女たちの思惑

──フロリアンズ


 フロリアンズの執務室のソファの上では、ティムの上に全裸のキャサリンがいた。

 ティムが下から突き上げるたびに、キャサリンは人差し指を噛みしめて声を抑える。少女はティムに飼いならされていた。心か体、あるいは両方、男は思いのままに少女の劣情を引き出す手段を心得ていた。そしてキャサリンもそれを知っていた。この男の手のひらの上にいるということが、少女にとっては甘美だった。男に抱かれながら、少女には大きな力に守られているという安堵があった。何より、自分が見初めた男がこの街で一番の権力を手に入れつつあるという事実、そんな男に突き上げられる度に、少女は自分も高みに上っているような悦びを感じていた。

「……のう」

 ティムが上体を上げてキャサリンに顔を近づけた。

「な、なぁに……んっ」

「あんだけ見せしめばしてやったっちゅうんに、あの女たちはワシらん下につく気がないんやろうか」

「ど、どうなんだ……ろう」

「おい」そう言って、ティムはキャサリンの後ろ髪をつかんで、乱暴に身を反らさせた。

「あっ」キャサリンが悲鳴なのか嬌声きょうせいなのか曖昧な声を上げた。

「質問しとんのはワシじゃ」ティムはキャサリンの両の頬を右手で掴んだ。キャサリンの顔が圧迫されて唇が縦に潰れる。「お前があいつらに探り入れんかい。お友達がまだおるじゃろう」

「う、うんわかった……。」

「よぉしよぉし、明日にでも行ってこいや」ティムはキャサリンの金髪をくしゃくしゃに撫でまわした。キャサリンが嬉しそうに首を左右に揺らす。

「ねぇ……。」

「なんや?」

 キャサリンは恥ずかしそうに腰をくねらせた。

「……よおしよおし」

 ティムは腰をキャサリンと密着させた状態で大きく体を反らせた。

「う……んっ」

 キャサリンは眉間にしわを寄せ喘ぎ声を上げる。そしてティムにしがみつき背中に爪を立てた。

「ほうら、もっと声上げんかい」

「だって、聞かれちゃ……。」

「かまうことあるかい。聞かせときゃあ良かが」

 キャサリンはティムの上で揺れながら、大口を開けて快楽の声を漏らした。

 執務室の外ではサハウェイが待たされていた。赤い瞳は虚ろだった。しかし、その視線の先は、確かな何かを見据えているようでもあった。



──翌日


 ミラとリタ、そしてマリンの三人が街へと買い出しに出かけると、懇意こんいにしている食料雑貨店が引っ越しの準備をしていた。荷馬車には家財道具が乗せられている。

 ミラが早歩きで歩み寄る。「ちょっと、おっちゃんたちどうしたのさ?」

「どうしたもこうしたもない、見ての通りさ。店をたたむんだよ」

「え? たたむって……。」

「店を取られたんだ……。」店主は妻を見た。「元々、サハウェイさん所で借金をして店を興したんだが、最近になって借りた金を一括返済するように迫られてね……。だが、そんな金ないもんで、店を譲り渡すことで話がついたんだよ……。」

「そんな、まさかここまで強引だなんて……。」ミラが必要以上に心配をする様子で店主に声をかける。「他の街の人たちはどうなんだろう?」

「一部には、何とか全額返済できた奴もいるよ。他は……何とか工面をつけようとしてるところさ……。」

 ミラは大きく身振りをする。「ねぇ、このままでいいの? せっかく馴染んだ土地だってのに」

「仕方ないさ。元々、サハウェイさんのおかげで商売できていたようなもんだからな……。」店主は力なくうなだれた。「それに例え逆らったとしても……。」

 それを最後に何も言わなくなり、店主たちは荷馬車を引いて街から出ていった。

 去っていく夫婦を見ながらリタが言う。「飼いならされてるってことか」

 三人は街を見渡した。誰かが窓から彼女たちを覗いていたが、目が合うと影はさっと身を隠した。すでに街は抜け殻になりつつあった。少しづつ荒野に侵食され、やがて乾燥地帯の岩山の一部となる、そんな未来を予見させる寒風が吹いていた。

 ミラが店を覗くと、積み荷にできなかった小麦粉の袋が店の奥に積まれていた。


「……マリン」

 マリンが振り向くと、そこにはキャサリンがいた。

「キャサリン……。」

「その……クレアさんのこと聞いたよ。残念だったね」

「……うん」とマリンはうなずいた。

 リタが衝動的に前に出ようとした。すぐに察したミラが大きな声でその場を事前に制する。「ああ、そうだ。酒屋に行かないといけないんだっ。がまだ残ってたからねっ」

 ミラの声で、リタがぴたりと止まった。

「マリン、アタシとリタは酒屋のおにいさんと話があるから、アンタはキャサリンと一緒に何か買っておいで」そう言って、ミラはマリンに硬貨を握らせた。握らせる瞬間、ミラはマリンに目配せをした。マリンは瞬きでそれに応えた。

 マリンが行こうキャサリンと言ってキャサリンを離すと、ミラはリタの肩に手を置いて、再びリタをなだめた。


 ミラとリタが酒屋に行くと、酒屋の店主は店の前に腰かけ、虚ろな瞳で売り物の酒を呑んでいた。赤茶色の前髪が瞳の光を遮り、表情はより虚ろに見えた。

「……おにいさん」ミラはいたわるような声色で酒場の店主に声をかけた。クレアが死んだ時、街で一番悲嘆にくれていたのが彼だった。

「……ああ、ミラちゃんか」そう返事をしたにも関わらず、視線はミラを向いていなかった。

 ミラは懐から財布を取り出した。「溜まってたつけ……払おうと思ってさ」

「ああ、わざわざ悪いね」

「いいっこなしだよ。もともと払わなきゃあいけないものなんだし」

「はは、そうだよね……。」

 店主が乾いた笑い声を上げた後、しばらく沈黙が流れた。乾いた沈黙だった。乾いた風も吹いていた。

 ミラが言う。「……ところでさ」

「何だい?」

「アンタを見込んで相談があるんだけど……。」

「いいよ」間を置かず店主は返答した。

「……え?」

「街の奴らに声をかけるよ。俺ぁ将来の女房殺されたんだ」

「……そうだったね」

 クレアからこの店主の話を聞いたことは一度もなかった。それなのに、ミラには彼の横に寄り添うクレアの姿が見えるような気がした。そうあったかもしれない未来だった。それを奪った奴らがいる。今までは、ミラの胸中は霧に包まれていた。しかしこの時、彼女は霧の中を不確かに飛ぶ、黒い蝶を手の内に捕らえていた。

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