死神との挨拶

 ミラたちが街から戻ると、ドウターズの裏ではクロウが槍の指導をしていた。クロスボウの時とは違い、志願制での訓練だったので、人数は少なかった。

 並んでる女たちを前にしてクロウが言う。「槍の良いところは長いところだ」

「見りゃわかるよ」と、槍を携えたリタが言った。

「しかし、実感すればよりその意味が分かる」

 クロウは槍を持つとリタの前に立ち、木の棒を渡した。

 クロウは槍を逆に構えた。「その棒で私を攻撃してみろ」

 槍を構えるクロウにリタは困惑する。

「大丈夫だ、怪我はさせない」

 リタは「……そう」と言うと、木の棒を振り回してクロウに襲い掛かった。

 クロウは一歩下がりながら槍の柄を突き出す。リタの首元に槍の柄の先端が止まった。

「くっ!」

 リタは槍を棒で叩き払うと、再びクロウに迫ろうとする。しかし再び柄の先端がリタの胸の手前で止まった。リタがまた槍を棒で振り払おうとすると、すぐにクロウは槍を引っ込め、そして突き出した。槍は再びリタの胸の前で止まった。

「……どうだい?」槍を突き出したままクロウが質問する。

「そりゃあ、アンタはこういうのに慣れてるかもしれないけどさぁ」不服そうに言ってリタは槍の先端をはじいた。

「じゃあ、次はお前さんが槍で私を突いてみろ。いま私がやった要領でな」そう言って、クロウはリタに槍を渡した。 

 リタは戸惑って周囲を見る。

 ミッキーが肩をすくめて言う。「いつもぶっ刺されてるウチらだけど、刺すのは慣れないよね」

「無駄口を叩かない」クロウは言った。「リタ、自信がないのか?」

 リタは構えた。「……ケガさせちゃうかもよ?」

「うぬぼれるな」

 リタは「そう……。」と言って目を落とした後、突然槍を突き出した。素人とは思えないほど、思い切りのいい攻撃だった。

 しかし、そんなリタの打突をクロウは肩を引くだけで避けた。クロウが木の棒を振り上げると、リタは後退して槍を突いた。クロウは木の棒で槍をはじき落とす。リタは槍を引くと、すぐにまた突きを放った。クロウは後退して槍を避ける。再びクロウは棒を振り上げるが、リタが槍を突き出したため、攻撃を中断して後退せざるを得なかった。

 素人のリタの攻撃に対してクロウが反撃できない。その光景に、女たちは感心して声を上げた。

 クロウが女たちを見て言う。「……長物の利はお前さんたちが思っている以上に大きい。私だって、格下であっても長物を持つ相手には攻めあぐねるからね」

 クロウが後ろを向くと、リタは「背中がお留守だぜ!」と槍を突き出した。身をひるがえしてその攻撃を避けるクロウ、そして槍の柄をつかんで引っ張るとリタを前のめりにしてからリタの肩口に棒を打ち込んだ。寸止めだった。

「で、こういう風にを誘うわけだ」とクロウは言った。

 悔しがるリタに、クロウは「そういう時は叫ばない」と諭した。

 遠巻きから、その様子をマリンが見ていた。まるで、自分も訓練に参加しているかのように少女の全身は力んでいた。 

 次にトリッシュが前に出た。

「じゃあ次はわたしにも教えてよ」

「ひとりひとり教えていたら日が暮れる」クロウは積み重ねられたわらの束を見た。「あれに全員で並んで槍で刺す練習をするんだ」

 クロウにうながされ、女たちは藁の束の前に並んだ。

「女の細腕で打ち込んでも、ちょいと傷がつくだけだ。何より、相手が安ものだろうと鎧を着こんでいたら弾かれる。それで……。」槍を手にしたクロウは、横向きにステップを踏んで前進し、槍を寝かせられている藁の束の山に突き刺した。

「こういう風に、全身の力で突かないといけない。そして……。」クロウはステップバックで後退した。「すぐに後退して長物の有利を保つんだ。すぐにひかないと、穂先が肉にからまるしな」

 “肉”という言葉を聞いて女たちの顔が青ざめた。

「心配するな、台所で調理する感覚と変わらない」と、クロウがフォローにならないフォローを入れた。


 女たちは躊躇ちゅうちょしながらも藁の束に突きを入れ始めた。リタとミッキーは覚えが早かったが、トリッシュの突きは下半身と上半身の動きがバラバラで力が集中されず、藁を突いただけで槍の柄が手から離れてしまっていた。ミッキーはそんなトリッシュを妙な目で見ていた。

 そんなトリッシュの背後にクロウが立つ。「……お体に触れても差し支えないかな、お嬢さんレディ?」

「……好きにしなよ」とトリッシュが言う。

 クロウはトリッシュの後ろから槍を握り、姿勢を正させた。そして腰をつかんで言った。「腰をぶつけるように移動するんだ。そして……。」クロウは次にトリッシュの後ろに出ている足に触れた。「この足で蹴って前に飛び出る。次に背中……。」クロウはトリッシュの肩甲骨の間を叩いた。「ここを回転させて、最後に腕を突き出す。腕は突き出す力に集中するんじゃなくて、足から背中へと伝わった力を逃がさないように、棒みたく固定するように力を入れるんだ。……聞いてるか?」

