざるをえない時だ。ろくでもない相手だから一夜なのか、あるいは……。」

 クロウは静かにお茶を飲んだ。

「面白い相手とか、変わった相手とかは?」

「そうだな……。夜に寝た男と、翌朝斬りあったというのはあったな」

 トリッシュとミッキーは冗談だと思い、それを笑い飛ばした。しかし、クロウが再び静かにお茶を飲み始めたので、それが冗談ではないことを知り、笑顔は引きつって固定された。

「他には……その、例えば……エルフの貴族様とかは?」

「ああ、あるね……。」

 ミッキーは感心したように、へぇと言った。

「女のあこがれじゃん。ついでに玉の輿になろうって思わなかったの?」

「斬ってしまったからね」

 ミッキーとトリッシュは大口を開けてクロウを見た。

 クロウは肩をすくめて言う。「剣に手をかけたのは向こうが先だ」

「えっと……他には?」とミッキーが言う。

「他に?」

「まぁ、ぶっちゃけ女同士……とか?」

 トリッシュは驚いてミッキーを見た。

 奇妙な顔でクロウはミッキーを見たが、お茶をすすると静かにカップを置いて言った。「……ああ、あったよ」

 トリッシュはクロウを見た。

「……ホントに?」

「ああ……。ただ、その相手は自分を男と信じて疑っていなかったがね」

「女なのに、男だった?」

「世の中は広いのさ、お嬢さんフロイライン

「そうなんだ……。あ」と、思い出したようにミッキーが言った。

「どうした?」

「明日の分の水汲んでこないと」

「もう暗い。明日でもいいんじゃないのかね?」

「大丈夫、慣れてるからさっ」

「そうかね」

 そしてミッキーは台所を出ていった。

「……あのさ」とトリッシュが言う。

「なんだい?」

「その……女と寝るってどんな感じだったの?」

「そうだね……男とは勝手が違うね、いろいろと」

「……だよね」

 トリッシュは灰色の巻き毛を指に絡めながら言葉を思案していた。

「女に興味があるのかい」

「……え?」

 クロウは再びお茶を飲んだ。置かれたカップはカラになっていた。

 トリッシュはクロウを見ていた。しばらくふたりは沈黙した。

 トリッシュはお茶を濁そうとしたが、クロウの金色の瞳はそれが無理だと彼女に直観させた。

「……自分でも、これはおかしいことだからって、皆と同じようになろうって何度も男を好きになろうと思ったよ」トリッシュの灰色の瞳の視線が、クロウを向いてはそらされた。「けど……やっぱりダメなんだ」

「愛は装おうものではないよ、お嬢さん。それに、隠せるものでもない」

 ふたりはまた沈黙した。トリッシュは、その間にカップのお茶をすべて飲んだ。

「……気づいてたんだ」

「今しがた」

「……こういうこと言われると迷惑?」

「悪い気はしない。だが、気持ちには応えられない」

「でも、でもさ、さっきは女とも……。」

「傷つけ合うのが分かっている……そんな想いを受け入れてロマンスに走るほど、子供ではないんだ」

「女はもううんざりってこと?」

「そうじゃない。私のような無頼者との色恋など、良い結末なんてありえないんだよ、お嬢さん。だからいつも相手は傷つけてもいい相手か、それか傷つけられても良い奴じゃないといけない。けれど、それを覚悟したところでやはり傷の痛みには慣れないものなんだ。性別の問題じゃない」

「わたしだって、傷つく覚悟くらいはできてる」

「私を傷つける覚悟もかね?」

「わたしは愛する人を傷つけたりなんかしない」

「皆そう言う。何よりそう信じる。だから厄介なんだ。愛はすべてに打ち勝つと思ってるのか? 愛が全てを打ちのめすことだってあるんだ」

「……わたしに興味がないなら、最初からそう言ってよ」

「私はもともと自分にしか興味がない」

 トリッシュはわかったよ、と言って立ち上がり、台所から出ていった。

 廊下で、トリッシュは戻ってきたミラとすれ違った。ミラが声をかけたが、トリッシュは立ち止まることなく外へと出ていった。

 ミラはトリッシュを気にしつつ台所に入った。台所では、クロウが三人のティーカップを片づけていた。

「……トリッシュはどうしたの?」とミラが訊ねた。

「紅茶がお気に召さなかったようだ」

「真面目に。彼女泣いてたよ」

「私の目元も熱くなっている」

「ふざけてんの?」

「傷つける必要のない相手だった。なのに傷つけざるえなかった。傷つきに来たからね。おもんばかってくれ、私も存外ぞんがい繊細な心を持ってるんだ」

 ミラは椅子に座った。

「……あの子、もしかしたらアンタならって思ったのかもね」

「時と場合が良ければあるいは、ということもあったかもしれない。ただ、いまは明らかにその時じゃなかった。……彼女のことは、お前さんたちの間では承知の事なのか?」

「ああ……。付き合いの古いミッキーの話だとね……最初は冗談かと思ったらしいんだ。冗談じゃないって知った後でも、それでもいつかは良い男が見つかれば、普通の恋愛するだろうって……。」

「普通ね……。」

「何が言いたいのさ?」

「色恋など、性欲が詩的表現を与えられた程度のものだ。裏を返せば、そこに詩があれば何事も立派な色恋になるものさ。形など些末なものだよ」

「だったら、どうして彼女を受け入れてくれなかったのさ」

「詩は無理くりひりだすものじゃない。その問いは既になされたし、その答えも既になされた」

「分かってるよ」

「……大丈夫だ、世の中には色恋以外の生き方だってある。その道を見つけ出せれば、彼女も自分に誇りをもって生きていくことができるよ。問題は、彼女がそれに気づくかだが」

「へぇ? 知ったような物言いじゃないのさ?」

「子を産めない女を、生涯の伴侶に選ぶ男が世の中にどれほどいると思う?」

「……。」

「母になることはない、妻になることも。私に言い寄る男は皆通り過ぎるだけだ」

「……だから放浪の旅を?」

「どうだろうな……。こうなるまでに色々あった。昔は、自分はなんにでもなれると思っていたよ。例えこんな体でも、手に入れたいものを手にいれて、やがては世間の注目を集めるひとかどの人物になることも可能だとね。私にだって、可愛らしい夢見る少女時代というものがあったんだよ。だが、最後に私の手がつかんだのはこれだった……。」そう言って、クロウは刀の柄をなでた。「母は私に世間並みの女の一生を望んでいた。だが、それのいずれも私は欲さなかった。母はよく言ったよ、私を産んだのは間違いだったと」

「……それが刃を手に取った理由?」

「……もしかしたら証明したいのかもな」

「証明?」

「私は過ちなどではないと。そして、そんな私の我を通させてくれるのが刃だった」

「……それ以外の生き方はないのかね?」

「……どういう意味だ?」

「アンタさ、ここで働いてみない? ちょいと最初は険悪だったけどさ、ま、事情がある女を受け入れるのがウチのモットーてか、矜持みたいなもんだからね。皆がここで生き方を見つけたみたいに、アンタだってここで生き方を見つけられるかもよ」

「新しい用心棒か」

「そうじゃないよ。アンタの料理、たいしたもんじゃない。うちの子たちは、別に大食らいってわけじゃないんだよ。なのに、アンタがここにきてからは、まかない料理を全部平らげちまうようになったんだ。同じ刃でも、剣よりは包丁の方が、少なくとも人を幸せにできるよ」

「……考えておこう」

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