「あ、ああ……うん」

「じゃあ、やってみろ」

 トリッシュは藁の束の山に突きを放った。

「……良くなったな」とクロウが言う。

「うん……ありがとう」トリッシュはミッキーの視線に気づいた。「……何よ?」

「いや……何でもないよ」

 ミッキーは槍を構えて練習を再開した。


 訓練が終わると、冬の寒空の下だったが、女たちは汗をぬぐって店に戻っていった。曇り空の合間を渡り鳥が飛んでいた。 

「……何か用かな」マリンの存在に気づいていたクロウが言った。

 視線も合わせずに突然話しかけられたことに驚いたマリンだったが、すぐに気を取り直して不服そうに言った。「わたしにも戦い方を教えて」

「では足腰を鍛えておくんだな。逃げるのも立派な戦い方の一つだ」

「もう逃げるのは嫌っ。わたしも武器を持つっ」

「持ってどうする」

 マリンは口ごもった。

「お前さん、武器を持つことがどういうことか分かってないよ」

「それくらいっ」

 クロウを見るマリン。しかし、クロウの金色の瞳に見据えられ、マリンは目を落とした。

「クレアさんと、お竜さんを殺した奴らを……。」

 クロウはなおもマリンを見つめ続ける。まるで、眼力で少女を抑え込んでいるようだった。

 マリンは顔を上げると、クロウの視線に逆らうようにクロウをにらみ返した。やがて殺意に羽化するだろう決意を宿した瞳だった。

 クロウはマリンの瞳の光を見ると、槍を顎でしゃくった。「槍を取れ」

 マリンはうなずくと、地面に落ちていた槍を拾った。

 しかし、槍を拾った途端、クロウは張り手でマリンを殴り飛ばした。少女は砂埃を上げて地面に倒れた。

 倒れたマリンは訳が分からず困惑してクロウを見上げた。マリンの顔にしわが入り、泣き声を上げようとするとクロウが言った。

「お前さんはどっちを武器にする女だ。涙か槍か、今ここで選べ」

 マリンは唇を震わせ、眉間にしわを寄せながらも涙をこらえた。そしてうなり声をあげると、槍に手を伸ばし立ち上がった。

 涙は引いていた。少女は槍を突き出しクロウを睨んでいた。

「……いいだろう」


 クロウはマリンに一通りの武器術を教えた。槍、クロスボウ、ナイフ、鍛えるには時間がかかるので基本的な使用法だけだったが、それだけでも知っているとそうでないのとでは雲泥の差があった。武器の勝手を覚えれば覚えるほど自信をつけていくマリンだったが、教えているクロウの顔は相反するように曇っていった。


 稽古の後、武器を片付けながらマリンはクロウに訊ねた。「ねぇ、が終わったらどうするの?」

 クロウは刀の整備をしながら答える。「ああ、元の木箱に戻しておいてくれ」

「そうじゃなくて」

 クロウはマリンを見た。

「全部が終わったら、あなたはどうするの?」

「……仕事が終わったら私は帰るさ」

「……帰るところはあるの?」

「少なくとも、ここではないところだ」

「……ねぇ」

「何だい?」

「わたしも一緒に連れてって」

 クロウは納刀した。「……そこには、私が“是非にでも”と言いたくなるような理由があるのかな」

 マリンはクロウをしばらく見ていた。持っていたクロスボウを地面に置こうとして、思い直して再び胸に抱きしめた。

「……わたし、パパとママを盗賊に殺されたの」

「……そうか」

「もしわたしが戦えたら、あんなことにはならなかった」

「……下手に抵抗していたら殺されていたかもしれない」

「運が良かっただけだよっ。……だって、そうなる前にミラ姉たちが助けてくれたんだから」

「言っておくが、私と一緒にいたほうがことが多いぞ。施しを求めてきた物乞いが懐にナイフを持っていることもあるし、馬車に乗せてくれた紳士が人買いの商人ということもある。夜に交わした盃が翌朝には偽りになることだってあるし、何気ない微笑みが命取りにもなりえるんだ。そんな世界なんだよ。死神と道端ですれ違って挨拶をかわす毎日なんだ」

「でもあなたはそんな世界を生きてる」

「運が良いのさ。お前さんと同じだよ」

「運だけじゃないよ。わたし見たもん。何度もあなたが戦うところを。あっという間に悪い奴らを倒してわたしを助けてくれた。まるで風みたいだった、あなたには死神だっておいつかない」

「詩でもつづってるお年頃かね、お嬢さん」

 マリンはクロスボウを抱きしめた。まるで、今手にしている武力を手放さないよう必死のようだった。

「あなたみたいになりたい。……あなたの隣で戦い方を覚えたいの」

「……生きるための戦い方というのはひとつじゃない。それはつまり、強さというのもひとつじゃないということだよ。自分で言うのもなんだが、私の強さは洗練されていない、この世で最も野蛮で低俗なものだ。この強さを使わないために、人間は日々努力しているようなもんさ」

「知ってるよっ。ミラ姉もサハウェイさんもみんな強い人だよ。でも、わたしは貴方みたいになりたいのっ。あなたを見てわかったの、自分がずっと探してたのはクロウさんだってっ」

 クロウはマリンを黙って見ていた。かつての自分が、すこし重なっているように見えた。

「……分かった」そう言って、クロウは踵を返して店へ向かった。「すべてが終わって、それでもまだ私と共にいきたいのなら、その時はまた声をかけるといい」

 マリンは言った。「……ねぇ、死神に挨拶するときにはどんな言葉をかわすの?」

 クロウは振り返った。「どちらかが、“今日じゃない”と言うのさ」

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